3. 失恋

 月日が過ぎて、だんだんシェリルは、心も体も大人になっていった。そして、僕は残酷な現実に気付いていた――彼女もいつかは人間の男を愛し、妻となり、母となることに。 

 彼女は美しくなった。肌はますます滑らかになり、唇は柔らかく、それから胸も膨らみ、手脚もすらりとして綺麗になった。無邪気さは少し薄れ、賢く落ち着きを纏うようになった。

 僕はただ強くなるだけだ。鱗は固く、翼や角や爪や牙は鋭く大きくなった。彼女が抱きしめてくれるとき、その柔肌を傷付けはしまいかと、いつも冷や冷やする。この平和な森では、僕の武器が役立つ機会は、ほとんどない。それはいいことだ。でも、いいところを見せられないのは、少しばかり悔しい、なんてね。


 彼女は、月夜になると物憂い横顔を見せ、溜息をつき、そっと涙を流すようになった。僕はただその背に寄り添って、うずくまっていた。そのうち彼女は、僕を抱きしめて夜な夜な泣くようになった。きっと彼女の心を支配し蝕むのは僕じゃない、知らない男だ。僕の心に黒い嫉妬の渦が生まれた。そいつをばらばらに引き裂いてやりたい。彼女を苦しませる、そいつを消し炭にしてやりたい。僕は、なんて醜い心の持ち主なんだろう。


 僕は彼女がいないとき、ふらふら森を彷徨さまようようになった。あのヤミフクロウに再会したとき、彼女は言った。お前はもう、賢く誇り高き小竜ではないと。小竜は恋などに身をやつして身を滅ぼしはしない。

 だが、僕にどうしろと言うのだろう。成獣のこの爪で喉を掻きむしって死ねば、いっそ楽だろうと思った。


 その男は、ある日突然現れた。シェリルとは知り合いのようで、彼女は僕が見たことのない笑顔を浮かべた。服装や持ち物からいって旅商人あたりだろう。黒に近い茶色の短髪、少しばかりヒゲの剃り残しがある、軽く日焼けした顔。全体的に可もなく不可もない平凡な男だった。僕はそいつが頭を撫でようとするのを、できる限りの敬意を払って遠慮した。こいつがシェリルの想い人に違いないと思ったからだ。いくら殺したいくらい憎い相手とはいえ、彼女を悲しませることだけは、したくない。シェリルは、ルークはシャイだけど本当は人懐こい子なのよ、と僕の頭を撫でた。僕はそいつを視界に入れないよう努力をして、何とか理性を保った。そして二人が家の中にいる間、外でじっとうずくまっていた。


 僕のこころは千々に乱れていた。二人の談笑が耳に入った。彼女が浮かべているであろうあの笑顔も、優しい声も、柔らかい体も、みんなあの男のものなのだ。僕は自分の生まれを呪った。どうして僕は人間に生まれられなかったのだろう。これは何かの罰なのだろうか。こんな日がいつか来るのは分かっていたのに。ヤミフクロウは忠告してくれていたのに。

 僕は夕飯も丁重に断って外にいた。彼女と暮らして初めて、お腹が空かなかった。彼女は僕の様子を心配してくれてはいたが、そっとしておくことに決めたようだった。毛布が背中に掛けられた――あの男が掛けたのだった。あいつはあのシェリルが愛する男なのだから、いい奴に違いない。彼女の幸せを願うんだ。それが僕の幸せなんじゃないのか。二人の談笑が、やがて静かになり、明かりが消え、僕は身を縮こまらせて眠りが訪れるのを待った。


 翌朝、男は帰っていった。シェリルは、ルーク、大丈夫? と心配してくれたが、僕はいつもみたいに彼女の脚の間をふざけながらすり抜けるのはやめて、ただ静かに家に入った。

 それから、週に一度はあの男が訪れ、彼女と一夜を過ごしては帰るようになった。男は、シェリルほど鈍くはなかった。僕が嫉妬していることに早々に気付いたのだ。二人きりになったとき、ルーク、君とは友達になりたいんだ、と遠慮がちに話してきた。僕は、ただうつむいて聞いていた。知ってるさ。お前はいい奴だ。僕はお前と張り合うこともできない。これからも、ただ彼女の傍でひそかに彼女を想い続ける。お前と友達にはなれないけど。そいつは、アルバートと名乗った。握手を求められたから、しぶしぶ手を乗せてやった。しぶしぶ。


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