13 王子様と召使い

013


いつもより長くだらけた朝食を終えて、サフィールは浮足立った気持ちで一旦彼女と別れた

また後でねと優しく言ったつもりだったけれど、彼女は少し不安そうな置いてかれたような瞳でサフィールを見送っていた

彼女が自分を必要としてくれている事が純粋に嬉しい


それがたとえ彼女の拠り所が世話をしている自分にしかない――つまり選択肢がない故であったとしても


彼女は世間から見れば見るのも不快だと言われる宵の民だ

たとえ彼女の気持ちを慮って手放してもきっと茨の道しかない

虐げられる生活しかないと言えるほど、本当に宵の民には人権が確率されていないのだ

非情な事にサフィールの住む世界はまだまだ異世界人に理解がない

そもそも異世界人の確認も少なく、その情報も広められないので、彼らの存在自体が不明であることも一因だった


彼女にはこれからもこの屋敷にいてもらう

彼女にとって狭苦しい監獄でも、彼女を守る檻なのだから諦めてもらうしかない


サフィールは自分のスケッチブックを取り、彼女の部屋へ向かった




**********




「あのね、私も君に見せたい絵がある」


ライラの私室に訪れたサフィールとライラはいつものソファに並んで掛けていた

ライラは主人の持ってきていたスケッチブックが気になりながらも、彼の言葉に頷く


「君を描いたんだ

君は美しくて、綺麗で、とっても可愛いよ」


主人の見せたスケッチブックには、綺麗な少女の天使が描かれていた

鳥のような白い羽を生やしたその少女は、青空に輝く太陽に向かって手を掲げている


〈素敵ね!あなたの絵とっても綺麗〉

「これは君だよ」


主人は昨晩ライラがしたように、絵を指さし、ライラを指さした

だけどライラは自分の事を言っているとはまるで思いもしなかった


〈これをくれるの?〉


きょとんとしたライラを見てサフィールはすこしまごついた

どうしたってこの絵が彼女だということは本人に伝わならない気がする


「じゃあこっちを見て」


彼女の絵であることを理解してもらうのは最初から諦めていた為、気を取り直し次のページをめくった

そこには男女の可愛い二人が手を繋いでいる

あまりサフィールの描くタッチではない可愛いらしく柔らかい描き方をしたので少し恥ずかしい


〈素敵な王子様とお姫様ね〉

「見ていてね」

サフィールが魔術をかけると男女の二人の絵が立体的に浮かび上がった

ふわふわと男性は女性に近づき、彼女の手を取り膝をついて頭を下げた

女はそれに対しドレスをちょこんと優雅につまんでカーテシーをして答えた

そして二人は手を取り合いワルツを踊り始めた


〈ふふ、ダンスのお誘いをしたのね〉


主人は踊っている二人を見つめ微笑むライラの肩を優しく叩いた

ライラが首をかしげて黒い主人の顔を見上げると、主人は男を指さしてそれから自分の胸に手を起き、

そして女に指を指した後ライラに指を指してライラの頭をそっと撫でた


流石にライラも主人の言いたいことがわかった


この王子様が主人で、お姫様が私……?

そんなお世辞にもならない事言わないでいいのに

私はせいぜいお姫様の事が好きな動物かもしくは召使いよ

それに主人が王子様であることもちょっとよくわからない


なんだか変な事を言うなと思ったが、ライラが絵を描いて謝ったから彼もそうしたのだろう



〈ありがとう。いつも素敵なものを見せてくれて〉


サフィールは朗らかな笑みに胸が温まったが、彼女にはこの絵が自分達であることはやはり信じてもらえなかった事にちょっぴり不貞腐れた気持ちになった


君は私にとって可愛い姫なのにな

いつか私のこの根深く狂おしい気持ちが伝わるといい



************



「御館様、現像された写真が届きました」

「ありがとう」


封筒を受け取ったサフィールは中のものを取り出した

何枚か撮ってもらったが、彼女が動いていたり、顔を隠すような仕草をよくしていたので、ほとんど彼女の顔が写っていないものが多かった


……やはり可愛い


その中の一枚は、最高の出来で、サフィールは思わずふっと笑ってしまった

涙で瞳を潤わせた彼女はカメラに向かって困惑した顔を向けている

どんな顔をしていても可愛い天使だ

隣の自分は眉を下げ、情けない笑みを浮かべている

もっとすんなり写真を撮らせて貰えると思っていたので、少し疲れていたからか顔を取り繕うこともできていない


「可愛いなぁ……」

心底そう思って悩ましい溜息をつきながら写真を撫でている主人にドルドは写真を覗き込みながら、どこが可愛いのかさっぱり理解できないでいた


(御館様はあまりに女性に関心をなくしたせいで、常人では考えられない対象に目がいってしまったのだ)


「ドルド、この写真の彼女はどう見える?」

「は?」

冷たい視線で写真を睥睨していたドルドは予想外の質問に虚をつかれた


「どう見える、とはどういう意味でございますか」

「私には本当に私達と変わらない人間の可愛い少女に見えている

だが、君たちは違うのだろう?」


主人があまりに信じ難い事を言い出すので、口が開いたままになった


人間の可愛い少女…?

これが?


そういえば、初めてこの生き物を連れてきた時にも美しい人だと言って私達が宵の民だというと訝しんでいた

もしかして、本当に主人にはそう見えているのではないか


「御館様の質問に答えますと、わたくしには人間には見えません

美しいとも感じません」

「……そうか、やはりそうなのか。宵の民に見えるか?」

「はい。左様でございます」


サフィールは落胆を滲ませた深い溜息を漏らす

何の呪いにかけられているのだろう

彼女に?それとも私に?

それは分からないが自分にはどうにもできない力が働いている気がしてならなかった


彼女の目に自分達が黒い悪魔に見えているのと何か関係しているのだろうか


自分にはこの現象について解決の糸口すら掴めそうにない

あまり気が進まないが王宮に行き、尋ねるしかなさそうだ

王都はこの屋敷のある場所から遥か遠く、正直行くのが面倒くさい


しかしそうは言っていられない

どうにもできなくとも彼女に纏わることなので自分は知らねばならないと思う


「ああ、それとですね。これをお渡ししておきます。もちろんただのお節介ですよ。ええ」

「なんだ?」


ドルドが渡したのは千切られた紙の欠片が入った箱だった


「あの子の部屋のくずかごから回収しました。

あまりゴミを出さないので、何かと気になりまして。

もしや、御館様が破られたのではないかと」


心外な事を言われたが気にせず、その紙の欠片をパズルのように元に戻していった

その紙の元あったものが再現するにつれ、ひどく心当たりがあって嫌な予感がした


「これは……」


私が嫉妬して投げつけた彼女の大切な人の絵だ


――きっと彼女が破ったのだ


なんてことをさせてしまったのだろう

彼女は私の怒りがこの絵にあることをわかって破ったのだ

原因がこれ絵にあると思ってしまうのは当然だろう。私はいたいけな彼女に馬鹿みたいに怒鳴りつけたのだから


「ありがとう、ドルド」

「御館様がお悩みだった原因ではないかと思いましてね」

「確かに、遠からずだ」



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