ロリータカラテ

かぎろ

第1話 「レディィイイイス・エーン・レディィィィイイイィイイイイス!!!!」

《レディィイイイス・エーン・レディィィィイイイィイイイイス!!!!》


 叫びと、熱気と、香水の香り。

 淑女の集うこの闘技場アリーナにて、盛り上がりが最高潮に達しようとしていた!


《淑女の皆様、お待たせいたしましたッ! これより〝第一〇七回全日本カワイイカラテ選手権大会〟決勝戦を開始いたしますッ!》

「「「「アラマアアアアアア~~~~!!!!」」」」


 実況者のマイク越しの声が、観客からの歓声をも増幅させる。アリーナの中心を囲むように設えられた客席はほとんど満席。そこからは戦いの模様を、肉眼と、上部の巨大ディスプレイから観戦することができる。


 ディスプレイには、今回のカワイイカラテ・バトルにおける選手のデータが色とりどりの力強いフォントで映されていた。


《早速ファイターをご紹介しましょうッ!》


 ディスプレイの映像が切り替わった。

 アリーナのバトルフィールドに佇むひとりの少女の姿がアップになる。


《今大会最年少の小学四年生でありながら圧倒的なカワイイオーラ! キラリきらめく金髪の、縦ロールツインテはドリルのごとく! しかしてその正体は、あのお金持ちで有名な千条院家の御令嬢だッ! ビューティー・ロリータカラテの申し子、千条院せんじょういん星衣羅せいらァァァアーッッ!!》


 歓声を浴びるその女子小学生・星衣羅は、バトルフィールドにありながらティータイムの真っ最中だった。赤いドレス姿で、チェアに腰掛け、優雅に微笑みながらティーカップを傾ける。これらの道具は戸惑う大会スタッフを無視してメイドらに勝手に用意させていたものであった。高級感あふれるチェアから立ち上がり、「ありがとう」と一言。するとどこからともなくメイドたちが現れ素早くテーブルやチェアを片付けていった。


 湧き上がる淑女たちの嬌声。星衣羅はドレスをつまんでお辞儀し、にこやかに応えた。


《対するは、今大会のダークホース! 否、ダークキャットとでもいうべきか! 猫耳カチューシャ、猫しっぽ、そして両手に猫手袋! マンチカン的なあざとさの裏に、隠すは爪か肉球か! まったく新しいカワイイカラテの使い手が現れた! にゃんにゃんカラテ使いのJC、猫柳ねこやなぎまおォォォオーッッ!!》


 現れたのは、猫のコスプレのような格好をした女子中学生・まお。バトルフィールドの床にぺたんと座り、大量の猫を肩や頭に乗せたり腕に抱いたりしてじゃれ合っていた。実況がまおの名を叫ぶと、彼女は、へにゃりと両手を挙げて観客たちに大きく手を振った。


 そして星衣羅の方へと向き直り、「にゃっふっふ……」と笑う。


「遂に決勝戦まで来たにゃ。せーらちゃんならここまで来るって信じてたにゃ」


 星衣羅もまた、まおを視界に入れ、「あら」と完成されたアルカイック・スマイルを浮かべた。


「殊勝なことをおっしゃいますのね。まるで借りてきた猫のよう」

「うにゃ~? まおはいつもこんな感じにゃけど……その言い方だと、まるでまおに裏があるみたいだにゃ~」

「準決勝で……」

「にゃ?」

「あなたが〝カワイイ・アイドルカラテ〟の使い手と戦う様子を、見ていましたわ。相手にとどめを刺す瞬間、あなたの表情が、まるで化け猫のように豹変するのもね……」


 星衣羅の指摘に、まおは、表情を薄くする。

 しかしすぐに「にゃっははは!」と快活な笑い声を立てた。


「にゃんのことかにゃ~? まお、よくわかんにゃ~い。まあ、でも……」


 まおに纏わりついた猫たちが、何かを感じて逃げていく。


「面白い子だね。星衣羅ちゃん」


 まおが凄味のある微笑を浮かべる。

 星衣羅は、口元に手をやりながら「くすっ」と笑った。


「千条院の娘たる者、『冗談』を言えるようなユーモアも備えていなければなりませんの。お気に召したようでなによりですわ。ああ、でも、気をつけてくださいませ。ひとたびゴングが鳴り響けば、わたくしは冗談など忘れて……」


 観客が息をのんだ。

 ほんの一瞬、無音が訪れる。

 星衣羅が妖しく微笑んだ。

 目元に、陰を落としながら。


「あなたを〝美〟において遥かに凌駕せずには、いられませんから……」


 審判が「両者、構えてッ!」と叫ぶ。

 ふたりのファイターは、それぞれが異なる構えをとった。

 それは、可愛らしさと力強さを同居させた、カワイイカラテの構えであった。


「レディィーッ…………キュゥゥゥーーーーーット!!!!」


 美少女たちの拳が交差する!

 ハート形や肉球形、星形や薔薇形の〝カワイイエフェクト〟が弾け飛ぶッ!

 観客の熱気が爆発するッッ!!


「「「「マアーーーーーーッッ!!!!」」」」






 古代エジプトの女王、クレオパトラ――――

 世界三大美女のひとりともいわれる彼女が生きた時代に、それは誕生した。


 カワイイカラテ・バトル……!


 それは己の可愛さを武器に戦う、女の子ならではの決闘方法!


 ヒトの体内には〝カワイイ細胞〟が存在する。カワイイ細胞は、自分を可愛いと信じれば信じるほど活性化し、女子をもっと可愛くさせる。

 そしてこのカワイイ細胞を武闘の力として応用することが可能だということはあまりにも有名!


 カワイイカラテは、自己の可愛さを信じ、カワイイ細胞をきゅんきゅんさせることで、圧倒的な素早さ・膂力・運動神経そして特殊能力を手に入れる格闘技なのだ!


 全日本カワイイカラテ選手権大会!

 その決勝戦にてふたりの美少女が拳を交わす!

 優勝するのはどちらなのか!? 可愛さで上を行くのはどちらなのか!?

 そして、


 彼女らを観客席から不気味に見つめる謎の黒衣の子供は……何が目的なのか。


 これより綴られるのは、少女たちが真の可愛さを知るまでの物語である……!

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