第8話 「あなたを倒せば、それが証明できますかしら?」
「そうねェ……何から話したものかしら」
「少し長くなるケド、聞いてちょうだいね」
「光あるところには影が生まれる」
「それと同じように、カワイイあるところには必ず、カワイクナイが生まれるの」
「人体にはカワイイ細胞が存在しているけれど、近年の研究では、アンチ・カワイイ細胞というものも発見されているワ。それは自分を『可愛くない』『醜い』と思えば思うほどに活性化してしまう、魔の細胞」
「そして、詳しいことは不明だケド、アンチ・カワイイ細胞は、カワイイ細胞と同じように、武闘に応用することができる」
「〝アンチ・カワイイカラテ〟……」
「あの子が使った禍々しい力は、それによるものよ」
「アンチ・カワイイカラテの使い手たちは闇に身を潜めているワ」
「それだけならいいのだけど、彼女らは組織的かつ秘密裏にカワイイカラテの使い手たちを襲い、再起不能にさせたり、どこかへさらっていったりしているの」
「到底許される行為ではないワ。必ずやめさせなくてはならない」
「彼女ら、闇の組織の名は〝アンチキューティー〟」
「そしてアンチキューティーに対抗すべく集結したのが、アタシやまおチャンの所属する小さな集団――――〝キャラメル・キャンディ〟よ」
「キャラメル・キャンディの組織名は、アタシが経営する喫茶店からとったものなんだケド。とにかく、アタシたちはカワイイカラテの使い手たちを守るために行動しているの」
「アタシはリーダーで、まおチャンたちのことをまとめ上げている存在。メンバーは他にもふたりいて、
「アタシは普段は喫茶店のマスターで、まおチャンも、普段は何の変哲もない美少女中学生」
「ダケド……アンチ・カワイイカラテの使い手たちが暗躍する時、アタシたちもまた、カワイイカラテを振るっているワ」
「ふたつの質問に答えたワ。『アンチ・カワイイカラテとは何か』『アタシとまおチャンは何者なのか』」
「ここまではイイかしら?」
◇◇◇
夕方。
ビューティー・オネエカラテの使い手のイズミは、「ウフ♡」と笑みをこぼす。
「いいワね、賢いコは好きよ。それじゃ、残りのふたつの質問に答えていくワ。まず『アナタが巻きこまれたのは、何だったのか』。……このことについては、星衣羅チャンに、謝っておかないといけないことがあるの」
「謝る……? 何をですの?」
小首を傾げる星衣羅。彼女からしてみれば、イズミは窮地から救ってくれた恩人だ。
「アタシたちはアンチキューティーの悪事を止めるため、彼女らのアジトを探したワ」
イズミが語り出す。「アジトはなかなか見つからなかったケド……今回、ある女の子を囮に、アンチ・カワイイカラテの使い手をおびき出すことに成功した。その囮こそが、星衣羅チャン、アナタなの。アンチキューティーに拉致されるのは、ほとんどが、カワイイカラテの猛者。全国大会の優勝者ともなれば、彼女らに目を付けられることは自明のことだったワ」
「わたくしを、囮に……」
「本来はまおチャンが優勝して、まおチャン自身が囮として行動する予定だったんだケドね。……今頃、そのまおチャンはアンチキューティーの刺客に発信機をつけて、撤退しているはずよ。まさか
イズミが出した名前に、星衣羅が反応する。食いつくように問いかけた。
「葉湖……! わたくしが囮に使われようがどうだっていいですわ。葉湖は、どうしてわたくしを襲いましたの? 葉湖も……アンチキューティー、ですの……?」
悲しげに目元を歪ませるイズミ。
最後の質問に、応えていく。
「落ち着いて聞いてね、星衣羅チャン。……虹ヶ峰葉湖チャンは……一ヶ月前にアンチキューティーに所属したワ。今では九歳にしてアンチ・カワイイカラテ・マスターに選ばれた、最強のアンチ・カワイイカラテ使いなのよ」
「そん……な……」
星衣羅の脳裏に過去の情景が甦る。
いつも可愛く、時にからかい、そして笑っていた葉湖の姿。
一緒にカワイイカラテで強くなろうと誓い合った時の、葉湖の言葉。
ふたりで虹を探したあの日、唇に感じた、柔らかな感触――――
しかし。
イズミの話が正しいならば……
葉湖は、自らを『可愛くない』『醜い』と、とことんまで思い続けていることになる。
「葉湖……どうして……」
よろり、と足をふらつかせる星衣羅。慌ててイズミがその身体を受け止めた。現実を知った衝撃に、弱々しくふるふると震えている。
イズミの瞳が、後悔に揺れた。
「……アナタを囮にしてはいけなかった。本当にごめんなさい。虹ヶ峰葉湖チャンの素性を調べた時、過去に星衣羅チャンと同じ小学校に在籍していたという情報は得ていたけれど……まさかふたりが幼馴染みだったなんて……」
「うぅっ……ぐすっ……」
「星衣羅チャン。つらいワよね。お友達が闇に染まってしまったのだから……でもね、星衣羅チャン」
「……ちがい、ますわ」
「……星衣羅チャン?」
星衣羅がイズミから離れ、涙を流す双眸をハンカチで押さえる。
「わたくしが悲しんでいるのは、葉湖が闇に堕ちてしまったからではありません。むしろ、葉湖が自ら闇に堕ちようというのなら……わたくしは受け入れますわ。しっかりとした理由があるのなら、納得して、その上でわたくしが……友達として叩きのめします。ですけれど……」
ハンカチをどけると、星衣羅の、強い眼差しが見え隠れした。
「わたくしの知っている葉湖は、自分の可能性を信じていましたわ。諦めることとも、腐ることとも無縁で……自分は可愛くなれる女の子だって、信じていた。だから、葉湖に何かがあったのです。自分を可愛くないと思わざるを得なくなるような何かが。そして今、葉湖は……苦しんでいる」
きしり、と星衣羅の拳が音を立てる。握り込んだ手の震えの訳は、悲しみと、怒りであった。
「わたくしが悲しむ理由は、葉湖が堕落したからではなく、苦しんでいるからですわ。葉湖は本当は自分の可愛さを信じたいのに、信じられなくなっている……。きっと、そのはずなのですわ」
「……でもね、星衣羅チャン。アナタの推測はもちろん正しいかもしれない。ケド、事実はまだ、アタシたちにはわからないのよ?」
「だったら確かめに行きますわ」
星衣羅がイズミを視線で射抜いた。
大きな瞳に宿る意志のほむらに、イズミはほんの一瞬、たじろぐ。
(このコ……!)
「
「それは……できないワ。まだ小学生のアナタを危険に晒すわけには」
ばごんっ!
コンクリートの砕ける音がして、イズミは目を見開く。
カワイイエフェクトを弾けさせ、星衣羅の拳が、千条院家の塀にひび割れを入れていた。
「わたくしはまだ小学四年生だとはいえ、ビューティー・ロリータカラテの技でわたくしに勝てる者は、この世界にはいません」
そして構えをとった。
力強さ、美しさ、幼さ……その全てが揃った、完璧な構えであった。
「あなたを倒せば、それが証明できますかしら?」
イズミは……
ぽかんとして、目の前の女子小学生のことを見ていた。
あまりに幼い少女のはずだった。技のキレは天才的だが、体と心は未熟なはずであった。しかも先程まで、事実を受け止めきれずにさめざめと泣いていたではないか。『女子三日会わざれば刮目して見よ』という言葉がある。三日どころではない。三分も経たず、この気迫。
それは、星衣羅という少女の芯が強く、葉湖への思いもまた計り知れないからこそ可能だった成長なのだろう。
「……ウフ」
我慢できないといった様子で、イズミが笑い声をこぼした。
「ウフフフ……アッハハハハ! 凄いワ、星衣羅チャン! まさか最強のオネエたるアタシを、一瞬でも恐怖させるなんて! いいワ、アタシ、強いコもだぁい好き! 大好きだから……」
空気が変わった。
この一瞬で空間に砂糖菓子の有刺鉄線が張り巡されたかのような、甘く、恐ろしい、
しかし、威圧感を発する当のイズミは、構えてすらいない。
「チャンスをあげるワ。アタシに、渾身の一撃を浴びせてみて。その一撃の威力で、アナタが戦えるかどうかを判断する。もちろんアタシは避けない。さあ、どうするの?」
言われた星衣羅も負けじと美圧を迸らせ、右の拳を握り込む。
睨みつける鋭い瞳が、挑戦の意志を示していた。
「……後悔、しますわよ……!」
◇◇◇
猫柳まおが目を覚ますと、そこは暗闇の中であった。
床に倒れている。全身に倦怠感。手足を動かせば、鈍い痛みが走る。さらには、手首が手錠に繋がれて腰の後ろに回されている。
鳩尾のあたりに今も鋭い激痛があった。何かの直撃を受けた痛みだ。
まおは、じわじわと思い出し、状況を理解し始める。
自分はあの異国の美女……アンチキューティーの女王に、失神させられたのだ。何をされたのかはわからなかったが、そうとしか思えない。
そして……拘束され、さらわれた。
「……にゃるほどね~」
口の中で小さく呟き、まおは周囲を見回す。ここは薄暗いが、何も見えないほどではない。
詳細は不明だが、何らかの物置部屋のようであった。
かび臭い中で、まおは明かりを見つける。この物置の扉は立て付けが悪いようで、開きかけになっており、そこから光が差し込んでいた。
起き上がろうとするも、手錠は手首を拘束しているだけでなく、物置場の荷物とも繋がれていた。これでは自由に動けない。
虹ヶ峰葉湖との攻防の中で発信機をつけることには成功していた。それはよかったのだが、この体たらく。スマートフォンも奪われているので、救助も求められない。
猫柳まお、万事休す。
「にゃーんてね」
まおは『するん』と手首を動かし、あっけなく手錠抜けを成功させた。
「猫は液体だって知らなかったのかにゃ~? さてさて、脱走させていただきますか」
開きかけの扉を最小限の動きで通り抜け、まおは部屋を脱出する。
にゃんにゃんカラテの基本技術〝ねこ忍足〟により、まおは建物の中を音もなく駆け回った。しかし、人の気配はない。白い蛍光灯に照らされた白い廊下が続く。体温を感じない造りがどこか不気味だった。
(何なんだ、この建物……? たぶんアンチキューティーのアジトだけど。窓もないし……地下? 地下なのだとしたら、ミスったな。階段を下りてきちゃった……)
外に出るため、上の階へと戻る選択もできた。しかし、まおはそうしなかった。
(こういうのは、地下にヤバい何かが隠されてると相場は決まってる。まおの隠密スキルなら誰にも気づかれず潜入できる)
更に階段を下りていく。監視カメラにも気をつけるが、そもそも設置されていない。
拍子抜けするほど簡単に潜り込めているが、成果もほとんど得られなかった。何もなかったのだ。途中の階までは。
(これは……)
階段を下りた底でまおを待ち構えていたのは、仰々しい大扉であった。
高さがまおの身長の三倍はある、巨大な観音開きの扉だ。金属でできているが、赤錆が目立つ。分厚く、重そうで、開けるのも一苦労しそうに見える。
(なんだ……? この先に、何があるっていうんだ?)
ゴクリと息をのむ。
扉は最初から僅かに開いていた。
注意深く、扉の隙間に体を滑らせていく……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます