プロローグ・2
喫茶店『アッシュ』。木材を主にしたインテリア、オレンジ色の照明に飾られた内装に、アンティークな雰囲気を纏った外観。閑静な街並みに良く溶け込んでいる。
今は老人二人組みが西側のテーブルで談笑しており、早二時間くらい経つだろう。
こういった平日の昼間は特に混まない。
休日の昼間なら学生や家族連れの数組がテーブルを埋めるが、今日は落ち着いている。
そしてカウンター席には三つ編みの男・シロアリが座っており、ノートパソコンを叩きながらマスターと会話を始めたところだった。
「ここ最近面白いニュースは特に無いな」
ブラックコーヒーを啜りながら、シロアリは独り言を零した。マスターは洗ったコーヒーカップを布で拭き、カシャンと音を立てて食器の山に加える。
「平和でいいじゃねぇか。おれは好きだよ静かな方が。」
強面に無精髭。出で立ちとは一致しないマスターの言動にシロアリは少し笑みを零した。
「マスターに平和って言葉は似合いませんって。前は裏社会でやばい事やってたんでしょ?」
「昔の話しな。もう片足は洗ったよ。」
「片足はね。」
「そう、片足はな。」
下らない会話をしていたら、店の少し重たい扉が開く。
カランカランと音を立て、チャイムが揺れる。
ボブカットを揺らしながら朝野が店内に足を踏み入れきた。良く磨かれた床に朝野の姿が反射する。
「こんにちは。ちょっと早いけど来ちゃった」
集合時間は午後一時。現在は昼の十二時四十分。たしかに少し早いかもしれない。
朝野はシロアリの隣に腰掛けた。
ふぅ、と一息つく。
「確かに、来るの早いかもな。」
マスターに続いてシロアリも口を開く。
「夕崎の遅刻癖を考えると、実質今日の集合時間一時半ですからね。」
「いや、二時でしょ。」
朝野の一言で三人は笑い合った。
夕崎は確かに遅刻癖があり、この場にいる全員が被害に遭っている。
一昨日は二時間ほど遅刻して来ただろうか。
「マスター、いつものやつ!」
朝野のいつものやつ、それはブラックコーヒーだ。さっきまで昼食をとっていたレストランでも飲んでいたが、好きなものはいくらでも飲みたい。
あ、そうだ。レストランでの出来事を朝野は思い出す。
「マスター、シロアリ聞いてよ。さっきレストランで課題やってたんだけどね」
自分の前に置かれたブラックコーヒーを一口啜り、朝野は続ける。香ばしい苦味が口の中いっぱいに広がり、喉に流し込む。
「めっちゃ爽やかなウェイターのお兄さんがさ、すごく良い笑顔で接客してくれてね。もちろん営業スマイルって分かってるんだけどさ、私が一級の超能力者って知れば、その営業スマイルさえ向けてくれないんだなって思ったら悲しくて。」
「そりゃそうだろ。」
マスターが一言、冷たく斬り落とす。
だよね、そうだよね。そう言いながら朝野はブラックコーヒーをもう一口。余計に苦く感じる。
「私なにやってんだろ、こんな初歩的な事で病んで馬鹿だよね。死んだ方がいいよこんなの。」
喚く朝野を横目に、シロアリはノートパソコンでネットニュースを見漁っている。超能力者が起こした傷害事件、窃盗事件が今日だけで四件取り上げられている。
「でもそんな超能力者って恐いもんかな?僕はノーマルだけど、超能力者の朝野達と普段接してるからなんも恐いだなんて思わないな。他の超能力者も、超能力を持ってるだけで犯罪者じゃないですし。犯罪に手を染める超能力者はもちろんたくさんいますけど。」
マスターは無精髭を生やした顎に指を添えた。その視線は、何かを考え込むようにやや下を向いている。
「権力者と世間がシロアリみたいな考えを持っくれればいいけどな。超能力者に関する法律が設置されたのも、二年前に超能力者集団が起こしたテロ『レッドクリスマス』が原因だし、一般人が超能力を恐れるのももちろん理解できる。結局、この国は多数決社会なんだよ。そして多数決社会を支配するのは多数派ではなく、多数派を支配する権力者達。俺達みたいな少数派はどこまでも生き辛い。だからこそ、俺達は自分達の有用性を示すために掃除屋をしている。」
マスターの言葉。
どこまでもそれが現実だった。
三十年生きた男の言葉は、二十年程しか生きていない朝野には重く感じる。
嫌ってほどに分かっていた事だし、理解している事なのに。
自分の存在が、世間に、誰かに拒絶されるのはいつになっても悲しい。
それに慣れるのは悲しいくらいに難しい。
「その上、私なんか一級だからな〜。マスターは三級で私よりマシじゃん。羨ましいよ。」
朝野はため息を一つ落とし、頬杖をついた。
責めて四級くらいのそよ風を起こす可愛い超能力なら良かったのに。
「そうか?そうでもないぞ。おれの超能力者は特に人に嫌われやすいからな。」
どこか切なそうな横顔で、マスターは店の外を眺める。それから数秒の事だ。何かを見つけたかのように、マスターは小さく「あっ」と声を出した。
次の瞬間、赤い髪を風に揺らしながらジャージ姿の少年が店のドアを開けたのだ。
そう、遅刻常習犯の夕崎柊だ。
「ごめん!遅れた!遅延しててさ〜、あ!電車じゃなくて自分がね!要するに寝坊した。」
きっと朝までゲームか何かをしていたのだろう、夕崎を待ちわびていた三人の予想はあながち外れてはいないだろう。
時計の針は午後一時半。マスターの言った通りになった。
夕崎は軽口を叩きながら、朝野の隣に椅子に腰掛ける。
そしてちょっとした異変に彼は気がついた。
あれ?少し空気が重いな。
「えっと、三人で不幸自慢してたの?それなら負けないけど…。」
「午後の待ち合わせにも間に合うように起きれないお前が優勝でいいよ。」
マスターは左口角だけ上げ、複雑な笑みを浮かべた。
確かに、人としてある意味可哀相だ。
嫌味を言いながらも夕崎のブラックコーヒーをカップに注ぎながら、マスターは今回の『任務』についての打ち合わせを始める。
「今回の任務だが、三人にはテロリストの始末をしてもらう。」
西側のテーブルにいる老人二人は、まだ談笑を続けている。
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