ハズレ者
Sランクニート
プロローグ
集合時間は喫茶店『アッシュ』に午後一時。
朝野奈々美は右腕の腕時計に目を向けると、午前十一時三十分を少し回ったところだった。
現在地から『アッシュ』まではバスに乗って十五分、そこから徒歩で五分。
朝野は経路を脳内に映像として再生し、思い浮かべる。十分前には到着しておきたい。十二時三十分にここを出発しよう。
今は朝野が通う大学の帰り道にある小さなレストランで、授業の復習を行なっている。
朝野は第一級の超能力者。それだけで、善人悪人関係無く、どこにいても偏見の目で見られる。
『普通』になれないなら、できるだけ『普通』に近づきたい。
超能力を持っているからといって、私は危ない人間じゃないんです。盗みも殺しもした事ありません。車が通らなくても赤信号は渡らないし、急いでいる時でも道を尋ねられれば案内する事もあります。少なくとも悪人ではないんです。
言葉で言っても受け入れてもらえないなら、行動で示すしかないのだ。
だからこそ、こうして出来る努力は怠らない。勉強で高い成績を納めるのもその一環だ。
オーダーしたセットランチについてきたブラックコーヒーを飲む。できる事なら雑念も一緒に流し込んでしまおう。
「やっぱりブラックだよね。」
コクのある苦味が口の中に広がる。心が落ち着く。
まだ半分程コーヒーが残ったカップをテーブルに置き、朝野は再びノートに向かい合った。
「食器の方、お下げしてもよろしいですか?」
『春村』と記されたプレートを胸に付けた男性店員が朝野に声をかけた。
朝野は顔を上げる。
見た目は二十歳くらい、自分と変わらない年齢くらいだろうか、爽やかな笑顔で朝野のテーブルの横に立っていた。
「あ、お願いします。」
春村は軽く会釈をする。
ハンバーグとサラダ、ライスが盛られていた二つの皿をトレイに乗せ、春村は厨房へと足を進めて行った。
その後ろ姿を、朝野は見つめる。
きっと、私が超能力者と知ればあんな爽やかな笑顔は向けてくれないだろう。
現代社会、超能力は良く言えば個性、悪く言えば障害。そのように存在を確立している。
生まれつき、もしくは何らかの事故などがきっかけで超能力が芽生えた場合、精密検査を病院で受け、超能力者と見なされれば国に申告しなければならない。義務として国民に課せられている。
そして第一〜四までの等級に分けられている超能力者手帳を交付され、進学や就職の際に必ず提示しなければならない。
超能力の等級は、その超能力を反社会的行為に利用した場合どれだけの被害を生むかで仕分けされており、朝野は第一級の手帳を交付されている。一言で言えば、強力な犯罪者予備軍だと遠回しに国から言われているようなものだ。
厨房から再び姿を現した春村の右手にはハンバーグ、左手にはサーロインステーキ。他の客のテーブルへと運んでいる。
デミグラスソースの香りが朝野を含める店内にいる客の鼻腔をくすぐった。
そして彼の顔には先程と同じ爽やかな笑顔。
勝手に胸が切なくなる。
朝野はカップに残ったコーヒーを一気に飲み干し、ノートをバッグに放り込む。
出発を予定した十二時三十分にはまだ早いが、朝野は席を立ち上がり、レジへと足を進めた。
口の中に残った苦味は、また当分消えないだろう。
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