鳴神裁と人工の雷 Ep.10
森の向こうから、何機ものヘリがやってきた。
遅れて来た、バーチャル自衛軍の増援だ。
黒焦げの遺体同然の仲間を拾い上げ、動けないケリンを収容する。
彼等はダークエルフの狂犬に罰を与えるのか。優しい世界は、彼を許すだろうか。それは、また別の話になるだろう。
ヘリに同乗していたのは自衛軍だけではない。
髭を生やした、スーツ姿の紳士も混じっていた。
その姿を見るや否や、リスは鳴神から降りて走りだし、今度は彼の肩に乗った。半身しか無いのに、全然走れるようだ。RPを守らないリスである。
「ポジティブオタク、お迎えご苦労」
「リスめ、何を偉そうに。確かにその通りだよ」
「飼い主が来たのか。お別れの時間だな」
ふん、と鳴神が息をつく。
「これと居たら、さぞや疲れたろう」
「悪くは無かったさ。あんたは、そいつの正体、知ってるのか?」
ポジティブオタクと呼ばれた紳士は、微笑んだ。
「友が何者であるかが、そんなに大事かね?」
「・・・・・・なるほど」
リスを乗せて、紳士はヘリに向かう。その背中から、リスが言った。
「鳴神裁。お前は、優しい世界を変えたいと望むか」
「ああ?」
問われた鳴神が生返事をする。
「この世界は、繋がっている。つまり、果ての果てまで働きかけることができる。お前が思う以上に、お前次第ということだ。おれは、見ている・・・・・・」
それからまた、しばらく後。
カフェのマスターに借りができた鳴神は、クラシックさを残す重厚な店内で、せっせと働いていた。押し付けられたのかもしれないし、自分から言い出したのかもしれない。とりあえず暫くの間、モーニングを摂って寝るのは無しだった。
「コーヒーで忙しいから、サバキ頼むね」
「はいはい、分かりましたっ」
マスターは穏やかながら、コーヒーと真剣に格闘している。
「トースト焼けたよ」
「はいはい、只今」
その間も厨房の状況に絶えず目を配るので、何処に目が付いているのだろうと鳴神は思いつつ、慣れないのでこまねずみのように動き回ってみるが、動きに無駄が多かった。そして今日は客が多い。やけに注文が多い。
働く鳴神を、バーチャルの住人が見物に来ているのだ。
「いいの? “にじ”のみんなも居るのに」
水色と白のフリル、魔法幼女のちーが定席のカウンターで、長椅子から足をぶらぶらさせる。オレンジジュースから口を離して、尋ねた。
「今日のサバキは従業員だから、いいんだよ」
サイフォンの泡を見ながら、カフェのマスターが答える。
「鳴神さん、オムライスまだですか。いひひ、面白ぇ。写真撮るか」
「みとちゃん、オーダー代わりに言わなくていいよ」
カシャカシャとスマホで撮られているが、鳴神は何も文句を言わない。
「はいはい・・・・・・今やる」
できあがったオムライスを、何とか皿に盛った。
鳴神はケチャップを取り出す。ちーが無茶振りをした。
「絵を描け!」
「くそっ、調子に乗りやがって・・・・・・」
毒づく鳴神に、マスターが釘を刺す。
「サバキ、何でも言うこと聞くんだろ?」
「うっ、ハジメまで・・・・・」
練り練りと、ケチャップを押し出してゆく。
苦心するその様子を、ちーが囃し立てた。
「それ、おいしくなーれ、おいしくなーれ!」
何を描き上げたか、終わった鳴神は皿を高く掲げる。
「見せろ。あー?」
「はいはい」
椅子の上で、行儀悪く膝立ちするちーから見えないように、鳴神はオムライスを運んだ。面白がる黒髪の委員長や、銀髪の女子高生を横切って。店内の椅子に収まるだけ収まった、幾人ものバーチャルの間を通り。
「本当、賑やかなもんだな。わちゃわちゃと」
横を向きながら、皿を置く。
「ほら、これ食ったら・・・・・・早く行けよ?」
ちらりと客に目を合わせ、鳴神は笑ってみせた。
鳴神裁と人工の雷 畳縁(タタミベリ) @flat_nomi
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