第4話 「口に気をつけろ……」
その場にそぐわぬ、血生臭いにおいがする。
「はァッ……はァッ……はァッ……」
少女は荒く息をしていた。
細腕には、技を弾かれた時の痺れがまだ残っている。
得意とする技が通用しなかった。戦意を失いそうだった。
仕掛けてきた相手は、無傷のまま、健在。
KAWAIIアリーナ、ファイター控え室。
カワイイカラテ全国大会決勝戦が終了し、表彰式の準備が進められているその華々しさの裏で……
誰にも知られることのない、別のバトルが繰り広げられていた。
少女の名は、
しかし、今、奏歌は絶体絶命の窮地に追い込まれている。
奏歌だけではない。控え室には他にもファイターがいて、同じように戦ったが……いずれもたったひとりの使い手に敗北し、床に伸びている。ツンデレカラテも、JKカラテも、若女将カラテも、ぽっちゃりカラテも、すべてがねじ伏せられてしまった。
控え室の壁は、削られ、抉られ、ずたずたに引き裂かれている。
「あんたは……」
奏歌は、襲撃してきた張本人へ向かって叫ぶ。
「あんたは何なの!? 何が目的!?」
問いに、相手は、無言を以て応えた。
黒いパーカーを着て、フードを目深に被った、小学四年生程度の体格の子供は……
あくまでも、沈黙を保っている。
「くっ……! あれを、やるしか!」
奏歌は手放しかけた戦意を手元にかき集め、アイドルカラテの構えをとった。
「カワイイ・アイドルカラテ、弐ノ型! 〝アイドルステップ〟!!」
アイドルならではの高速移動。踊るように残像を発生させながら、黒衣の刺客へ近づいていく。
間合いに入った。
かと思った次の瞬間には、背後に回っていた。
「拾ノ型!」
死角から、後頭部を狙う。
「〝スキャンダル・ショット〟!!」
急所を狙った、アイドルにあるまじき本気の蹴りが繰り出される。大会で使うわけにはいかなかった、スカートがまくれても気にしないかのような大振り。絶大な威力の大技だが、アイドルステップの後に放つことで、それは必中の一撃になる。
はず、だった。
「……はっ!?」
一瞬だけ気絶していた。奏歌は自分が倒れていることに気づき、起き上がろうとする。しかし激痛が走り、動けない。
いったい、何が?
手応えはあったはず。技は通じたのか?
首だけを動かして辺りを見回す。
黒衣の刺客は、依然、無傷であった。
やはり無言で、こちらへ一歩一歩進んできている。
奏歌は絶望的な表情をしながら、とどめを刺しにくる刺客に目の焦点を合わせていた。
あのコンボが通用しないなら、奏歌にはもはや為す術はない。
刺客が奏歌の目の前で止まる。
拳を引き、刺客はようやく構えらしい構えをとった。
がたがた震えながら奏歌は刺客の顔を見ようとする。
フードの奥の、その顔は――――
「ちびギャルカラテ、弐拾壱ノ型ぁっ!!」
突如として聞こえてきた第三者の声に、黒衣の刺客は動きを止めた。
「〝マジ卍・ソバット〟ぉぉおーーーーっっ!!」
繰り出された蹴りに、刺客が吹き飛ばされる。
回転しながら放たれた後ろ回し蹴りに近いその技は、速く、鋭い。
刺客はそれをまともに受けたようにも見えたが、どうやら自ら力の入ってくる方向と同方向に跳ぶことで衝撃を和らげたようだ。
そして、蹴りを放った乱入者は……
中学の制服を着崩して、オレンジ色の髪をした、ギャルであった。
髪型はツーサイドアップと呼ばれる、耳の上の髪を左右で束ねたヘアスタイル。スカートはとびきり短く、日焼け気味の細い脚が大きく露出している。腰に巻き付けられた制服の上着が大雑把な雰囲気だ。ブラウスはボタンがふたつ外され、薄褐色の肌の鎖骨がちらりと見えていた。
奏歌が呆然とそのギャルを見ていると、ギャルはしゃがんで奏歌と目線を合わせた。
「だいじょうぶ? 怖かったよね? 立てる?」
「え、ええ、なんとか……。あの、あなたは?」
「うち、
「あ……! と、常夏さん、敵が!」
黒衣の刺客は既に体勢を立て直し、構えをとっている。何か技を出す気なのだろう。しかし心那は落ち着いていた。
「さ、早く逃げちゃって。ここはうちらが食い止めるから。――――アーちゃん!」
心那が仲間の名を呼んだ。
コツン、と硬質な足音とともに、無表情の幼い少女が現れる。
ブラックを基調とした、レースやフリルに飾られた洋服。スカートはパニエでふくらんでいて、黒い薔薇を思わせる。両手に持ったフリルパラソルまでもが暗黒に彩られ、その姿はまさに、ゴシック&ロリータのファッションであった。
ゴスロリ少女と心那が並ぶ。身長一五〇センチの心那に対して、身長一一九センチのゴスロリ少女はかなり小柄である。
「二対一だけど、卑怯とか言わないでよ? そっちだって悪いことしてんだし。ね-、アーちゃん」
「ん……」
ちびギャルカラテの構えの心那と、パラソルを差して佇むゴスロリ少女。
対峙する黒パーカーの刺客は、保っていた沈黙を自ら破った。
少女の、ソプラノの声だった。
「きさまたちは確か〝キャラメル・キャンディ〟……われらに敵対する組織のひとつ」
「あれ、知ってるの?」
「ちびギャルカラテ使いの常夏心那、そして、ゴシック・ロリータカラテ使いのアリス・ブラック・ロイエルメイエ。わが師は、きさまたちにも興味があると言っていた……」
黒衣の刺客が片手を差し出す。
「われらとともに来てくれないか?」
「はあ?」
「われら〝アンチキューティー〟は、きさまたちのような強力なカワイイカラテ使いを欲している。この場で仲間になるというのなら、力尽くで連れて行かずに済むのだが……」
心那とアリスは顔を見合わせる。
そして心那は声を立てて笑い出し、アリスは無表情を貫いた。
「あははははっ、はははは……まじうける。仲間になんてなるわけないじゃん!」
「傲慢……」
「こんだけみんなを傷つけといて、よくそんなことが言えるよね。言っとくけど、うちら、めっちゃおこなんだからね?」
「口に気をつけろ……」
「ほらアーちゃんも怒ってる! こわっ!」
ペースを崩さないふたりに、黒衣の刺客は黙したまま構えていたが、やがて排除する腹が決まったのだろう。オーラをじわじわと強めていき、そして、爆発的に膨れ上がらせた。
宣戦布告であった。
心那はにやりと笑みを浮かべ、アリスは表情をぴくりとも動かさずにフリルパラソルをふわりと放り捨てた。
「戦うかどうか、ほんとはリーダーの指示を仰がなきゃだけど……遭遇しちゃったんだもん、仕方ないよね☆」
「ここで倒せばいいだけ……」
「よく言ったアーちゃん! じゃ、やろっか。ここで倒しておかないと、次は千条院星衣羅ちゃんが狙われるし!」
「予告しよう」
刺客がフードの奥から声を放つ。
幼く高い声質に似合わぬ、残酷な言葉であった。
「きさまらは、われの〝アンチ・カワイイカラテ〟の前に敗北する」
◇◇◇
KAWAIIアリーナの表彰台で、
自慢の縦ロールツインテールの金髪をふるりと揺らして、淑女たちの歓声に笑顔で応える。
星衣羅はこれまでの自分の頑張りと、支えてくれた人たちのことを思い浮かべる。
大好きな、幼馴染みの少女のことを思い浮かべた。
(……わたくし、あなたがいてくれたから……優勝できましたわ)
一筋の嬉し涙が、静かに頬を滑り落ちる。
(テレビ中継で見てくださっているかしら? お礼を言わなくちゃ……)
(最近話せていませんでしたけれど……元気でいるかしら……)
(……待っててくださいましね)
(わたくしの、大切なともだち……
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