其之捌

「ムサシさんの金銭感覚はどうなってるんですか!?」

 半刻程で漸く気絶から覚醒したキャロルに問い詰められる。

「どうと聞かれてもなぁ……正直に言うと金銭の価値が理解できてない」

 こちらの発言を聞き、キャロルの目が丸くなる。

「価値がわからないって……」

「そのままの意味だよ。金一枚でどれだけの事が出来るのか、それすら正直わかってはいない。わかってるのは……」

 懐から所持金の入った巾着を取り出し、机の上へ置く。

「これが私の全財産って事だけだ」


 恐る恐るといった様子で、キャロルが巾着を手に取り中身を確認しーー


「………………」

 何も言わずに返してくる。

 頭を抱え、暫し悩んだ末に一言だけ告げられる。

「事情の詮索はしませんが、それだけのお金を普通の人が持てば、十年は軽く暮らせる、とだけ伝えておきます」

 十年を軽く暮らせる……それだけの大金をヤチは出立金として渡してきたのか。あいつも大概だな……。

「大体わかった……以後気を付ける」

「そうして頂けると、こちらの精神衛生的にも助かります……」


 ブーッ、ブーッ……


 話が纏まったところで、装飾品店の主人から借り受けた指輪が音を鳴らし始めた。

「うぉ、なんだなんだ」

「そういえばその指輪は……?」

「装飾品店での作業が終わればこれで知らせるって言われたんだが、どうやって音を止めればいいんだ?」

 尚も鳴り続ける指輪にあたふたしていると、

「貸してください」

 と、キャロルに半ば奪われるように渡す。

 その手の中で指輪に薄っすら白い靄が掛かり……

『お、やっと繋がった。魔法の付与が終わりましたんで、お手空きの時に取りに来てくだせぇ』

 あの主人の声が聞こえ、音も鳴り止んだ。

「だそうですよ、取りに行ってきてください」

 キャロルは指輪をこちらへ渡すと、席を立ち食器を片付け始める。

「私ももう休憩を終わって仕事に戻りますから」

「あぁ、わかった。ご飯美味かった、ありがとう」

 お礼の言葉を聞き、キャロルに笑顔が戻る。

「どういたしましてっ」

 その笑顔のまま、口元を私の耳へ近付け、

「折角ですから、装飾品楽しみにしてますね」

 そう呟き、食器と共に裏へと消えていったーー。


「それじゃ、行こうか」

「うん」

 その嬉しそうな姿を見送り、ミィと二人で綽膳を後にした。


     *  *  *

 

「ご主人、お待たせした」

「おぉ、来たか姉ちゃん」

 借りていた通信の指輪を返し、店の奥へと入っていく。

「随分と早いのだな」

「装飾品本体を作るわけじゃなく、魔法を付与するだけですし、この仕事を生業に生活してますんで」

「その、魔法を付与する作業は簡単なのか?」

 もし習得出来そうなら便利なことこの上ないが。

「いやぁ、ただ魔法を行使するだけとは違って精密な作業になるんで、向き不向きは有るかと」

「そうか……」

 淡い期待を抱いたのは間違いだったな。

「姉ちゃんは魔法適性は?」

「無属性と判定は受けたが」

「無属性か……無理とは言わんが、険しい道のりになると思うぞ」

「? 無理とは言わないんだな」

 ギルドの受付嬢からは悲観的な事しか言われなかったが、それに比べればまだ希望がありそうな物言いだった。

「ん? あぁ、そりゃあ俺も無属性判定受けたからなぁ」

「それは本当か!?」

 それならばやはり、無から有を見出すことも可能という証明になる。

 

「それよりもまずはほら、注文の品だ。受け取ってくれ」

 話を遮りつつ机の上に置いてあった装飾品三つを盆に乗せてこちらへ差し出してくる。

「赤色の宝石が嵌った腕輪は言われた通り何もしていない。もし魔法を付与したくなったら持ってくるといい。青いのには魔力強化、緑のは守護が付与してある」

 左手首に赤い宝石の腕輪を嵌め、

「ミィはこれを着けてみてくれ」

 緑の宝石が嵌った腕輪を渡し、手首へ着けてもらう。

「着けたよー?」

「ちょっとごめんよ」

 軽く謝り、ミィのおでこに弱くデコピンする。


「痛っ……くない?」


 弾かれた場所を両手で抑えつつも、音に対して痛みが来ないことに困惑している様子。

「なるほど、これは凄いな」

「致命傷ほどになると無理だが、軽い怪我程度なら防いでくれるさ。あと姉ちゃんの利き目はどっちだい?」

「利き目? 考えたこともなかったが、なんでだ?」

「認識力強化の魔法が付与されてるのは片眼鏡だ。利き目側に掛けたほうがより効果があるのさ」

 理屈は理解したが、如何せん利き目が判らない。

「調べ方は原始的だが、片腕を伸ばして手で輪を作る。その輪を通して遠くのものを見たときに、視線が輪を通ってるのが利き目だ」

 説明を聞きながら実際に試してみると、右目の視線が輪を通って対象物へ繋がっていた。

「右だ、右目が利き目らしい」

「よし、じゃあこれを調整して……と。ほら、これが最後の品だ」

 鼻当てと蔓の位置などを調整され、完成した片眼鏡を受け取る。

「ちなみにご主人、認識力は強化されるとどうなるんだ?」

「そいつは実際に掛けてみたほうが早いぜ」

 はぐらかしているのか、説明しにくいのか。質問には答えず実践あるのみと促され、おずおずと片眼鏡を掛けてみる。

 

「これは……」


 世界が、時の進みが遅くなったかのような感覚。

 まるで極限まで集中した時のような、もしくは走馬灯でも見ているかのような。

「どうだい姉ちゃん、面白いもんだろう」

「あぁ、これは凄い。しかし日常生活では逆に不便さも感じられてしまいそうだ……」

 片眼鏡を外し、専用の入れ物へと仕舞う。

 

「良い買い物が出来た、ありがとう」

「こちらこそ喜んでもらえて職業冥利に尽きるってもんだ! また必要なものがあったらいつでも来るといい。魔法の特訓も仕事に支障がない程度になら付き合ってやるぜ」

「それは本当か!?」

 思いもよらぬ提案に全身が滾ってくる。

「おうよ、漢に二言は無いさ」

 店主の言葉を聞くが早いか、その手を取り握手するように握りしめる。

「恩に着る! 私の名前は宮本武蔵。武蔵と呼んでくれ!」

 その行動に一瞬戸惑った様子だったが、すぐに笑顔で手を握り返してくれる。

「俺はクラウスだ。よろしくな、ムサシ」

 今一度お互いに握手し合い、ミィと共に店を後にする。

 

 外へ出て空を見上げると、気が付けば太陽は傾き始めていた。

 少し急ぎ気味で最後の用事を済まし、キャロルの所へ晩飯を頂きに行くとしよう。

「次が最後だ、ささっと済ませよう。ミィ、疲れてないか?」

「うん、大丈夫だよっ」

 疲れてないはずはないだろうが、まだまだ平気そうだ。

 二人手をつなぎ、手首に嵌めた腕輪を輝かせながら次なる目的地へと足を向けた。

 

     *  *  *

 

「ありがとうございました~」

 大通りを少し歩いたところにあった武具屋へ入り品物に目を通してみたが、求めていたものは置いてなかった。

「朝言ってたようなのは無かったね」

「あぁ……」

 改めて考えてみれば、金属加工を主としている武具屋に木刀が無いことは当然のことではあったが、淡い期待を捨てきれなかった。

「武具屋に無いとすれば何処にあるか。せめて木材を扱っているお店が有ればいいのだが……」


「お姉さんたち、材木屋を探してるの?」


 半ば独り言気味に発していた言葉を、武具屋から出てきたお兄さんに声を掛けられる。

「あ、えぇ。そうなんですけど……」

「それなら、あそこの通路を通った先にありますよ~」

「あ、ありがとうございます!」

「いえいえ、良い一日を」

 それだけを言い残し、爽やかな笑顔と共に去っていく。

 

「良い人だったね」

「そうだな」

 爽やかな好青年な印象だった。

 これが、もしミィが亜獣族とバレていたら、同じ反応をしてくれているのだろうか……。

 そんな思いはいざ知らず、ミィは既に次なる目標地点へと照準を定め、歩を進めようとしていた。

「お姉ちゃん、早く行こ? 日が暮れちゃうよ」

「そうだな、用事を済ませてキャロルの所へ早く帰ろう」

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