鳴神裁と人工の雷 Ep.8

「・・・・・・神、鳴神、鳴神裁。起きろ」

 リスの声で我に返ったとき、鳴神はずぶ濡れで横たわっていた。

 雨はまだ止まないが、建物の影に隠れることはできたらしい。

「はやく起きないと、奴が復活する」

「うう、どうなった・・・・・・」

「俺が引っ張ってやった。重かったぞ」


 大きさ的に信じられないが、この灰色のリスが鳴神をここまで持ってきたようだ。意識を失った鳴神を、助けるために。

「ケリンは蔦のシールドで護られているが、分厚く張りすぎて、解除に手間取っているらしい。だんだん解けてきている。急げ」

「今更、何すりゃいいんだよ」

「考えるんだ」

「・・・・・・リス、お前!」

 霞んでいた目が、ようやく視えてきた。

 鳴神の肩に乗っていたリスは、無事では済まなかった。

 半身が焼け焦げ、見るも無惨な姿に変えられている。傷口から見える内側は、がらんとした空洞が広がっていた。


「気にするな。痛みは無い」

「そうは言っても――」

 リスの身の空洞に、蛍光緑の文字が浮かんでいる。

「“Ratatoskr”、何だ、それ・・・・・・?」

「おれの、昔の名前。神話にちなんで名付けられた。人工の星だからな」

「リス・・・・・・?」

「お前達を永らく見つめ続けてきた。ミサイルでにらみ合う冷戦と呼ばれた時代から、仮想のゆりかごに包まれた現代までを」


 鳴神は、“それ”が何者か理解した。全ての情報リソースが接続された、このバーチャルにおける数少ない例外、独立したネットワーク。

 名を伏せし人工の星。そこに遺された、自律AI。

「偵察衛星・・・・・・ラタトスク」

「そうだ。輩もおらず、飛び続ける空しさは、お前にも分かるまい」

 リスは言う。

「あるとき、聞いたんだ。お前達の猥雑な、わちゃわちゃとした声を。夢中で覗き込んだ。友とは、良いものだな」

「お前・・・・・・」

「ぐしぐし。見放すんじゃない、まだやれる事があるはずだ」


「ケリンとは、そんな仲じゃねえよ」

「呼び方は問題じゃない。分かるだろ」

 リスに諭され、鳴神はばつの悪そうな顔をした。

「・・・・・・それより、こいつが問題だ。っ、痛ぇ、物凄く」

 鳴神は、先のトマホークの爆発で、根元から右腕を奪われていた。

 出血は無いものの、痛みで再び気を失いそうだ。


 よたよたと、リスが近づいた。

「バーチャルにおいて、痛みは信号だ。神経線をブロックする」

「できるのか」

「スーパーハッカーが目の前にいると思え。凄腕だ、ゾォ?」

 リスがおどける。痛みがあっという間に退いていった。

「ぐっ、・・・・・・ハハ、本当だ・・・・・・さすリスだな」

「後は病院で治して貰え。応急処置はここまでだ」

 このまま眠ってしまいたい。だが。


 鳴神は、背中に手を入れた。先程は鳴神の身代わりとなるラジカセを入れていた、何も無い空間に生じる、個人用のアイテムボックスだ。

 そこから、ラッピングされた小さな箱を取り出す。カフェのマスターから受け取った、ケリンへの届け物だ。誤って破壊されないよう、忍ばせておいたのだ。

 ラッピングを残された片手で、器用に剥がした。閉じられた、スエード調の化粧箱が出てくる。これも、指を挟んで開けた。


「これは・・・・・・。そういう事かよ・・・・・・」

 鳴神が、溜息をついた。

 話が一気に単純になったが、今からどうすればいいのか。

 まだ問題は解決していない。

「どうやってケリンを止めるか、それだけ考えよう」

 リスが短く思案し、答えた。


「バーチャルは世界の写しだ。あらゆるものに原型がある。それは、概念も同様だ。つまり、奴の能力も特定の世界観の写しに過ぎない。ケリンはダークエルフ。本来なら、剣と魔法のファンタジーの住人だ」

「簡潔に言ってくれ」

「奴の能力は土属性の魔法。ならば、ある種のポイントを消費するだろう。そういう世界観だ。保有ポイントは無尽蔵ではない」

「ポイントを削りきれば、ケリンは無力になるってワケか。・・・・・・だめだ、いつ燃料切れになるか予測ができない。あいつの暴れっぷりからして、そのポイントやらは相当潤沢だぞ」


「そもそもリスの頭に頼るな」

「偵察衛星だろ。ああ、ミサイルが厄介だよな・・・・・・」

 鳴神が寝返りを打つ。

「あの速度だ。俺の“関係性を可視化する能力”じゃ、とても口が追いつかない。流れ星に願い事を言うようなもんだ・・・・・・」

「ぐしぐし。ぐしぐしぐし。そうか、追いつけるぞ?」

 顔をひとしきり洗って、リスが何かを閃いた。

「本当かよ。何を叶えてもらおうか?」

「流れ星は頼まれても出ない、ゾォ?」

 半分しかないリスと、右腕がもげた神父は、目を合わせ、頷いた。

 雨は止もうとしていた。

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