其之拾
「……ん、ぅ?」
「すぅ、すぅ……」
近くから聞こえてくる寝息に鼓膜をくすぐられて目を覚ます。
壁に寄りかかるように座りながら考え事をしているうちに、いつの間にか眠ってしまったらしい。
キャロルが掛けてくれたであろう毛布と、その上から私の足を枕代わりにして気持ちよさそうに寝息を立てているミィの姿が目に映る。
いつまでもこんな日々が続けば――
「ぅん~ぁ、ままぁ……すぅ」
いや、そうだよな。
幾ら私たちに懐き、信頼されていようとも、母に勝るはずがない。
この娘は絶対に故郷へ送り届けなければ。
「……それはそれとして」
ミィの頭を数回撫ぜ、もう一度目を閉じる。
今だけは、この幸せを享受しても良いよな。
* * *
「今日はお仕事休みなので、後でミィちゃんと見に行きますね!」
「ありがとう。それじゃ、行ってきます」
早々に朝食を済ませた私は、昼を待たずにキャロル宅を飛び出した。
少しでも早くギルドへ行き試験内容や参加者などの情報を仕入れておきたい。
快晴な空に見降ろされた街道を駆け、まだ目覚めきってはいない大通りを進み、僅か半刻足らずでギルドへと到着する。
「たのもう!」
一昨日と同じく勢い良く戸を開け放ち――
「――ん?」
びくともしなかった。どうやら閂を掛けられているらしい。
「……開くまで待つか」
早速出鼻を挫かれてしまったが、仕方ない。
私と同じ考えで早めに来る参加者も多いはずだ、その人達から情報を集めればいいさ。
……。
…………。
………………………………。
「なぜ誰も来ない……?」
かれこれ四刻ほど待ってみたが、ギルドを利用する人はおろか、受付嬢すら現れない。
あと数刻で昼になるはずなのだが……。
「……何してんの?」
入り口前の階段に座り待ちぼうけ状態だった私に声が掛かり、顔を上げる。
深い青色の髪と目、灰色の服を身に着け木製の杖らしきものを手に持った少女がそこに居た。
「アンタ、一昨日仮登録してたわよね? 本登録試験行かないの?」
あの日ギルド内に居たのだろうか。どうやら私のことを知っているらしい。
「試験は受けるつもりだが……もしや集合場所はここではないのか?」
「何も聞いてなかったの? 試験会場はもっと先のコロッセオよ」
「そうだったのか……。これは親切に、かたじけない」
立ち上がりお辞儀をすると、訝しむかのような表情でこちらを
「……アンタ、名前は?」
「? 宮本武蔵と申すが」
何度か名前を復唱しながらゆっくりと歩き、少し離れたところで「よし、覚えた」とこちらを振り向く。
「アタシはリージュ。会場まで案内したげる」
* * *
「はい、着いたわよ。既に結構来てるわね」
「ここがコロッセオとやらか……」
他の建造物と比べ少し高めの石造りの外壁が、円形に聳えており、その入り口付近にはざっと三十名ほどが集まりピリピリとした空気を漂わせている。
その空気を肌に感じただけで、これから行われる試験の大凡が把握できた。
「この人数と戦うのだな」
「試験内容は知ってたのね。そう、これからここで行われるのは本登録を賭けた戦い。最初に幾つかのグループに分かれて総当り戦を行い、トップだけが次のトーナメント戦に進める仕組みよ」
懐かしい、良い空気だ。
死合いや合戦の場で幾度と経験した紙一重の死線、それに酷似した雰囲気が立ち込め、肌に纏わりついてくる。
この中で平然と動けるのは感性の鈍い剽軽者か、底知れぬ自信家か、相当な猛者のいずれかだろう。
「ところで、優勝しないと本登録は出来ないのか?」
「アンタ、本当に何も知らないのね……。総当りの予選を抜ければ本登録は出来るわ」
「じゃあ、その後のトーナメント戦は何の目的があるんだ?」
「そこで上位三名に入れば、ギルドランクが一つ上で登録できるの。それだけで受けられるクエストの数は倍になるわ」
それは確かに魅力的な報酬だ、是非とも頂きたい。
「えー、それではこれより、予選の組み分けを行います。一人ずつこちらの水晶に触れていってください」
入口のほうから突如大きな声が響き、集まっていた参加者が案内に従ってぞろぞろと動き出す。
「遂に始まるわね」
周りの参加者の表情は不安、恐れの色が窺えるが、リージュはワクワクした表情で隣に立っていた。
「……リージュ、トーナメントで待ってる」
ただの自信家なのか、それなりの力を携えているのかは不明だが、手合わせしてみたいと感じるほどには良い表情をしていた。
「アンタこそ、予選落ちなんて真似だけはやめなさいよ?」
二人、拳を軽くぶつけるようにしてお互いの健闘を祈る。
そうこうしているうちに組み分けの順番が回ってきて――
リージュ……Cブロック
武蔵……Bブロック
「予選で当たるなんてことにはならなくてよかったわ。それじゃ私はゆっくりと観戦しておこうかしら。じゃあね」
それだけ言い残し、コロッセオへと消えていった。
「私も少し時間があるが、どうしたものか……」
「ムサシさーん!」
リージュに倣ってコロッセオに入ろうかと思案していると、背後から聞きなれた声に呼ばれる。
「ちょっと早かったですかね?」
振り返るとキャロルとミィが駆け寄って来ていた。
「いや、一人でどうしようか途方に暮れてたところで。丁度良かった」
「ムサシお姉ちゃん頑張ってね!」
「ありがとう、絶対優勝するよ。とはいっても少し時間があるんだ」
「それなら一緒に観戦しながらお昼を済ませちゃいません? 私お弁当作ってきたので!」
「それはいいな、助かるよ」
気付けば張りつめていた空気は何処へやら。
三人そろって他愛もない会話をしながら観客席へと向かい、出来るだけ全体を見渡せる位置に席を取る。
少し離れた位置にリージュの姿も見えるが、向こうはこちらに気付いているのか、いないのか。
人の出入りが落ち着いてきた頃、会場内に組み分けの時と同じく試験開始の案内が響き渡る。
「おっ待たせいたしましたあああああああ! 只今よりぃ、ギルド本登録争奪戦を開催致しまあああああああっす!!」
うぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおお!!!!!!
宣言が終わると同時に、会場全体が震えるほどの大歓声に包まれる。
「な、なんだこの歓声は!?」
「ギルド本登録者は、言い換えればこの町を魔物から守ってくれる方達なんです。だから試験って一大イベントなんですよ」
「それでこんな観衆が集まってるのか」
始まったAブロックの試合を眺めながら弁当を食べていく。
第一試合は近接格闘同士の戦いとなり接戦が繰り広げられる。
第二試合は魔法使い同士の遠距離戦。
試合開始とともに両者の間を幾つもの白い靄が奔り、詠唱に合わせて一方は赤、もう一方は黄色に染まっていく。
激しく魔法がぶつかり合う試合展開を眺める中で、一つの疑問が生じる。
何故、両者ともに靄を避けない?
一昨日に初めて魔法を目にした私でもわかっている『魔法は白い靄に沿って発現する』という事実を。
まるで
「……なぁ、キャロル。あの二人の間に、靄って見えるか?」
「え? どうしたんですか唐突に……靄、ですか? いえ、見えませんけど」
質問に対し、目を凝らして試合場を見つめて返答してくる。
流石に嘘を吐いているとは思えない。
ということは……。
見えているのは、私だけなのか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます