鳴神裁と人工の雷 Ep.9

 雲の間から光が注ぐ。

 蔦を解きほぐし、うずくまるケリンは腰を上げた。

 鳴神は、消し飛んだか。

「よお、ケリン。でかい花火だったな」

 いや、まだ居た。雨除けの建物の影から現れた神父は、しかし右腕を失って満身創痍だ。左肩に乗るリスは、身体の半分が欠けている。

「お陰で天気も良くなったからな。今度こそ、生意気なお前をぶち飛ばして、晴れ晴れしてやるさ」


 弱々しく、鳴神が言う。

「・・・・・・お前んとこ、もう一度行くわ・・・・・・」

「やってみろ。足があるうちになッ」

 ケリンが手を伸ばし、照準する。

「アスラーム!」

「m"A"b:f(ミサイル“アスラーム”と建造物Aは、火を噴かない)」

 長い糸が引かれ、ミサイルと鳴神の横の建物が結びついた。両者の重みが計算され、亜音速で迫る矢の軌道が大きく逸れる。

 鳴神のはるか後方へミサイルは飛び、森を揺らした。


「何が・・・・・・。お前、何をした」

 最後の力を振り絞り、ケリンに向けて走る。

「答えろ!」

 ケリンは再びミサイルを生成し、撃ち放った。二発。

「m"A"m"B":t-w(ミサイル“アスラーム”Aとミサイル“アスラーム”B)は、撃たれた時間が異なる。早いほど重い)」

 ミサイルは互いに引き合って、くるくると回転を始めた。お互いを追う軌道を描きながら空へ昇り、そこで爆散する。


「早口言葉さ。ラッパー、舐めんな」

「どういう・・・・・・」

 どんな仕組みなのか。焦るケリンは、出せるだけのミサイルを創り出す。その数、五発。しかし不可触の糸がその全てに絡まり、そのうちの一本が他の四本を引っ張って、やはり森へと墜落した。鳴神は、もうすぐ近くまで迫っている。


「何故だ。何故っ」

「鳴神の言葉をまるごと圧縮、別の処理系で展開し、翻訳し、この世界に戻す。その処理系とは他でもない、おれだよ。ぐーしーぐーしー」

 悔しがれ、とばかり、半分だけのリスが言った。


「・・・・・・これまでか。なら」

 ケリンは、鳴神とリスの執念を認めた。

「一緒に逝けよ!」

 眉間に皺を寄せ、地下の核ミサイル、ミニットマンに意識を集中する。

 起爆の合図を出そうとするが。


「ほら。届け物だ」

 目前に迫る鳴神が、片腕で何かを持って示した。

 そして、惜しげも無く投げた。

「なっ」

 ケリンは、小さなそれを、本能でキャッチした。

 絶対に取り落としてはならないものだと、理解していた。

 何が飛んできたのか、認識する前に。


「NsYk:i-w(俺、鳴神裁とヤミクモケリンは、怪我が重い)!」

 かたや鳴神は片腕が無く、傷だらけ。ケリンは五体満足。

 身体ごと振り上げる鳴神の頭が迫った。ケリンと比較して、(怪我が)重すぎる鳴神の頭は鉄球クレーンの如く、彼の頭を砕かんばかりに打つ。

「ぐああっ」

 ボウリングのような音がして、ダークエルフの狂犬がオーバーアクションに吹っ飛び、蔦の上を滑る。もう、動けなかった。


「畜生、上手くいったな。・・・・・・痛ってえ」

 鳴神はうずくまる。

「はっはっは、ドン勝だ」

 リスが勝ち誇った。


 足を引き摺りながら、鳴神が仰向けのケリンに近づく。

「お前をぶっ倒してから、渡すつもりだったんだ。それ」

 ケリンは目を開き、手に収めた物を翳した。

「順番が少し前後したがな」

 光が差した空と、彼女の髪の色に似た雲に映える、小さなヘアピンだった。

 エルフの田舎娘が制服コスチュームの時に、身に付けていた装飾だ。

 カフェのマスターを経由して、鳴神から。

 それは間違いなく、贈り物だ。


「・・・・・・」

 ケリンは、今日まで必死だった。危ない橋を渡ってまで、エンタメを追求してきた。全ては、あの人のため。少しでも近くに、寄り添うため。

「最初から出しておけば良かったと思うが・・・・・・」

「分かんねえよな、リスには。筋ってのがあるんだよ」

「結局、意地の張り合いか。お前らはアホだね」

 鳴神とリスは、まだ憎まれ口を叩き合っている。


 上顎と目の奥が、染みた。涙が溢れて、唇が震える。

「う、おおおっ」

 たとえ小さくとも。確かな証拠が欲しかったのだ。

 先行き分からぬ自分の、目指す灯火が。

 ケリンには、失うものができた。この世界に受け入れられた、繋がりの証。これは、野良犬の首にかけられた優しい鎖だ。

 ヘアピンを摘まんで、男は哭きに哭いた。

 ――うおおおおおおおおおおおおおおおおおおんっ!


 そんなケリンを見た鳴神は、片腕で自身のポケットを探る。

 勝手に動いた手が、烏丸さきの髪飾りを求めていた。だが、それを受け取ったのは夢の中。感傷でしかないのだった。

 鳴神は、苦笑する。

「まあ、今回の件は俺が悪かった、かもな」

 踵を返し、歩きだした。振り返らず、手だけ振る。

「ケリン。会いたくなったら、また来いよ。俺からは行けない」


 嗚咽するケリンは聞いているのか、いないのか。窺えない。

「またスジ論か。面倒くさい奴だ」

 左肩に乗る、半分リスが口を挟む。

「そうさ。筋じゃないからな。でも――」

 遠くの友人を思い出して。

「離れても、二度と会えなくても。友は、友のままだ。そうだろ?」

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