第14話 「寂しかったですわ~~~~!!」
広間の中心で、抱きしめ合うふたりの少女がいた。
星衣羅と、葉湖である。
和解の証として触れ合い、互いの体温を感じ合っていたのだが、この抱擁、やけに時間が長い。
「せ、星衣羅……? そろそろ……」
「…………」
「そろそろ、離れよっか……? ずっとこうしているわけにもいかないし……」
「…………やですわ」
「やなの……?」
「もう離れたくありませんわ……」
星衣羅の、鼻が詰まったような声。
「星衣羅、泣いてるでしょ」
「な、泣いてませんわっ。適当なこと言わないでくださいまし!」
「じゃあ顔見せてよ」
「やですわ」
葉湖は星衣羅の体を押してはがそうとした。星衣羅は抵抗してぎゅうっと葉湖を抱く腕に力を込めた。
「見~せ~て~よ~!」
「や~で~す~わ~!」
「ぼくだって大泣きしたんだからおあいこだと思うけど!」
「葉湖はからかってくるから悔しいのですわ! ……泣いてませんけど!」
「……はあ。わかったよ。泣いてないのね。わかったからしばらくぎゅーしてていいよ」
「……わかればいいのですわ」
「と見せかけてどーん!」
「きゃっ!?」
葉湖が星衣羅を突き飛ばす。
互いの顔を、互いが見た。
星衣羅の顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃで、そんな彼女に対して葉湖は、からかいの一言を探して口をもごもごさせるが……
声を上げて泣くのを必死で我慢している星衣羅の表情が、ダムの決壊寸前のように緩んでいくのにつられて、葉湖もまた、再び泣き出した。
「うあ~~ん! うああ~~!」
「寂しかったですわ~~~~!!」
「ぼくも寂しかったよおお~~~~!!」
ふたりのわんわん泣きわめく声が、広間の高い天井にこだまするのであった。
◇◇◇
都会の明かりに包まれた、ホテル・パラダイスアアル、屋上。
そこの面積のおよそ半分はプールとして使われているが、今は水遊びをしている宿泊客はいない。床にはオネエのイズミと、猫っ娘のまお、JCギャルの
既にまおは戦闘不能になっている。
と、いうのも……
「にゃ~ん! うみゃみゃ!」
女王との激闘の中で、
「ふにゃ~。ごろごろ」
「まおチャンはしばらく戦えないワね。心那チャン、まおチャンをどこか安全な場所へ……」
「きゃー! まおちゃん可愛すぎ! 一緒に自撮りしよ!」
「あらヤダ~! 心那チャンもはしゃぎすぎ!? アリスチャン、何か言ってあげて?」
「緊張感を持てカス……」
アリスのド直球な毒舌で心那は泣いた。泣きながらまおと連れ添って屋上を去っていった。
気を取り直して、イズミとアリスは振り返り、プールの側へと目を向ける。
彼女らの視線の先に、異国の女王はいた。
女王は水の溜まったプールの上空に佇んでいた。カワイイエフェクトにより形作られた睡蓮の花を足場にして、イズミとアリスのことを見下ろしている。女王の面前でひざまずかない非常識を憂えるように、眉をハの字に下げていた。
「アリスチャン。耐え切れなくなったら言うのよ。今はふたり分のカワイイオーラで女王の支配的なカワイイをギリギリ中和できているケド、これから先はわからない。もし危険だと思ったら、逃げていいからネ」
「わかってる……」
アリスがこくりと頷く。女王はというと、「はぁ……」と溜息をついている。
「せっかくリラックスできる場所でお話しようと思って屋上へ来ましたのに……何ですか、その殺気立った目は。仲良くしたいのになー……。妾、しょんぼり……」
「カワイイカラテの使い手の心を片っ端から折り、アンチ・カワイイカラテ使いになるまで貶めるアナタに、アタシたちが心を許すわけないでしょ!」
「えぇ……? カワイイカラテの使い手なんて、いましたか?」
「何……?」
心底理解できないといった表情で、女王が首を傾げる。
「妾からすれば、妾以外の人間はおしなべてカワイクナイのですが。カワイクナイカラテと改称した方がいいのではないかなーと思うくらいです。ただ……可愛くない人たちには、一応、いてもらった方が妾としては嬉しいのですけれど」
あまりに傲慢な態度に、アリスが不愉快そうに眉をひそめる。口を開きかけるが、イズミがそれを手で制した。
「可愛くない人に、いてもらった方がいい? どういうことかしら。アンチ・カワイイカラテの使い手なら、あなたの手駒として使えるから?」
「……ふぅ。仕方ありませんね。いいでしょう、妾の目的を話します。隠すようなものでもないですし……もし知られて何かあったとしても、すぐにあなたたちは何もわからなくなりますからね」
女王は長い黒髪をかき上げて、妖艶に笑う。その笑みだけで、プールの水面が波立った。
「その前に……。屋久島イズミさん、といいましたっけ。あなたは、どこまで推理できていますか? アンチキューティーの、ひいては妾の目的について」
「そうねえ。アナタはカワイイカラテの使い手をさらい、アンチ・カワイイカラテ使いに仕立て上げている。そのことから、最初はアンチ・カワイイ・テロでも起こすのかと思っていたワ。カワイイカラテの台頭する世の中は、可愛いことに価値が置かれすぎている節がある。その社会を壊し、世界をカワイイの呪縛から解き放つ……そのあたりかと思っていた。ダケド……」
イズミは改めて女王の顔を見る。美圧を最大解放していないと、直視するだけでころりとやられてしまいそうな、圧倒的可愛さ。
「アナタはむしろ、カワイイの呪縛を使いこなす側だった。アナタの今までの言動……恐ろしかったワ。醜い子はまことの美に隷従するだの、自分以外はおしなべて可愛くないだの……。ということは、最悪のパターンが考えられる」
「最悪のパターン、ですか?」
「すべてのカワイイをカワイクナイに零落させ、世界で最もカワイイ存在として君臨する。支配的カワイイオーラを用い、世のすべてのカワイクナイ人間を奴隷と為す。カワイイによる世界征服……それがアナタの目的。違うかしら?」
くすっ。
花びらがひとひら散るような、小さな笑い声がした。
女王が口元を隠し、少女のようにくすくす笑っている。
「……何が可笑しいの?」
「いいえ。世界征服だなんて子供っぽい言葉があなたから出るのが可笑しくて……」
「あら、そう? アタシ、けっこう子供らしいところもあるのよ?」
「このホテルの地下の、最下層には……」
くすくす笑いをやめて、女王が妖しく目を細める。
「実験施設があるのです。アンチ・カワイイカラテの使い手から採取したアンチ・カワイイ細胞を培養し、生物兵器に応用する施設が……」
「……なんですって?」
「アンチ・カワイイ細胞のみでできた生物。いえ、あれは化け物と呼んで差し支えないでしょう。アンチ・カワイイの怪物は、その体で触れたカワイイ細胞を、ものの数秒で高純度のアンチ・カワイイ細胞へと変換することができるんです。さらに、ですよ? 怪物に触れられた別の動物は、凶暴化し、怪物化することもわかっています。触れるだけでどんどん増えていくんです!」
楽しげに語る女王に、イズミとアリスは、走る怖気を抑えきれない。
「妾の合図ひとつで怪物は野に放たれます。つまり。妾が機嫌を損ねれば、カワイイの滅亡は今すぐにでも始まるということなのです」
「フウン……それじゃご機嫌をとらなきゃネ。足でも舐める?」
「あなたは妾の目的が、世のすべてのカワイクナイ人間を奴隷とし、世界を征服することなのではないかと、そうおっしゃいましたね。まあ、そこは当たらずも遠からずといった感じです。というか、〝すべてのカワイイをカワイクナイに零落させる〟の部分まではパーフェクトです。アンチ・カワイイ・クリーチャーは、カワイイをカワイクナイに変えながら世界を蹂躙していくでしょう。そして最後に残るのがこの妾」
「アナタは……」
イズミは冷や汗を垂らしながら、努めて冷静に問う。
「結局、なにが目的なの……?」
すると女王は空を見上げた。星のまばらに輝く夜空を。
「妾の目的は――――」
次の言葉が発せられることはなかった。
女王の背後に跳び上がる、ふたつの影。
猫耳娘と、ちびギャルである。
奇襲。
まおと心那の必殺技が炸裂する。
それは確かに女王の意識の埒外からの襲撃であった。
しかし女王は驚異的な反応速度で、ふたりの技を回避してみせる。
「あらあら、猫柳まおちゃんは」
戦闘不能なはずでしたよね。
そう口に出そうとしたのだろうが、その言葉も間に合わない。
避ける時、体勢をやや無理のあるかたちに崩した女王に向かって、イズミとアリスの技が放たれる。
加えて、まおと心那の追撃。
四方から迫る奥義クラスの攻撃を、女王は、避けることができない。
故に……
空中、睡蓮の花の上で、女王は初めて構えらしい構えをとった。
隙はなく、非の打ち所もない、あまりに美しい構え。
その美技の名を、口にする。
「ネフェル・シェペト
何をされたのか理解できた者はここにはいまい。
イズミは屋上の壁まで吹き飛ばされた。
アリスは黒のフリルパラソルをへし折られ、体ごと宙を舞った。
まおと心那はプールの水面に叩きつけられ、意識を手放しかけた。
しかし意識を失おうが失うまいが、同じことだった。
今の一撃で、全員の戦意が喪失した。
抵抗する意思というものが根こそぎ奪われ、視線はぼんやりと中空を漂う。
彼女らのカワイイオーラが急速にしぼんでいき、女王に屈した。
女王は、困ったように眉を下げ、呟く。
「あらあら……ちょっとやりすぎてしまいました。でも、仕方ないですよね。だって……」
微笑む。
それは古来より不変の『カワイイ』。
「妾に……クレオパトラたる妾に可愛さで勝とうなど、一万年早いですから」
「ふうん。あなたの正体は、そうなのですのね」
絶美のオーラが充満する屋上をものともせず、こともなげに響いた声があった。
「あなたは知っていましたの?」
「いや、ぼくは知らなかったよ。でもなんとなく予想はしてた。エキゾチックな美女って、なんかクレオパトラって感じじゃん」
「でもどうして古代エジプトの女王様がここにいらっしゃるのかしら?」
「さあ……。なんか生き返ったんじゃない? 墓から、ぴょこっと」
「ずいぶん可愛い効果音ですわね……」
「まあとにかく、やっつけよっか」
「そうですわね。それでは、相手も正体を明かしたことですし、改めて名乗りましょうか」
緩慢に振り返った女王の視界に飛び込んだのは、太陽の少女と、虹の少女だった。
黄金の炎のドレスを身に纏った、金髪縦ロールツインテの碧眼少女と。
虹色の
カワイイエフェクトを迸らせて、女王の前に立っている。
「わたくしはシャイニング・ロリータカラテの使い手、千条院星衣羅」
「そしてぼくは、なないろ・やまとなでしこカラテの使い手、虹ヶ峰葉湖」
「あなたに」「きみに」
「真のカワイイとは何かを教えてあげるよ!(ますわ!)」
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