とても遠い場所

雨世界

1 ……あなた、誰?

 とても遠い場所


 プロローグ


 ……あなた、誰?


 本編


 物語とは、死者と出会う(会話をする)ためのものである。


 高校一年生の七瀬春海がそのメッセージを受け取ったのは、春の四月が終わり、五月に入った最初の週のことだった。

「もしもし?」

 と春海がスマートフォンから声をかけると、相手は「……君、誰?」と、とても失礼なことを春海に言った。(せっかく落し物を拾ってあげたのに、とても失礼なやつだね、君は、と春海は思った)

 電話越しの声は、春海と同い年くらいだと思える、幼い雰囲気がまだずいぶんと残っている、少年の声だった。(とても優しそうな声をしていた。そのところはとても好感が持てると思った)

「えっと、私、この電話拾ったんですけど」と春海は言う。

「え? 電話? 拾った?」と少年は言った。

「はい。すぐ家の近くで、……今から近所にある交番に届けようと思っていたんですけど、こうして連絡がついてよかったです」と本当に安堵した声で春海は言った。(自分から電話する勇気は春海にはなかった)


 春海はそれから、そのスマートフォンの向こう側にいる顔も、名前も知らない(声だけしか知らないのだ)少年が恩人である春海に向かって、あ、えっと、どうもありがとう、とか、じゃあ、交番の場所を教えてください。取りに行きます。スマートフォンを受け取ったら、お礼をします。本当にありがとうございました。とか、ありがとう。電話なくして、すごく困ってたんだ、本当に助かるよ、とか、そういうことを言ってくれるものだとばかり思っていたのだけど(春海はまだ高校生になったばかりで、あまり、人の『悪意』というものに慣れていなかったし、人を信じる力をとても強く持っていた。あるいは『人の悪意を見抜く力が極端に弱かった』と言ってもいいかもしれない)

 少年は黙ったまま、ずっとスマートフォンの向こう側で、なにかをじっと考えているような雰囲気を出していた。


「……あの」

 と沈黙に耐えきれずに春海は言った。

「え、あ、はい」と少年は言う。

「えっと、あの、……どうかしたんですか?」と春海は言った。


 すると少年は、「どうかしたっていうか、実は『僕、今、自分のスマートフォンから電話を君にかけている』だけど……」となにかすごく困ったというような声で、少年は春海に言った。

「え? えっと、それってつまりどういうことですか?」意味がよくわからずに、春海は言う。

「僕にもよくわからないんだ。……とりあえず、君、誰?」と、なぜか今度は明るい声で少年は春海に言った。

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