第6話 完美世界のエッセンス

≪世界を完成させる答えが見つかったわ≫


 ふわっ。


「本当かよ!」

「きゃああ、ついに騎士様の楽園が……」

「ふふっ、それはシルヴィアさん次第ですよ」


 創造主たちは一斉に召喚に応じた。


「応答が速くて助かるわ。すぐに説明を始めるから席についてちょうだい」


 創造主たちが席に着くと、イデアはゆっくりと一呼吸し、説明を始める。


「私たちにとっての最大の問題は、特定の時点において、人類が必ず滅亡してしまうことだった」


 イデアが手を叩く。


「その答えを知る手掛かりとなるのが――」


 会議室中央に表示されている情報に、2つのグラフが追加された。


「これは『技術レベル』と『人口の推移』のグラフよ。この数値、繋がっていると思わない?」

「技術レベルが上がる前に、必ず人口が減ってる……」


 アイオンが呟く。


「私は当初、人口の減少は技術レベル向上の前に頻発する、戦争による虐殺が主な原因だと考えていた。けれど、それだけではなかったのよ」

「どういうことだ?」

「人口が大きく減少するときと、人類が滅亡するときには、共通する前兆があったの」

「そういえば……」


 テレジアが、何かを思い出したように言う。


「どちらの場合にも、多くの人間が何かを願っているような動きが見られました」

「それは、生きることを願ってるってことか?」

「いいえ、その反対よ」


 その言葉に、一同は言葉を失う。


「それって……人間は死ぬことを願ってる、ってこと?」


 シルヴィアが恐る恐る言う。イデアは頷いた。


「そうよ。別宇宙の存在――エイドスが、私の『海』に来たの。そして教えられたのよ。私たちは願えば何でも創り出せる。けれど人間は違う。だからこそ、何を、どこまで認識するかが重要になってくるの」


 エイドスから得た情報について、解説するイデア。


「必要だったのは『無知』。つまり、知らなくて済むということ」

「なるほどな。知能が高くなればなるほど、未来を予知できるようになる。そして、自分が無能だってことも理解できるようになる。そして願うことを諦める。それが絶望、か……」


 人類の情緒を構成する要素に『絶望』の項目が追加された。


「では、絶望による人類の滅亡を防止するための、認識の盲点はどのように再現するのですか?」

「まずは従来の『宗教』を改良するわ。本質的にはとても似通っているから」


 表示されている情報のうち、人類の持つべき知能レベルの規定値が更新された。


「それともうひとつ、人間自体にも認識の盲点を持たせるんだよな?」

「そう。頼るもの、すがるものなく生きられるほど、人間は強くない。だからこそ私たちはいろいろな『枠』を用意していたけど、それだけでは効果の持続力が不足していた。これを満たすものこそが、アイオン、あなたの言う『調味料』だったのよ」


 イデアが手を叩く。表示されていた全ての情報が消えた。


「さあ、行きましょう。エイドスの後を追うわよ」


 ふわっ。


              *   *   *


「これでもう終わりか。今回もなかなか楽しかったな」

「ねえ、私、結局騎士様に合えてないんだけど。全然達成した感じしないんだけど」

「ふふっ。騎士なら次の戯れでも会えますよ」

「きゃああ、騎士様! さあ早く終わらせましょう!」


 一同は生命の海に集まっていた。これまでは光と静寂だけが満たされていたこの場所も、今は賑やかだ。


「シルヴィアは相変わらずだな……よし、俺は準備できたぞ。他はどうだ?」

「私はいつでも!」

「私も同様です」


 創造主たちの顔に輝きが満ちる。


「そうね。これで、この宇宙での戯れは終わったわ。では――」


 イデアが空高く飛び上がり、両腕を広げる。上下に揺れ動くような重力が生じ、海がざざめく。


「アイオン、シルヴィア、そしてテレジア。世界に風を、世界に光を、世界に愛を。ここに『調味料』を足して、世界は完成よ」


 創造主たちの部屋、生命の海、彼らの使っていたもの全てが破れるように形を失い、虚空へ消えてゆく。全てが完成した今、これらの空間はもう不要なのだ。


「それで、この『調味料』はなんて呼ぶんだ?」

「そうね……。願いを信じ続ける力。未来に対する明るい見通し。名付けて――」


              *   *   *


 風が吹き荒れる荒野。見渡す限り乾ききった大地が広がり、水も、動植物も存在しない。既に太陽は眠りにつき、大きな闇が空を支配している。頭上には青白く輝く月。その周りに散りばめられた星たちは、今にも落ちて来てしまいそうな程に力強く輝いている。闇を照らすそれらの輝きが、より一層夜という色を深めていた。


「ああ、お腹が空いた……」

「ここはどこだ? まだ着かないのか?」


 そんな荒野を歩き続ける人々。彼らは奴隷として使役されていた者たち。


 彼らは生まれた時からあらゆる重労働を課せられ、虐げられていた。だがある時、彼らの住んでいた土地は暗闇に閉ざされ、ひょうが降り、疫病と虫に襲われた。そこで、ついにその土地を離れ、本来の故郷を探す旅を始めたのだ。


「預言者様。私たちは、いつまで歩き続ければよいのですか。それとも、もう辿り着けるのですか」


 一人の女が、疲れ切ったような顔で問う。


「まだだ。あと数年はかかるだろう」


 先頭を歩く男が振り向かずに言った。


「数年だと? もうすでに何年も歩いてるのに!」

「本当に、この先に『約束の地』なんてあるの? もしこのまま何もなかったら……?」

「預言者様、食べ物も水も、もう残っていません。このままでは死んでしまいます!」


 預言者の言葉に、不安を口にする人々。


「民よ、恐れるな。恐怖は無限に広がる病。明けない夜がないように、終わらない苦痛はない。我々は生きることを認められている。神によって守られているのだ。歌を歌え、夢を見よ。そこに必ず――」


 どさっ。天から何かが降ってくる。蜜の挟まれた、焼き菓子のようなものだ。人々はそれを拾うと、迷わず口に運んだ。久しぶりの食事に、喜びの声が溢れる。


「『希望』はある」

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こんにちは、女神です 植木 浄 @seraph36

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