4. 告白
しばらくアルバートが来ないときがあった。シェリルによれば、仕事で近郊の都市に出向いていたらしい。
ある日、昼食を食べたあと、食卓で頬杖をつく彼女をこっそり見上げつつ、僕は部屋の隅で静かにしていた。シェリルは僕をしばらく見つめてから口を開いた。ルーク、最近私に抱きついてくれないね。元気もないし。病気なんかじゃないよね。どうしたの。
僕はじっとしていた。彼女に貰った手編みのマフラーを噛みながら。彼女は立ち上がり、僕を抱きしめようとした。僕はその手を払いのけた。彼女の顔が歪んだ。僕は、そろそろ潮時かなと思った。これから、どうすればいいのか答えが見つからない。このまま一緒にいるのは辛い。いずれ僕も彼女も傷付くだけだ。だから、せめてこの想いくらい伝えても、神様は許してくれるだろう……いや、神様なんかいない。いたら、とんだ意地悪だ。僕をこんな体に閉じ込めて。神様なんかくそくらえだ。許しなんか乞わなくていい。
僕は彼女を床に押し倒した――
ルーク、どうしたの。まさか私を襲う気?
彼女は僕に怯えていた。 僕は心の中で自嘲気味に笑った。襲う、か。僕には叶わないさ。僕の、牙の生えたこの口では、君の柔らかな唇に口づけすることも叶わないのだから。真っすぐ君の瞳を見つめたのは一体いつぶりだろう。赤い瞳は恐怖で揺れていた。違う、シェリル。僕は決して君を傷付けたりはしない。僕はただ君に伝えたいんだ。溢れるくらいの感謝と、それから、愛とを。僕に人間の言葉が話せたら。君を抱きしめることができたなら。
僕は隠していた贈り物を
その瞳が、今度は戸惑いで揺れた。僕は、最後の頬擦りをした。愛しい君に、僕から贈れるものはこれだけしかない。僕の瞳から、涙がこぼれた。格好悪いや。人間みたいじゃないか――あんなに憧れた人間みたいだ。
待って、とシェリルが言う前に、僕は身を翻し、翼をはためかせていた。そう、これでいいんだ。さよなら、僕の愛しいひと。幸せでいてくれ。
でも、困ったことに僕は飛べなかった。翼が動かなかった。おまけに脚も。次の瞬間、情けないことに僕は地面に突っ伏していた。手をついて起き上がろうとしたら、肘が曲がってしまって――いや、僕の肘はこんなに長かっただろうか?
ルーク! シェリルの声が背後から聞こえた。僕は、振り返りはしまい、駆け出そうとして、ぐらりとよろけた。おかしい。そのときようやく気付いた――僕の両腕、両足が肌色の、長細い、つるつるしたものに変わっている! 人間みたいだ! 僕は
シェリルが後ろから僕を抱きしめた。ルーク、あなた、人間になってる。やっと話が出来るね。僕は混乱していた。どうして僕は人間になれたんだ? シェリルは少し頬を赤らめながら、裸の僕に上着を渡してくれた。僕は慌ててマフラーを腰に巻き、上着を受け取った。彼女を見下ろすのは不思議な感覚だった。僕はうっかり見とれて無言になってしまった。シェリルは、僕があんまり見つめるものだから、照れて視線を逸らし、懐から手鏡を取り出して渡してくれた。金髪に金色の目をした、やや中性的な若い男の顔が映った。イメージと少し違うが、ひとまず不細工じゃなくてよかった。
シェリルは、ごめんね、と謝った。ルークは賢くて私たちの言葉も分かるから、話がしてみたいと思って、少しの間だけ人間になれる魔法薬を研究してたの。秘術中の秘術で、アルバートはそれに協力してくれてたの。彼がいない間に、こっそり試作を使ってみたんだ……。お昼ご飯に薬を少し混ぜてみたの。黙っててごめんなさい。具合は悪くない?
僕は、いや、と首を振った。ずっとずっと君と話がしたかったんだ。
シェリルは僕の頬に触れた。ルーク、思ってたより大人だったんだ。どうして出て行こうとしたの。僕はその手に触れた。少し荒れた手だった。
アルバートは君の恋人だと思ってた。シェリル、僕は君のことが好きなんだ。好きで好きでどうしようもない。
心臓が痛いくらい打っていた。やっと言えた。彼女の瞳が揺れた。叶わないと分かっていながら、これ以上一緒にいるのは辛いと思ったんだ。
シェリルは、いつもみたいに僕の背中に腕を回して頬擦りをしてくれた。そうだったの、ごめんね。いつも何か言いたそうだとは思っていたけど、わからなくて、だから話せたらなと思ったの。
僕は彼女の、か細い肩を抱き寄せた。いや、最後に言えてよかった。ずっと君を守っていたいけど、僕は君を幸せにすることはできない。どうか、このままお別れさせてくれないか。シェリルは僕にしがみついた。
嫌。行かないでよ。もっと研究して、貴方とずっと話せるようにするから。もしそれが叶わなくてもいい、一緒にいて。
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