放蕩皇子の英雄奇譚

初仁岬

第一節 愛縁奇縁

プロローグ

帝位継承争いの幕開け

 ここノースフィア帝国は、大陸の中央に大きく鎮座した大国である。

 その人口と豊かさ、軍事力の全てに置いて大陸諸国を大きく上回る国だ。

 そんな強国であるノースフィア帝国の皇帝は、列強諸国も注目する大陸でも重要な人物である。

 そして、その席に座る現帝国皇帝ガルヴァス・ノースフィアは、来年で即位二十周年を迎えようとしていた。


「よく来た我が子達よ」


 皇帝に呼ばれた皇子皇女が集められたここは、帝都の中心にして帝国の中心。

 帝王の間と呼ばれる、皇帝陛下の執務室にして謁見室である。

 そこに並んでいるのは、全部で十八いる兄妹の内の九人。

 皇子皇女らが、継承争いに参戦すべく集結していた。

 どの人物も後ろ盾のある有望な皇帝候補であったが、その中には、放蕩皇子と呼ばれ蔑まされる第八皇子ルーズフェルトの姿もあった。


「すでに分かっていると思うが、我は来年で即位二十年を迎える。

 そこで、今まで先送りにしていたが、次の皇太子を決めるものとする」


 十年前。今は併合された小国の侵攻にあったノースフィア帝国は、当時、十五歳であった第一皇子、アルベルト・ノースフィアを伴い迎撃に当たっていた。

 順調に押し返していた帝国だったが、奇襲にあった際、皇帝の命を身を挺して守りアルベルト皇子は亡くなった。

 以降、皇太子の地位はずっと空席だったのだ。


「今この時より我の裁定は始まり、我の一存によって、来年の式典にて継承者を発表するものとする。

 各々、恥ずかしくないよう毎日精進せよ」


 これが、合図となる。帝位争いの始まりだ。

 しかし、そこに口を挟むものがいた。第二皇子ラース・ノースフィアだ。


「お言葉ですが陛下」


「なんだ。第二皇子ラース」


「この中で一番年上の私でも二十二歳。

 今年で十七になる第九皇子のライドは兎も角、第十皇子のユグナントはまだ八歳ですよ?

 大体、帝位継承の話をしているのに何故、放蕩皇子がいるのですか?」


 第二皇子の派閥に属する貴族たちは、揃いも揃ってため息を付く。

 第二皇子の母に恩があり、母の要請によって後ろ盾になった貴族たちだ。現皇帝に楯突くような発言を見て、先は険しいと悟ったのだ。


「口が過ぎるぞラース」


「ですが!」


「聞こえなかったか? 口が過ぎるぞラース」


 有無を言わさない一言にラースは押し黙る。案の定――というべきか、皇帝はその発言を許さなかった。

 ラースはチラッと横を見るが、放蕩皇子と呼ばれた当の本人、ルーズフェルトは顔色一つ変えていなかった。


「まず、今回の継承に関しては今から評価する。

 そして、総合的に見て帝位を譲ってもいいと思った者に譲る。

 私が皇太子に何を求めるかをよく考え行動せよ」


 それは暗に、今のラースの行動は減点対象だと示唆するものだった。

 無論、直接的にそう言っているわけではないため、ラースを含め、幼いユグナントはその意図に気づいていないかも知れない。

 逆に言えば、気付けるものでないと皇帝に相応しいとは言えないのだ。


「ユグナントがその価値を示せば、私はユグナントが無事成人するまで王を続けよう。

 ルーズフェルトに関しては、我の一存だ。

 しがらみがなければ、が、周りが納得せんのでこういう対応をしたに過ぎん」


 その言葉にラースは愚か、周りの貴族たちも一様に顔を顰める。

 この皇帝は何故かロクに勉学や剣術に励むわけでもない、ただ遊び呆けている放蕩皇子に肩入れをする。

 真面目に地位を維持しようとしている貴族たちにとって、ルーズフェルトは邪魔者の他の何者でもなかった。


「というわけだ。

 いい加減、遊び呆けているをするのもその辺だ。

 お前も本気で我に価値を示してみろ」


「分かっていますよ。


「ハッハッハッ。お前らしい――期待している」


 その日の出来事は後に語られる。

 正式な場で陛下を父と呼ぶのはあってはならない行為だが、ルーズフェルトはあえてそう口にすることで陛下の評価を上げたのだと。

 子はから何を学ぶのか。

 これは、放蕩皇子がやがて英雄王と呼ばれるに至った軌跡を描く英雄奇譚である。

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