其之玖
「ここか、あの青年が教えてくれた材木屋は」
言われた通りに路地を進み、少し歩いた右手側にそのお店は佇んでいた。
店頭には棒状の角材が立て掛けるように並べられている。
その一本を手に取ってみると、
「思ったよりも軽いな」
見た目から受ける印象よりも幾分か軽く感じる。
他の物も手に取ってみるが、大して違いはなさそうだった。
「あら、お客さん? 木材をお求めですか?」
何本か品定めを行っていると店員が中から顔を出してきた。
「あ、はい。丈夫な木材が欲しい」
「どのような用途で?」
「木刀に加工して使いたい」
「木刀……木剣みたいな感じかしら。だとしたらこれとか良いんじゃないかしら」
店員が店の奥から取り出してきた角材は、持ってみただけで分かるほどにずっしりと、先程手に取った材木よりも重く、硬かった。
「こちらはアルカの木が素材となっていますので、とても丈夫で簡単に折れることは無いと思います」
「確かに、これは良さそうだ」
「加工までこちらで行いますか? 詳しい形を頂ければ、そうですね……明日の夜か明後日の朝にはお渡しできるかと思います」
「い、意外と時間が掛かってしまうのだな……」
「すみません、アルカの木はとても丈夫なので、加工にも少々時間が掛かってしまうんです……」
文句を言っても仕方がないか。良質な製品を求めるなら時間を惜しんではいけない。
しかし、明日の試験に木刀が必要なのは変わらない。
「……すまない、この刀より少しばかり短い角材を二つ、切り出していただけるか?」
「かしこまりました、少々お待ちください」
店員がアルカの木材と共に奥へ下がりガタゴトと何かを用意している音がし、キュィィインッ! と甲高い音が鳴り響いてくる。
突然の音に、隣にいたミィが毛を逆立てるように驚き飛び跳ねる。
驚きすぎて今まで隠していた尻尾まで見えてしまっている。
こちらへしがみつきながら震えているミィの頭を軽く撫ぜつつ、尻尾を服の中へ仕舞わせる。
木材を切断しているだけのはずだが、聞こえてくる音があまりにも金属質で、背筋がぞわぞわとなるのもわかる。
暫くして音にも慣れた頃、甲高い音の第二波が止み店員が姿を見せる。
「お待たせしました! ご要望の通り同じ長さの角材を二本分ご用意しました」
「……丁度いい長さだ」
一本を受け取り、軽く握ってみる。
重さも適度で、木刀の形に整えれば振るのに適しているだろう。
「それで、こちらをどのような形に加工すればよろしいですか?」
手にした角材を眺め、うんうんと頷いていると、店員から確認の質問を受ける。
「あぁ、それなら……そうだな。少し離れてくれ」
ミィと店員から少し距離を置き、先程購入した片眼鏡を掛ける。
いつもよりゆっくりに感じられる世界で、角材に求める形を思い描きつつ頭上へと放り投げる。
放物線を描くように落下してくるそれへ抜刀、一太刀、二太刀と素早く正確に刃筋を通し――
「ざっとこんなもんか」
床へ落ちる頃には粗削りな木刀が出来ていた。
片眼鏡を外し、目を丸くしている店員へ拾い上げた木刀を渡す。
「持ち手はもっと丸みを帯びさせてくれ、このままじゃ持ちにくい。刀身も鋭利にせず全体的に丸みを意識して整形してくれるとありがたい」
「……ハッ、わ、わかりました!」
「明日の昼には必要なんだが、それはこいつを持っていくことにするから、その未加工の角材を木刀にしてくれ。代金は二本分で……これで足りるか?」
店員の手を取り、金一枚を渡す。
「じ、充分過ぎます!」
「なら、お釣りで良いものでも食べてくれ。明後日また来るよ」
それだけ言い残し、ミィと店を出る。
手に持った木刀は、思いのほか手に馴染んでいる。明日の試験は問題なく乗り越えられそうだ。
「キャロルはまだ仕事かな?」
「晩ご飯!」
「そうだな、一旦綽膳に行こうか」
空は朱色に染まり始めており、街道にもちらほらと明りが灯っている。
長いようで短い一日が、終わりを告げようとしていた。
* * *
「いらっしゃいませ~。あ、ムサシさんですね? キャロルちゃんならさっき仕事終わって帰りましたよ~」
綽膳へ入るや否や女給さんに伝えられる。
「そうでしたか、ご丁寧に有難うございます」
「いえいえ、またお食事しに来てくださいね~」
軽く会釈をし、踵を返して表へ出る。
「もう帰ってたね」
「だな、私たちも帰ろうか」
「……お姉ちゃん?」
「ん、どうした?」
キャロルの家へ帰ろうとした時、ミィに服の裾を引っ張られる。
少し恥ずかしそうに上目遣いでこちらを見上げつつ、
「ちょっと、足が疲れちゃった……」
そう告げる。
私は無言で背中を向け、その場にしゃがみ待つ。
暫しの沈黙の後、背中に重みを感じてから支えるように両手を回し、立ち上がる。
「えへへ……」
背中から聞こえた蕩けそうな声に癒されながら、帰路を進んでいく。
* * *
「ただいま~」
「おかえりなさ~い! ご飯にする? お風呂にする? それとも、わ・た・し?」
帰宅するなり上機嫌なキャロルが謎の問い掛けを行ってくる。
「ごはーん!」
が、答えたのはミィだった。
目が点になったキャロルを他所に、ミィは手を洗うため洗面所へと走っていく。
片足を膝から後ろへ曲げ、両手を軸足側の肩付近で組むように立っている状態で、目を二、三回パチクリとさせた後、
「……ご飯にする? お風呂にする? それとも――」
「やり直さなくていい、私もミィと同じ答えだよ」
「えー、そこは『お前を頂こうか』くらい言ってくださいよぉ」
ノリが悪いなぁ、などとぶつくさ言われながら、気にしても仕方がないと吹っ切れ洗面所へと向かう。
手を洗い、軽く口を濯いで居間へ行くと、キャロルが出来たての料理を三人分運び終えていた。
三人で机を囲むように座り、
「「「いただきまーす」」」
晩御飯をご馳走になった。
* * *
食事を終え、食器を片付けているキャロルに、
「渡したいものがある」
と声をかけ、懐から青い宝石が輝く腕輪を取り出し、キャロルの右腕へと着けてあげる。
「その腕輪には魔力強化の魔法が付与されてる。多分治癒魔法の効果も上がるはずだ。そして……」
机の横で満腹になったお腹を幸せそうに撫でながら座っているミィを呼ぶ。
各々が右腕を伸ばすと赤、青、緑と宝石の色だけが違う同じ細工の腕輪が並ぶ。
「お揃いの腕輪だ、喜んでもらえるとこちらも嬉しいのだが……」
昼間の事を少し思い出し、恐る恐る聞いてみると、
「……もちろん、嬉しいに決まってるじゃないですかっ」
キャロルは涙を流しながら、満面の笑みでそう答えてくれた。
「お、おい? 泣くほどではないと思うぞ?」
「いえ……私にとっては泣けるほど嬉しいことなんですっ」
涙を拭い、鼻を啜りながらキャロルは過去を語り始めた。
「私、家出児だったんです。幼い頃から親に暴力を受けてて、七歳の時に家を飛び出して逃げました。一週間ほど路地裏を転々として、空腹で行き倒れたところをシスターに拾われたの。それからのシスターとの生活はとても楽しくて、幸せで……」
懐かしい情景を思い出しているキャロルの表情は、とても幸せそうに輝いている。
「……でも十七歳の時にシスターは天へ旅立たれてしまって、ご恩返しも出来なかった。だからせめて、教わった人助けの精神を大切にしようと思ったの。ミィちゃんを助けたのは多分、昔の自分と重なって見えたからかな……」
そこまで語ると、キャロルはミィを優しく抱きしめる。
「治癒魔法を覚えたのだって、人助けの役に立つと思ったから。だから、この贈り物は私にとって一生の宝物になりました、ありがとうございますっ」
「そうだったのか、こちらこそそこまで喜んで貰えたなら良かったよ」
「えへへ、ちょっと湿っぽい空気になっちゃいましたね。さぁミィちゃん、今日は私とお風呂入りましょうね」
抱き抱えられたミィと共に脱衣所へ向かうキャロルを見送り、一人居間に残される。
キャロルもミィも、昏い過去を背負って生きている。
私は、二人を……。
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