其之拾壱
Aブロック第四試合が終わり、あと二試合でBブロックの試合へと移るため、早めに控室へと移動を開始、その道中で先程の事実について思考を巡らす。
白い靄は私にしか、もしくは一部の人しか見えていない。
先程の試合運び、キャロルの言葉から得た事実。普通の人には発現した魔法そのものしか見えず、前段階の靄は認識できていないのだろう。
では、靄の正体は何なのか?
一昨日、初めての魔法『
昨夜、寝る前に考えていたが……あれは
殺気、闘気、剣気など様々あるが、過去に立ち合った猛者との死合い場で見たものに酷似している。あの時は察知した相手の気から次の動きを読んだが、ここまではっきりと見えてはいなかった。
……そういえば、シュトリがこんなことを言っていたな。
『マナは空気と同じように充満していて、発動者が魔力と
つまり靄の正体は、マナだ。空間に充満しているマナが心象を受けることで白く、発動者の魔力が流れることで各色に色付き、発現した魔法が靄に沿って流れていく……、とまぁそんな所だろうか。
私の目に映る理由は憶測だが、元居たワの世界にも少なからずマナは存在しているのではないか。
立ち合いの時に放たれる剣気が、落下してきた木葉を空中で切り裂くのは幾度か見たし、私も出来た。
あれもある種の魔法だとすれば、私が過去に感じてきた気の正体もマナであったといえる。
コロッセオ内の長い通路を歩き終え、控室へ入り椅子に腰かける。
既に待機していた三人が各々こちらを一瞥し、再度集中力を高めるため一人の世界へ戻っていく。
靄の正体が仮説通りだとすれば、私は既に魔法を扱えるはずだ。
……ということは、一昨日に綽膳で絡んできた男を殺気で伸した時に『魔法ではない』と言ったが、あれも魔法だったのか。少し悪いことをしたな。
部屋の外から案内音声が聞こえてくる。どうやらAブロックの試合が終わったようだ。
続いてBブロック第一試合が案内され、部屋から二人の闘士が繰り出していく。
たった今考え至った付け焼刃でしかないが、初戦から試行錯誤してみるとしようか。
* * *
「さぁ、Bブロック二戦目の幕がッ、今ッ! 切って落とされようとしています!!」
一戦目は開始から半刻程度で決着し、控室へと戻ってきた二人と入れ替わりで場内へ入場する。
「お手柔らかに頼みますよ」
入場間際、相手の糸目男が薄ら笑いで言ってくる。
「フッ、貴様は手加減する気など毛頭無いくせに」
表情を隠すようなニヤケ面を崩してやろうと軽く煽りを入れてみるが、尚も表情は変わらない。
「全力で来い。捻り潰してやろう」
立ち止まる奴に背を向け、開始位置まで距離を取る為進む。懐から取り出した片眼鏡を掛け、粗削りの木刀を構える。
糸目男は武器を持たず、その場でただ立っている。魔法主体なのか、体術を駆使するが故の脱力姿勢なのか。
「試合、始めぇッ!!」
実況の合図と同時に糸目男がこちらに両掌を向け詠唱を始める。
詠唱の長さで魔法の威力が変わるとすれば、初手から勝負を決めにきているのだろう。証拠に白い靄、元いマナが大きく集まり巨大な炎を形作る。
当たれば一溜りもないだろう。
――当たれば、だが。
「
長い口上の末、ついに放たれたソレは地面を、空気を焼き切るほどの熱量と直視できぬほどの眩しい光を放ちながらこちらへと突き進んでくる。
「詠唱途中に攻撃を仕掛けてこなかったキミの負けだよ! 全力で来いなんて言ってた割に随分と呆気なかっ……た、ね?」
勝ちを確信し威勢よく言い放たれる言葉の語気が、急に弱くなる。
「あー、危なかったなー。死ぬかと思ったわー」
「な、なんで煌炎を受けて無傷なんだよ!? キ、キミは人間じゃないのか!?」
「いやいや、正真正銘人間だよ。なぜ無傷かって聞かれても、当たってないから……?」
魔法の軌道は事前にマナが教えてくれる。後は安全圏へ避けてから悠然な世界で実験するだけの時間だった。
試したのは魔法行使について。
見よう見まねで掌にマナを集めるように意識すると、思った通りにマナが集まった。
しかしマナは色付かず、発現もしない。魔力は水晶に触れたときには流せた、同じように出来ているはずではあるから、無属性の魔力に色が無いとすればこれで問題ないのだろうか。
次にその魔力を『煌炎』へと打ち込んでみると、その場所の熱が消え去った。
……と、試せたのはここまで。
「では、次はこちらから行こうか」
慌てて第二弾の詠唱を始める糸目男へ向けて走り込む。
小さな炎を右手で打ちながら左手に先程と同じくらいのマナが溜まっていくのが見える。
しかし、魔法の軌道は事前に分かる、当たることはない。
まだ私の魔法にどんな効果があるのかわからないが、殺気として飛ばせば相手に幻覚を見せることは出来る。
では、木刀に纏わせて斬り付けた場合はどうなるだろうか。
その場の思い付きで魔力を纏わせた木刀で、必死な形相で詠唱している糸目男の腹部を撫でるように一閃し――
「かはっ……」
たったそれだけで意識が途絶えその場に頽れた。
「しょ、勝負有りぃ!!」
* * *
「あの動き、やっぱり私の目に狂いは無かったわ!」
観客席から試合の行方を眺めていたリージュは、武蔵の勝利に喜びを隠せずに飛び跳ねる。
「今朝見たときに変な魔力してると思ったけど、アンタもやっぱり
相手が魔法を放つより先に安全圏へと移動を開始いていた。その動きは常人には出来ない芸当。
「決勝戦がより楽しみになったわ」
* * *
糸目男が失神からなかなか復帰しないため、私が先に一戦目勝者と戦うこととなった。
「お前、面白い技を使うみたいだな? 軽く触れただけで敵を失神させられるとか」
控室から現れた次なる対戦相手が、早くも聞きつけた噂に心を躍らせるように問うてくる。
「貴様も一瞬で終わりたくなければ全力で来るといい。後悔しないようにな」
「第三試合、始めっ!!」
「あぁ、そのつもりだッ!!」
今度の相手は木剣を携え駆ける。
「
叫びと同時にその木剣が水に包まれる。
水の膜で摩擦を減らして威力を高めるのだろうか。
「おらぁ!!」
「くっ」
上段から打ち下ろされる一撃を受け止めるが、かなり重たい。
すぐさま木刀を手首から返し、力を後方へと逃がす。
「少し受け止めただけなのに手が痺れてる。良い一撃だな」
「へっ、その減らず口は何処まで持つかなッ!」
ヒョウッ、と空気を切り裂く音が幾度と響き渡る。
先程よりも速度を増し、威力が増大した斬撃を往なし、躱し、弾き、逸らし、受け止める。
鍔迫り合いのようになりながら互いに顔を突合せていると、男の口元が不気味な笑みを溢し――
視界が真っ白に染まった。
「ッ!?」
咄嗟に頭部を右へ振り視界を取り戻すと、頭があった空間に後方から水が突き刺さっていた。
更に身を捩るようにして剣を弾き距離を取って対峙する。
水の出処は探さずとも明らかだった。
相手の手にする木剣、それに纏っていた水が自在に伸び、私の視界外から攻撃を仕掛けていたらしい。
「ヒュー、よく今の攻撃を躱せたなぁ。素直にすげぇわ」
確かに今のは紙一重だった。避けられず後頭部へ喰らっていれば、気絶は免れなかっただろう。
まるで生きた蛇のように剣先から伸びた水が動いている。その様子を見るに、マナが集まってから水がそこへ移動するまでの猶予が極端に短い。
マナから軌道を読むのは厳しいだろう。
しかし。
フッ、と口元が緩み軽く笑みが零れる。
「……? 何がおかしい」
「いいや、馬鹿にしてるわけではないさ。ただ――」
先程の緊張から溢れた冷や汗を額から拭いつつ、告げる。
――勉強になったよ、と。
宮本武蔵の新訳五輪の書! 鎌岡 巽 @27306
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