プロローグ・3




夕崎と朝野の首にはチョーカー。そこからコードが伸び、イヤホンとして耳に装着されているのは無線機である。

それを通してシロアリの声が二人の鼓膜を揺らした。音質はかなり良い。


『聞こえますか?2人とも。』


二人はもう使われていない廃ビルの前に立ち尽くしていた。時間は午前二時を回っている。乾いた夜風が髪を撫でる。

この時間の廃ビルはいかにもソレらしい、ホラーチックな雰囲気を感じさせた。


「おっけー、聞こえてる。こっから入ればいいんだよね?」


夕崎は錆びついた重たそうな扉を目の前にし、欠伸をした。

シロアリはそう遠くないネットカフェの一室から、キーボードをカタカタ叩きながら返答する。


『今回のターゲット、そのビルがテロリスト三人組の巣になってるんですよね。その扉から最寄りの階段を駆け上がって三階の突き当たりの部屋にそいつらはいる。廃ビルに監視カメラや電子ロックを取り付けてるあたり、なかなかデキる奴等なのかもしれませんね。まぁ僕がハッキングしちゃったけど。』


パソコンの画面には、シロアリがハッキングしたビル内の監視カメラ全三十六台の光景が写し出されており、ターゲットがどの部屋にいるのかも把握されている。


「じゃあ、この扉の電子ロックは…」


朝野がそれを言い終わる間も無く、シロアリが返答する。


『もう開けましたよ。』


「別に拳でぶち抜いても良かったのに。」


朝野は愛用のメリケンサックを装備した拳を解き、髪を手ぐしで靡かせる。

朝野が所有する超能力は肉体強化。脳のリミッターを外す事で常人の数倍、女性の身でありながら成人男性を大きく越える身体能力を実現できる。



「さっさと終わらせて帰ろ、明日オフ会だから出来るだけ早寝したいんだよね。」


夕崎の言葉を皮切りに、二人は重たい扉を開けた。

できる限り奇襲が望ましい。不意を突いて先手を取るのが最善かつ最速で最短。

『アッシュ』での作戦会議で、ビル内の見取り図を見ながら決めたルートを辿る。

夜闇の静けさに飾られた階段を物音立てずに登りつめていった。

不意にシロアリからの通信が入る。ハッキングした監視カメラを通して、テロリスト達の動向をキャッチしたらしい。


『三人組が動き出した。恐らく二人の侵入に気づきましたね。相手に見つからないように、監視カメラの少ないルートで死角を突くためのコースを組んだけど、見抜いてくるあたりさすが透視能力かな。』


テロリスト三人組の内、一人は裏社会で『ノゾキ魔』と呼ばれている有名な能力犯罪者だ。

先日、二つの情報が裏社会に散漫した。

ノゾキ魔が黒人の傭兵を二人雇った事、武器の密輸をした事。

その動きを察知した裏社会の住人から、マスターの元にノゾキ魔の排除が依頼として届いた。

そして掃除屋の三人は動く、自分達の有用性を世間に示すために。

この活動が日の出を見るのは、まだ先の事だろうが、超能力者達の未来のために戦い続ける。

夕崎と朝野は二階に辿り着き、次は三階を目指す。打ち合わせしたルートには、一旦大きなフロアを通って西側の階段を使い三階を目指す必要がある。

だが、相手は透視能力でこちらの位置を把握できている。そして動き出したのだ。

そう、すでにお互いは近づき合っていた。


『2人とも、奴らは三階から階段を降りてもうそのフロアに辿り着くよ。うぅ…どうしよう、やっぱり奇襲は失敗か…相手は殺し合いにおいてプロ中のプロ…一旦引き返した方が…』


シロアリの情け無い声に二人からの返答は無かった。

むしろシロアリの言葉とは裏腹に、そのフロアを堂々と突き進んで行く。

不意に夕崎が呟いた。


「朝野、四秒後に右側のドア。」


その呼びかけに、朝野は意識を研ぎ澄ます。脳の中央部に熱が走るような感覚の次に、全身の筋繊維に力が漲る。

四秒後。右側のドアが勢い良く開かれる。

出てきたのは黒人の大男だ。

だが朝野の方が一瞬反応が速かった。そう、備える事ができていたからだ。

その大男は拳を構える暇すらなく、腹部に朝野の弾丸のような拳が叩き込まれる。必殺の一撃。メリケンサックが急所の鳩尾に減り込む。


「なんだ、案外脆いんだね。」


大男から低い呻き声が漏れる。そして冷たい床に転がり込んだ。

さらに脇腹を目掛け、鉄槌にも似た右足を踏み降ろす。大男の肋が数本悲鳴を上げるのを、足底を通して朝野に伝わる。

そして三秒後、正面のドアが開き二人目の大男が朝野に向け銃を発砲する未来が夕崎には観えた。

夕崎が所有する超能力は最大6秒先の未来を観測できる。見据えた未来はもう彼にとって過去同然なのだ。

観測から3秒後、正面のドアは開かれる。予知通りに。

夕崎はコートのポケットにある拳銃を取り出し意識を集中させ、大男に狙いを定めた。


「させないよ。」


大男が朝野に拳銃を向けようとする一歩先に、夕崎が拳銃の引き金を引く。

二発の銃声が轟く。大男の腹部と右足に弾丸が叩き込まれた。

二人による数秒の制圧。

弾丸に射抜かれた大男は戦闘不能となり、その巨躯が地面に倒れ込むと背後に隠れていたのであろう、細身の男が姿を現した。三人目の敵。そう、ノゾキ魔だ。

味方の全滅を目の当たりにすると、彼は一目散に背を向け逃げ出す。

武装はしているだろうが、この二人には敵わない。逃げの一手を選択したのだろう。

階段を降り、このビルを出るつもりだ。敗走の背中を二人は見逃さなかった。


「逃げた。」


朝野と夕崎は追いかける。


「めんどくさいな、もう一個の方使うか。」


夕崎の冷たい声が走る。二つ目の超能力を使おうと、コートの胸ポケットに隠し持っていた果物ナイフに意識を集中させる。脳の中央が熱くなる感覚が迸った。


『その必要はありませんよ。』


無線を通したシロアリからの指示。

キーボードを叩く音も聞こえる。


『出入り口の電子ロックはこっちで掌握済みですからね、こっちからロックしました。あいつは逃げられませんよ。今西口にいるから、すぐそこの階段を下ったすぐのところにいます。』


二人は指示の通りその階段を降りる。特に急いだりはしない。

シロアリのパソコンの画面には、監視カメラを通して開かない扉に困惑するノゾキ魔の姿が写し出されている。

ノゾキ魔の寿命は、残り一分も無いだろう。


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ハズレ者 Sランクニート @yabai1234

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