第13話 「今すぐに、あなたを可愛くする魔法がありますわ」
ホテル・パラダイスアアル地下五階、広間。
そこではふたりの少女の技が飛び交い、壁や床や柱までをも抉るような激しい戦いが繰り広げられている。
わずかな隙が大きく流れを変えうる極限の領域。
光り輝く星衣羅と、闇を纏う葉湖が、弾丸のようにぶつかっては離れ、またぶつかる。
「〝
「〝撥龍・毒突き〟……!」
星衣羅がシャイニング・ロリータカラテ最速の技を出せば、葉湖もまた最速技で対抗する。相打ちとなり、ふたりは「きゃあっ!」「うあっ!」と呻いて飛び退った。
距離をとり、星衣羅は自分の状態を確認する。
拳を受けた部分が、腫れ上がり、吹き出物ができていた。
葉湖がその腫れた部分を指さす。
「きさまにアンチ・カワイイオーラを打ち込んだ。カワイイ細胞は死に、死んだ分だけアンチ・カワイイ細胞が生まれ、きさまは弱体化する」
「さて、どうかしら?」
「……何?」
星衣羅が美圧を高め、黄金色の光を放つ。その手で腫れを一撫ですると、炎症は消え、元の綺麗な肌が戻った。
「……カワイクナイを克服した……?」
「自分のことを可愛くないと思っている女の子だって、いくらでもまた可愛くなれるのですわ!」
「くっ……! だったら、大技で……!」
葉湖が力を溜め始める。膨大なアンチ・カワイイオーラを一度に流し込むことで、回復不能なダメージを残そうというのだろう。
「星衣羅っ! きみは才能の塊で、そしてカワイイは才能だ!! 才能があるから可愛くなれる!! 生まれつき顔が整っているから、生まれつき環境が良かったから、生まれつき努力ができる心を持っていたから!! だから星衣羅は可愛くなれた!!」
右腕を掲げると、闇の醜圧がその腕に集まっていく。アンチ・カワイイエフェクトでできた巨腕がその形を膨れ上がらせていく。
「ぼくは違う!! 才能なんか何にも持っていやしなかった。女王には遠く及ばないし、その女王と張り合える星衣羅にも勝てない。だったらこうするしかないじゃないかっ!! ぼくはアンチ・カワイイカラテ・マスターとしてきみを倒す!! カワイクナイを極めて、カワイイを滅ぼす!!」
葉湖の小さな体に対して、右腕だけが大木の幹のように巨大になった。歪なシルエットとなった彼女に向かって、星衣羅が叫ぶ。
「でもっ! カワイイを滅ぼした先に何があるというの!?」
「何もないさ!! だけどきっとそこには、息苦しさもない。全てが平等に可愛くなくなれば、こんなつらい思いをせずにすむんだ!!」
「葉湖!!」
「アンチ・カワイイカラテ、獄ノ闇!!」
いまや天井に届かんばかりとなった怪腕で、正拳突きが放たれる。
「――――〝無間・嶽貫拳〟!!」
迫り来る、嶽を貫く拳。大振りすぎて、躱すのは容易だった。しかし、星衣羅は、その思いを正面から受け止めなくてはならなかった。
「〝
全身を灼熱のカワイイオーラで包む。それは地上に生まれた太陽。シャイニング・ロリータカラテの太陽ノ舞は、アンチ・カワイイオーラを純粋なカワイイオーラに変換することに特化した奥義である。
光を纏った星衣羅と闇の巨拳が激突し、暴風が周囲に吹き荒ぶ。広間に落ちたコンクリートの破片が浮き上がり、吹き飛ばされる。力は拮抗していた。絶えず衝撃波が生まれ、まるで空間が歪むかのよう。
絶対的なカワイイにより触れるもの全てをカワイイに変える太陽ノ舞だが、葉湖の凄まじいアンチ・カワイイオーラを跳ね返しきることができない。このままでは、太陽ノ舞の持続可能時間を超過してしまう。
「葉湖……」
それでも星衣羅は、穏やかに語りかける。
「わたくしたち女の子には、選択肢がありますわ。カワイイを目指すか。カワイクナイでいるか。あるいは、カワイイやカワイクナイから解き放たれて、素朴な生き方をすることも選べたのでしょう。きっと、そのどれもが尊い選択であり、優劣はありませんわ。自分で、納得しているのなら……」
太陽ノ舞の持続時間、残り五十一秒。
「あなたはカワイイを目指す中で、道を違えてしまった。自らカワイクナイを選び、闇に堕ちた。そういいましたわね。でも――――」
「そうだっ! ぼくは自分でこの道を選んだ。星衣羅にとやかく言われる筋合いなんてない!!」
「――――でも、それは嘘ですわ」
「……!?」
ここへ来る前、イズミに対して啖呵を切ったことを思い出す。葉湖が自ら闇に堕ちるというのなら友達として叩きのめすが、きっと葉湖には闇に堕ちざるを得なかった理由があるはずなのだと。本当は自分の可愛さを信じたいのに、信じられなくなっているだけなのだと。
「こうして葉湖とお話しして、わかったことがありますの。やっぱり、あなたは可愛くなりたがっている」
「何……!?」
「カワイクナイに甘んじるのでも、カワイイとカワイクナイから距離をとるのでもない。あなたは今でも、カワイイであり続けたいと思っていますわ。だって……あなたは打ち明けてくれました。本当は可愛くありたいという気持ちを。それができなくて、息苦しくて、つらい思いをしているということを」
『ぼくは本当は星衣羅、きみと張り合いたかった!!』
『真のカワイイに、ぼくは絶対に勝てない。どうしたらいいかわかんなかったんだよ! 星衣羅にわかるか、あの壁を前にした時の絶望が!!』
『何もないさ!! だけどきっとそこには、息苦しさもない。全てが平等に可愛くなくなれば、こんなつらい思いをせずにすむんだ!!』
「苦しいということは、あなたは諦めていない。つらいのは、まだ戦っている証拠ですわ」
「ぼ……ぼくは……!」
「そしてカワイイ細胞は、心の力を反映させて自分を可愛くさせてくれるもの」
星衣羅の優しい声色。太陽ノ舞、残り十二秒。
「葉湖。あなたも、必ず可愛くなれますわ。わたくしなんかよりも、ずっと。だってあなたは、こんな暗闇の中でも、光に手を伸ばし続けているのですから」
そう言って微笑む星衣羅の姿は、女神のような慈愛にあふれていて、葉湖は歯ぎしりをした。声を震わせ、「だったら……!」と苦々しく叫ぶ。闇の波動が膨張する。
「心が可愛さを決めるのなら!!」
怪腕がその重みを増し、その衝撃で床が裂ける。
「心が醜いぼくは、永遠に可愛くなれやしないじゃないかぁっ!!」
「いいえ」
光と闇、双方が最後とばかりにエネルギーを増す。
「今すぐに、あなたを可愛くする魔法がありますわ」
太陽ノ舞の持続時間、残り、ゼロ。
そして同時に、葉湖の怪腕もまた打ち消された。
キィィン、という音とともに光と闇が消える。
そこには光でも闇でもない、星衣羅と葉湖というふたりの少女がある。
華麗なステップで、星衣羅は間合いを詰めていた。
葉湖がうろたえる。
顔を手で守った。
「――――葉湖」
星衣羅のささやき。
「手をどけて」
無音。
夢のような甘い感触が唇に。
儚いけれど、確かに感じる、とろけそうな幸せの味。
大好きな女の子とのキスの味。
葉湖の硬直した手のひらに、手のひらを重ね、指を絡ませた。
そっと離れる。
互いの熱い吐息が混じり合い、溶け合った。
「ほら」と星衣羅が言った。
「やっぱり、葉湖は可愛いですわ」
フードがはがれた葉湖の顔は、耳まで赤く、眼には涙。
おかっぱにした青髪も、青紫色に輝く瞳も、変わらなかった。
葉湖が手のひらを振り払い、少しだけ後ずさる。
「ぼくは……」
片手で口元を隠すようにして、潤む目を逸らしたまま呟いた。
「ぼくは醜いんだ。体も、心も。こんな醜いぼくが、可愛くなんてなれるわけない……。カワイイ細胞が応えてくれるわけ、ないんだ……」
「才能がないから。努力ができないから。友達に、嫉妬していたから……。可愛くなれないと思い込む理由はたくさんあります。わたくしだってそうでしたわ。わたくしには才能がありませんでしたし、努力ができませんでしたし、嫉妬もしていました」
「……それは、思い込みだ。星衣羅には才能がある。血の滲むような努力をしてきたのも知ってる。誰かに嫉妬していたとしても、それは負けず嫌いからくる悔しさにすぎない……」
「わたくしが嫉妬した相手は、葉湖でした」
「星衣羅……?」
「わたくしより機転が利くあなたには、いつもからかわれてばかりだったような気がしますわ。頭でっかちのわたくしでは思いつかないアイデアやジョークを、たくさん披露してくれて……。才能を感じましたわ。カワイイは見た目や性格からくるものだけではありません。葉湖の持つような、楽しい会話をすることで好感を持たれる才能もまた、カワイイの証」
「で、でも……」
「葉湖の心は醜くなんかありませんわ」
葉湖がどれだけ目を合わせまいとしても、星衣羅は、親友をまっすぐに見つめ続ける。
「才能を持っていないと嘆く人は、自分の才能に気づいていないだけ。自分が可愛くないと悲しむ人は、自分の可愛さに気づいていないだけですわ」
それが星衣羅の結論だった。
全ての人は簡単に可愛くなれる可能性を持っている。あとは自分で、見出すだけ。
しかし葉湖はなおも食い下がる。
「でも……ぼくが目指したカワイイは、星衣羅や女王のような……太陽のような絶対的な可愛さだ。ぼくがカワイイを持っているとして、それは太陽じゃない……」
「そうかもしれませんわね。ですけれど。すべての人の行き着く先が同じなはずがありませんわ。……太陽と虹の輝きは天地の差、と言いましたわね。でも、太陽の輝きと違って、虹の淡い光は、なかなかみられるものではありません。特別ですわ。葉湖は太陽にはない輝きを持っている。……わたくしは、だからあなたが、好きなのですわ」
星衣羅が首を傾げてにこっと笑顔になる。金色の縦ロールツインテが揺れて、光の粒子を煌めかせた。
葉湖は下唇を噛んで俯いていたが、やがて、ゆっくりと顔を上げる。
「そういう、とこだよ……」
大きな瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
「そういうところが、妬ましくて、眩しすぎて……大好きなんだ……」
今一度星衣羅が歩み寄り、葉湖を正面からそっと抱き締める。
小さな手で、葉湖の青髪を撫でた。
「ぼくは……星衣羅と釣り合う女の子になりたかった。最初はそれだけだったんだ……許して、星衣羅……」
「最初から、許していますわ。よく、頑張りましたわね……」
葉湖の嗚咽が、広間に響く。
年齢相応の子供らしい泣き声を、星衣羅が優しく受け止める。
永遠と紛う一瞬一瞬が、呪いを、挫折を、カワイクナイを、風に吹かれる砂のように取り去っていった。
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