第11話 「妾と、お友達になりませんか?」

 星衣羅せいらがアンチキューティーのアジトに突入する、その三十分ほど前。


『お母さんが……ロリータカラテの奥義を教えてあげる』


 レイラにそう囁かれ、抱き締められると、星衣羅は目をぱちくりさせた。


『お母さま? いったい、何を……』

『星衣羅。あなたは可愛いし、美しい子よ。でも、まだ足りない。あなた自身のさらなる魅力にあなた自身が気づかなければ、アンチキューティーの女王には勝てないし……葉湖はこちゃんを助けることもできないでしょう。だから……』


 立ち上がったレイラは、星衣羅を鏡台の前に座らせた。大きくて綺麗な鏡の中に、星衣羅の戸惑う顔が映る。


『あなたのカワイイの可能性ポテンシャルを、お母さんが拡げてあげる。あなたなら、ロリータカラテを新しい領域へ進ませることができるはずよ』

『ロリータカラテの、新しい領域……』

『始めるわ』


 そう言うと、レイラの手元に光が集まり始めた。カワイイエフェクトである。それはやがてカワイイコスメとなってレイラの手に収まった。

 レイラの〝おかあさんカラテ〟は、子供を守り、育てるカラテ。

 愛娘の能力を伸ばすことなど、造作もないことなのだった。


 そして……

 目にも留まらぬ速さのメイクが終了したのは、十分後のことであった。


 星衣羅は立ち上がり、鏡の前でくるんと一回転する。

 雑誌にモデルとして載っていた写真の母親を真似て、人差し指を口元に添え、片目を閉じるポーズをしてみる。

 その姿は、絶世の美少女といっても過言ではない。


『星衣羅』


 母親の声に、振り返った。

 レイラは両の瞳にうっすらと涙を溜め、頬を綻ばせていた。


『すっごく、可愛いわ。……いってらっしゃい』

『ええ。ありがとう……お母さま』


 たんっ、とピンヒールで床を鳴らして、星衣羅は軽くジャンプした。

 背の高いレイラの頬に、キスをする。

 それから『えへ……』と恥じらうと、レイラの笑顔に見送られ、駆けだしていく。


 自家用ヘリコプターに乗り、千条院家のネットワークを駆使して暴いたアンチキューティーのアジトへ向かう。

 幼馴染みを、助けるために。




     ◇◇◇




「アンチキューティーの女王。葉湖を、返していただきますわ」


 星衣羅は優雅でありつつも一分の隙もない構えをとり、異国の美女と対峙していた。


 ホテル・パラダイスアアル、地下四階、廊下。

 突き当たりには葉湖とまお。反対側の突き当たりには、イズミと心那ここなとアリス。


 そして廊下の中心で、女王と星衣羅が向かい合っている。


「あらあら……」


 女王はペースを崩さず、片手を頬に添えて、わざとらしく困った声を出す。


「返せ、だなんて、図々しい子ですね……。わらわのホテルに穴を開けたのですから、まずごめんなさいを言うべきでしょう? それに……」


 女王が、葉湖や、黒衣の少女たちの方をちらりと振り向いた。葉湖がびくっと肩を震わせている。


虹ヶ峰にじがみね葉湖ちゃんや、猫柳ねこやなぎまおちゃんをはじめとする妾の子供たちは、自らアンチキューティーに入りたいと志願してきたのですよ? あなたのそれは、自由意思を尊重していないことになりませんか?」

「んー……?」


 星衣羅が首を傾げてきょろきょろする。女王は訝しんだ。


「どうしました? 急に周りを見回して」

「なんだか羽虫のさえずりのような音がするものですから……あっ、あなたの声でしたの? ごめんあそばせ、ヴェールで口をお隠しになっているせいで、あなたが喋っているとは気づきませんでしたわ」

「………………羽虫?」

「そもそもわたくしはあなたのことなど眼中にありませんの。わたくし、葉湖とお話をしにきたのですから。そういうわけですので、どいてくださる? 邪魔ですわ」


 そう言うと星衣羅は無造作に構えを解くと、てくてくと葉湖の方へ歩いていく。すっ、と女王の隣をすれ違った。


 女王は……

 唖然としていたようだが、すぐに「こほん」と咳払いをして、背後を歩いていく星衣羅の方へ振り返る。


「お待ちになって、千条院星衣羅さん♪」


 カワイイエフェクトにより作り出された〝カワイイ固有結界〟が、その輪郭を強める。睡蓮が咲き誇り、星衣羅の足下の邪魔をした。そして何よりも、圧倒的なカワイイオーラが女王からほとばしり、星衣羅は思わず振り向かざるを得ない。


「なぜわたくしの名前を知ってい――――」


 女王はヴェールを外していた。


 瞬間、星衣羅は、自分の眼が灼けているような錯覚に襲われる。眼窩に直接、熱を持ったカワイイオーラを流し込まれ、星衣羅は叫び声を上げそうになった。歯を食いしばってこらえ、女王の顔をむしろ挑戦的に直視する。直視した。

 直視してしまった。


 可愛い。


 美しい。


 綺麗。華麗。華やか。素敵。華美。可憐。華奢。愛くるしい。愛しい。瀟洒。垢抜けた。見目好い。見目麗しい。優美。端整。端麗。艶やか。艶美。眉目秀麗。美形。美麗。佳人。流麗。絶美。艶姿。豪華絢爛。八面玲瓏。凛とした。楚々とした。調和のとれた。清らかな。気品のある。色っぽい。あだっぽい。なまめかしい。輝くばかりの。清純な。凄艶な。妖艶な。魅惑の。きらびやかな。官能的な。艶麗匂い立つような。言葉を失うような。目を奪われるような。息が止まりそうなほど。エレガントな。チャーミングな。セクシーな。ラブリーな。


 これら全ての言葉が陳腐化するような。


 そういう美貌であった。


「これで、妾の喋る口元が見えますね。では、改めて」


 女王は、この世のものとは思えぬカワイイ顔で、とびきり愛らしく微笑んだ。


「妾と、お友達になりませんか?」

「お断りですわ」


 廊下が静まりかえった。

 時間が止まったかのようにも思えた。

 女王の足下で育っていた睡蓮が、成長をやめ、やや萎れ始める。


「ええと……妾とお友達になりませんか?」

「お、こ、と、わ、り、ですわ」

「いやいや……なんですかそれ。あなた、目、見えてますか? 見えてますよね? 妾の顔という〝真のカワイイ〟を前にして、どうしてそんな酷いことが言えるのです? 妾、しょぼーん……」

「満足しましたかしら? では、それ以上口を利かないでくださいませ。わたくしは葉湖とお話がありますので」

「……ちょっと待ちなさ――――」




  シャイニング・ロリータカラテ

      〝金星ノ舞びーなす




 絶大なカワイイエフェクトが、カワイイ固有結界の存在を揺らがした。

 睡蓮の花が散り、星の輝きが煌いて、女王は吹き飛ばされる。

 しかしすぐに空中で姿勢を整えた。着地する。防御はできたようで、身体的には無傷である。

 だが……

 今の一撃は、余裕のあったその心に、僅かに爪を立てるに十分の威力であった。


「……どうしてこんな酷いことをするのでしょうね。妾、ぷんすか。意地汚い子は嫌いです」

「そう。わたくしはあなたが無条件で嫌いですわ。これ以上邪魔をするのなら、さすがに立場をわからせることになるかと思いますけれど」

「…………妾の、子供たちよ」


 女王が一転、厳かな声を発し始める。葉湖や、まおたち黒衣の少女が、『びくり!』と震えて背筋を伸ばした。


「あ、ああ、あ……!」「わ、わが、わが女王……!」


 そして女王は緩慢に手を上げ、星衣羅のことを指さした。



「うああアあアアア――――――ッッ!!」


 まおを筆頭に、黒衣の少女たちが星衣羅へと飛びかかる。その勢いでフードが外れた。光のない虚ろな目を見開きながら涙を流し、口元だけを笑うように歪ませたその表情は、女王の洗脳に堕とされている証左であった。


「アンチ・ビューティーカラテ、醜ノ闇!」「アンチ・カワイイ・アイドルカラテ、罪ノ闇!」「アンチ・ツンデレカラテ、塵ノ闇!」「アンチ・カワイイ・妹カラテ、毒ノ闇!」

「アンチ・にゃんにゃんカラテ、棄ノ――――」


 星衣羅が悲しげに眉を下げる。

 そしてその場から消えた。

 ……いや、違う。

 少女たち全員に技を喰らわせながらすれ違ったのだ。


「シャイニング・ロリータカラテ〝水星ノ舞まーきゅりー〟」


 清らかな水しぶきが光をキラリと乱反射した。

 どさどさどさっ、と黒衣の少女たちが墜落する。

 目を回し、気絶したかにも見えたが、すぐに目を覚ました。

 虚ろだった瞳には、光が取り戻されていた。


「はれ……?」「私たちはいったい……?」「うにゃん……?」

「正気を、取り戻しているというの? 何をしたのです……!?」

「シャイニング・ロリータカラテは太陽のカラテ。太陽はあまねく生命を照らし、闇を消し飛ばす力を持っていますわ」

「……変換、したのですね。あなたのカワイイオーラを流し込み、子供たちの中に巣食うアンチ・カワイイ細胞を無理矢理にカワイイ細胞へと変換した。だとするならば、あなたが妾の顔を見ても屈しない理由にも説明がつきます」


 女王が笑みを取り戻す。仕掛けがわかったことで安堵が生まれたようだ。


「アンチ・カワイイ細胞をカワイイ細胞に変換するほどのカワイイオーラならば、妾のカワイイを受けても、同等レベルのカワイイで相殺することができる。そういうことですね? ……でしたら……

「……!?」


 気配を感じ、星衣羅はさっと振り向く。

 そこには葉湖が立っている。

 先程の襲撃には加わっていなかったので、〝水星ノ舞まーきゅりー〟を打ち込んではいなかったが……

 仮に打ち込んでいても正気にさせられなかったであろうほどの、禍々しいアンチ・カワイイオーラが暗黒の闇となって揺らめいていた。


「葉湖……!」

「なぜなら、虹ヶ峰葉湖ちゃんは」


 女王は優美に、華麗に、艶やかに、輝かんばかりに微笑んだ。


「あなたのそのカワイイに嫉妬して、この道を選んだのですから」

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