第2話 「全てを照らす太陽のような……そんな女の子に!」
父親は裕福な実業家。母親はモデルをこなす絶世の美女。そんな両親とともに、広大な敷地を持つ邸宅でメイドに囲まれて暮らしている。幼い頃からヴァイオリンや油絵などの習い事をこなし、また勉学においても優秀な成績を収め、その素質は神童と呼ばれ褒めそやされるほど。
そんな星衣羅が最初にぶつかった大きな壁があった。
小学一年生の頃のことである。
ある登校日の朝、星衣羅が小学校の教室に来ると、自分の椅子がなくなっていた。周囲を見回すと、何人かの女子がこちらを見てにやにや笑っている。更に見回すと、仲良くしてくれていたはずの友達が、さっと目を逸らした。
そして椅子を見つけた。
ひっくり返された状態で、教壇の上に置かれていた。
「っ……」
星衣羅にはショックだった。
にやにやしている女子たちは日頃からちょっかいを出してくるような人間で、最近は、星衣羅のことを妬むような言葉をかけてくることも増えていた。しかしここまでのことをされたことはなかった。同年代の子からの明確な悪意に晒されることは初めてだったのだ。
その日、学校から邸宅へと帰った時、母・レイラに相談した。怒りに任せて勢いよくまくしたてる星衣羅に、ブロンドの美しい母親は、可笑しそうに笑った。
「どうして笑うの? わたし、悩んでいるのに……」
「ふふっ、つい、ね。子供の頃のわたしみたいだな、って思って」
むくれる星衣羅の小さな頭を撫でて、母親は語り出す。
「星衣羅。あなたは、わたしと同じで美しい。美しい者は、その美しさが周囲へ及ぼす影響を自覚し、責任を持たなくてはならないわ。あなたは好かれるし、憧れられるし、羨まれるし、妬まれる。それらを自分で理解した上での行動をとらなくてはいけないのよ」
最初、星衣羅には納得がいかなかった。「お母さまなら慰めてくれるはず」と思っていたからだ。ゆえに言い返した。
「でもわたし、普通でいたい。目立ちたくなんてないです。あんなことを、されるくらいなら……」
「そうね。わたしも子供の頃、そう思っていたわ。だからといって、自分の美しさを閉じ込めてしまうわけにもいかない。だったらどうしたらいいのかしら? わたしたちは美しいから、どうしても目立ってしまう。でも、酷い仕打ちはされたくない。星衣羅。あなたならどうする?」
「お母さまは、どうしたの?」
「ふふっ。じゃあ、ヒント!」
母親は人差し指を立てた。
「太陽の眩しさに嫉妬する人がいるかしら?」
「いいえ、お母さま。太陽は当たり前にあるものだから、嫉妬するなんて発想は浮かばない……。…………!」
自分で言った言葉について、考え込む星衣羅。聡明な彼女にとって、母親の意をくみとることは容易であった。
母親は星衣羅の小さな体を抱き締めた。甘い香りがした。
「ねえ、星衣羅。カワイイカラテを習ってみない?」
「カワイイカラテを?」
「ええ。わたしは十代の頃にカワイイカラテを習っていたおかげで、身も心も美しくなれたわ。わたしたちは太陽のように、絶対的な美しさで世の中を照らすことのできる存在よ。でも、そうなるためには、努力を怠ってはいけない。カワイイカラテは、あなたの心を鍛え、美の高みへ導いてくれるわ」
「ほんとう? カワイイカラテすれば、わたしも、お母さまみたいな綺麗な人になれる?」
星衣羅の問いかけに、母親はウインクを返した。
「もちろん! あなたはきっと、誰よりも美しくなれるわ。だって、わたしとお父さんの、可愛い可愛い娘だもの」
母の話が今でも原動力となって星衣羅の手足を動かしている。挫けそうな鍛錬中も、ひとり枕を濡らす夜も、星衣羅はこのことを思い出す。可愛く生まれたのだから、とことん可愛くなりたい。その可愛さはきっと、周りの環境を……世界を変える力を持っている。幼い星衣羅は決意した。
「わたし、もっと綺麗になる。全てを照らす太陽のような……そんな女の子に!」
◇◇◇
熱気、熱気、熱気!
第一〇七回全日本カワイイカラテ選手権大会の
千条院星衣羅と、
――――カワイイカラテ。
それは、自分のことを可愛いと信じることにより、体内にある〝カワイイ細胞〟を活性化させ、超人的な能力を引き出す格闘術の総称である。可愛らしさがありつつも、相手を倒すための力強さをも兼ね備えた、「攻防愛一体」の技が特徴だ。
カワイイカラテと一口に言っても、これはあくまで総称なので、様々な流派(形態)が存在する。
可愛さというよりは美しさに重きを置いた〝ビューティーカラテ〟
人気アイドルグループが護身術にと編み出した〝アイドルカラテ〟
京美人ならではのたおやかさを取り入れた〝はんなりカラテ〟
新しいものが次々生まれていく若者言葉のように日々新技が開発される〝ギャルカラテ〟
他にもカワイイカラテにはさまざまな形があり、その種類を完全に網羅するのは困難であるといわれている。
そして、千条院星衣羅は、〝ビューティー・ロリータカラテ〟の使い手である。
美しい〝ビューティーカラテ〟と、子供の小柄を生かした動きが特徴の〝ロリータカラテ〟を融合させたこの技を、星衣羅は得意としてきた。小学四年生とは思えぬほどのオトナの色気とともに相手を倒すその姿は、女児向けの雑誌などではこう表現されている。
――――〝リトル・ヴィーナス〟と……。
《で、出たぁーーーーッッ!! リトルヴィーナス・千条院星衣羅のお家芸! 分身の術ゥーーーーッッ!!》
星衣羅は赤いドレスをひるがえして分身していた。高速移動に緩急をつけることにより、使い手が何人もいるかのように錯覚させる技。実況者は分身の術と言ったが、正確にはきちんとした技名がついている。
《しかも分身ひとつひとつがッ! ファッションモデルのような美しいポーズになっていますッッ!!》
《星衣羅ちゃん、気合いが入っていますね》
《解説の
《そうですね。ロリータカラテは元々、ランドセルを背負った状態でのバトルを想定しています。訓練の時も、重たい教科書を詰め込んだランドセルを背負って、反復横跳びなどの特訓をしているとか。しかし今は何も背負っていないうえ、星衣羅ちゃんはもともと、小柄。それゆえに、人知を超えた高速移動ができるのです》
そして……
ただ高速で動くだけではない。
星衣羅が遂に相手の目を完全に惑わし、背後へと回り込んだ。
技が炸裂する。
それは、ビューティー・ロリータカラテにおける〝にの型〟――――
「〝初恋ふらっしゅ〟!!」
目にも留まらぬ打撃が唸る。
それは星衣羅が使える技の中で、最も『迅い』技。
あまりに打撃が速すぎて、相手は自分が倒れるまで、打たれた事実に気づかない。
そう、それはまるで……
自分があの子に惚れていたことに遅れて気づく、初恋のように。
《クリーン・ヒットォォオーーッ! ハート形と薔薇形の〝カワイイエフェクト〟が乱れ飛ぶ! 千条院の攻撃で、猫柳が空高く吹き飛ばされますッ!》
実況の叫びを聞きながら、星衣羅はくるりと踵を返す。
残念ですわ、とでも言いたげな顔だった。
もう戦いは終わったと、そう思わせるような仕草。
空中で、ショートの黒髪をなびかせながら、猫柳まおは、歯軋りをした。
「この、程度で……」
そして咆吼する。
「この程度で勝ったつもりか!! 千条院、星衣羅ぁ――――――っっ!!」
吹き飛ばされたまおが壁に叩きつけられる寸前、まるで猫のように空中で姿勢を立て直し、壁に両足で着地する。
そのまま壁を蹴り、星衣羅へと飛びかかった。
「にゃんにゃんカラテ、壱ノ型!」
星衣羅が振り向いたのと、まおの技の炸裂は、ほぼ同時だった。
「〝ねこパンチ〟!!」
「ビューティー・ロリータカラテ、よんの型……」
「技を出させる暇なんて与えないにゃっ! にゃにゃにゃにゃにゃー!」
まおの猫パンチが星衣羅に連続で襲いかかる。猫っぽい動きが特徴のにゃんにゃんカラテにおける基本技にして最速技。肉球形のカワイイエフェクトが弾け、猫手袋をしたまおの拳は、致命の一撃として、星衣羅に直撃した――――
『お母さま、おはようございますわ!』
『おはよう星衣羅。その可愛い口調は、どうしたの?』
『えへへ。太陽のようなレディになる、その第一歩ですわ!』
『あらあら。おませさんなんだから。でも……』
『でも、なんですの?』
『でもあなたは、もう、わたしにとっての太陽よ。それだけは、覚えていてね』
――――直撃したと思っていたのは、まおだけであった。
「よんの型〝スカートひらりひるがえりひろがる〟……! お母さまのため、そして支えてくれた方々のために! わたくしは負けませんわっ!」
「にゃにッ!?」
それはまるで、ひるがえるスカートのように掴みどころのない回避。
まおは一瞬、完全に捉えたと勘違いした。しかしそれこそが、まおの方にあった油断。
そして反対に、星衣羅には、気の緩みはなかった。初恋ふらっしゅを当てた後に背中を向けたのは、誘いだったのだ。
まおが慌てて周囲を見回す。
しかし星衣羅の姿はどこにも――――
「はちの型」
まおは瞬時に上を向く。
煌々と光るアリーナのライトを背に、落下してくる、星衣羅の姿は……
まるで太陽の光ふりそそぐ天国からの御使いであった。
「〝ぴゅあぴゅあえんじぇる・裁きのかかと〟」
猛烈なかかと落とし。
轟音が鳴り響き、まおの足下の床が砕ける。
暴風が吹き荒れて、観客席や実況席のもとまで風圧が届いた。
そして。
まおの頭の猫耳カチューシャが砕けた――――
ズゴォンッッ!!
《猫柳が、倒れたァーーッ! 起き上がれるか!? 起き上がれるのかッ!?》
起き上がれるはずがない。
星衣羅はそう考えていた。今の渾身の一撃は完璧だったからだ。しかし油断はしない。相手は自分と同じく、決勝まで勝ち上がってきた猛者である。星衣羅の想像を超えてくることは当たり前といっていい。
しかして、まおは立ち上がった。
頭から『つーっ』と流れてきた一筋の流血を、猫の手つきで可愛く拭い、身づくろいをする。
審判は試合を止めていない。
つまりそれはまおの隙である。
(ここを突いて、一気に決めますわ!)
ビューティー・ロリータカラテ、きゅーの型。
「〝ぴゅありぃヴィーナス・赦しの……」
「無駄にゃ」
「!?」
星衣羅が手刀を放とうとしたその刹那、まおの姿が消えた。
否、消えたように見えた。
まおが驚異の柔軟性により上体を思いきり反らすことで、その場にいながら一時的に星衣羅の視界から消えたのだ。
「にゃんにゃんカラテ参ノ型〝くにゃくにゃねこキック〟!!」
逆立ちの体勢になったまおが星衣羅の腹部を蹴り上げる。肉球形のカワイイエフェクトが光って飛び散る。星衣羅は派手に吹き飛んだ。
叫ぶ実況。
《く、クリーンヒットだーーーーッッ!! 千条院の決め技〝ぴゅあぴゅあえんじぇる・裁きのかかと〟を受けきった猫柳! この反撃で流れを取り戻せるかッ!?》
「アホだにゃ。クリーンヒットじゃないにゃ」
まおが小さく呟き、上空の星衣羅を見やる。
星衣羅はくるりと空中で姿勢を整え、赤いドレスをなびかせて、ふわりと着地した。
蹴りを受け、ダメージが入ったのは間違いない。しかし、蹴られる瞬間に自分でジャンプして、衝撃を弱めたのである。
「さすがの柔らかさ、ですわね。あのスピードであんなに体を反らして、痛くありませんの?」
「まおは猫ちゃんだからにゃ~。あれくらいへっちゃらにゃ」
「ふふっ。可愛らしいキャラ作りですわ。ええ、本当に可愛らしい」
「え~? 嬉しいけど、ほんとかにゃ~?」
「本当ですわよ~?」
「にゃはははは~」
「うふふふふ~」
笑い合いながら、両者は自らについた埃を払い、体を揺すり、そして構えた。
仕切り直し。だが、まおはダメージの面で不利。
このままでは負けると見たか、まおが、体勢を低くした。
新たな技の構えであった。
まるで威嚇する時の猫のような――――
「にゃんにゃんカラテ、
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