ちょっとした回想 僕と畑と落とし穴

みずみゆう

第1話

 夏休みによく祖父と祖母が家に来ていた。母方の祖母と祖父で、2人ともかなりの高齢だった。なぜ家に来るかといえば、孫である僕の顔や、家族の顔を見る目的も勿論あるのだが(祖母は自分がいつ死ねか分からないから、なるべく沢山顔を見ておきたい。後悔しないようにね、死んだら後悔出来ないけどと笑っていた)僕の家の庭には小さな畑があった。その畑の管理の為にも祖母と祖父は来ている。

 庭に開いたスペースがあるから、何か出来ないかと考え、倉庫を置くか、妹がバスケットボール部なので、バスケットゴールでも置くかと家族の間で議論になった。母親は物置、妹はバスケットボールにそれぞれ一票を投じた。僕は特に意見は無く、正直どちらでも良かったのだが、一応は妹の為に、バスケットゴールに一票を投じようかと悩んでいた時だった。

 父親がふと、庭に畑でも作ろうかと提案したのだ。母も妹も僕も”畑!?”と驚いたのだが、我が家の大黒柱である父親の提案だったので、”じゃあ畑でいっか”いった感じで、我が家の庭に畑を作る事になった。母親も父親の提案に乗り気で、畑で野菜を作れば、夕飯に使う事が出来る。自分で作った野菜はきっと美味しいと言っていた。妹も母親が言うなら…と父親の案に一票。ならば、僕も…といった感じで満場一致で畑を作る事に決まったのだった。


 畑を作る事に関しては、母親の実家が畑を営んでいる事もあり、母方の祖母と祖父に協力してもらう事になった。

 ちょうど夏休みという事もあり、家族みんなで畑作りをする事になった、猛暑の中での作業で、祖父と祖母の体調も気になったが、しっかりと水分を用意して、準備万端の状態で畑作りを開始した。


 父親、母親、妹、祖母、祖父、僕の六人は暑い中、一生懸命畑作りをした。

 作業をした後、母親が用意してくれた冷たい麦茶が、とても美味しかった。

 午前中の作業を終え、昼ご飯はさっぱりしたそうめんをみんなで食べた。


 昼食を終えた午後の事だった。

 作業に飽きた僕と妹は、畑作りを父親たちに任せて、畑の近くの土をひたすらスコップで掘っていた。


”落とし穴をつくろう!”


深く、深く、もっと深く。おじいちゃんが落ちたらどうするのと母親に注意されたが、僕たちは気にせず夢中になって、穴を掘り続けた。

 純粋だった僕らは、もしかしたら宝物でも見つかるんじゃ無いかという小さな期待も持っていた。

 靴や手も汚れるも気にしないまま夢中で掘り続けた結果、かなり深くまで掘る事が出来た。だが、流石に危ないと母親に止められ、名残惜しくはあったが、穴掘りはここでやめる事になった。

 僕たちが穴掘りをしている間に、畑作りはすでに大方完成していた。

 畑には何を植えようかと考えた時、母親の要望であったいくつかの野菜と、僕と妹の要望であった夏にぴったりなスイカを植える事になった。

 そうして、我が家の小さな畑は完成する事になった。


 が、ここで問題になるのは、僕と妹がつくったこの大きな穴である。

 両親は危ないし邪魔だから、早急に埋めろと言うが、折角一生懸命つくったのに、勿体ないと僕は思った。

 どうせなら、何か残したい。

 以前みたあるアニメで、子供の頃に穴を掘って、堀った穴の中に自分の大切なものを埋めて、大人になった後、掘り起こして懐かしむ、というのがあった。

 なら、今僕が大切にしているものを、穴の中へいれようと思った。机の中や、おもちゃ箱を漁り、何を入れようか考える。妹も同じくだった。

 二人とも入れるものを決めると、二人で穴のところへ行き、穴の中に入れ、スコップで埋めて、元の状態へ戻した。ちょっとした満足感を得ながら、僕と妹は家に戻った。

 これは僕が小学4年生、妹が小学1年生の時の話だ。


 結局、その後の話をするのならば、育てていた野菜に関しては、うまく育てる事ができ、美味しく食べる事が出来た。一方、楽しみにしていたスイカに関しては、ある事件が発生し、食べる事が出来なかった。

 まずは、その事件に関して話そうと思う。


 突然の事だった。

 朝早くから母親が僕の名前を呼んでいた。何かあったようだ。

 僕は、夜遅くまでゲームをしていた事による、大きな眠さを抑え、ベッドから立ち上がり、母親の元へと向かう。どうやら畑で何かが起こったようだった。

 母親と一緒に畑に向かうと、そこで待ち受けていたのは、食い散らかされたスイカたち。僕が住んでいる街は、よく動物が出現し、僕の家の近くにある畑に動物が現れるという話は聞いた事があるが、まさか僕の家の庭にある小さな畑が襲われるとは思わなかったので、とても驚いた。

 近所の目撃情報から、アライグマなのではと推測された。

 無残に食い尽くされてしまったスイカたちは、夏休みのちょっと悲しい思い出として、僕と妹に残される事になった。


 次に話すのが、畑作りの最中に妹と一緒に掘った穴の話だ。

 穴の事を忘れぬように、紙に書いて、壁に貼っておいたのだが、気づかぬうちに取れてしまったようで、穴の存在を思い出したのは、高校卒業後の春休みの時だった。

 大学進学の為に、下宿をする事になった僕は、小学校の時からずっと使用していた部屋の掃除と整理をしていた。机の中や、引き出しを整理していると、思い出の品が沢山出てきて、とても懐かしかった。小学校の頃友達と遊んだカードゲーム、親にこっそり内緒で買ったちょっとエッチなゲーム、何故か沢山溜めてたアニメのシール、キーホルダーに点数が悪くて机の奥に突っ込んだテストの答案などが次々に出てきた。一つ一つの物に思いを馳せながら、整頓と掃除を続けていると、ある物が出てきた。若干変色している一枚の紙。父親がらくがきに使えとくれた、コピー用紙だった。貰った頃は、真っ白な状態で、何を生み出そうかとワクワクしていたのを覚えている。真っ白な紙には、いかにも子供らしい文字が書かれていた。


“大切なモノをうめました 大人になったらほってください “


“ばしょ”と書かれた我が家の庭の地図、アバウト過ぎて詳細な場所は場所は分からないが、何となく場所は覚えていた。地図の下には、僕の名前と、妹の名前。


 そういえば、こんな事やったな。あれは、小学校何年生だっけか、暑い中みんなで畑をつくって、その時に掘ったんだっけ。最初は落とし穴つくろうみたいな軽いノリだったけど、さすがに危ないからと怒られて、埋める時に何かを一緒に埋めたんだよな。


 はて、一体何を埋めたんだろうか。大切なもの、大事なもの……何だろう、全く思い出せない。


 我が家の畑運営は、祖父と祖母がさらに高齢となり、身体の調子も良くなく、我が家へ来るのも一苦労となってからは、停止していた。


 もうすぐこの家とも離れるんだ。折角だから、見ておきたい。僕はそう思い、埋めたものをもう一度掘り起こす事にした。

 妹は部活に行っており、今はいない。

 僕は母親に許可を取ると、スコップを取り出し、畑の横へと移動した。


 確か、この辺りだった気がするけど……

 うーん、随分と雑草が増えて、畑も荒れてしまったなぁ。折角つくったのに勿体ない。


 僕は大体の位置を決め、スコップで地面を掘り起こしていく。

 小学生の頃は若かったから何とも思わなかったが、穴掘り作業は結構腰に来る。痛い。

 中々思いっきり体を動かす機会も随分と減ってしまった。

 僕は成長したと思う反面、何かを失ってしまったのでは無いかという、何とも言えない気持ちになった。

 腰だけでなく、腕、肩も痛くなってきた。もう辞めたいという気持ちを抑えつつ、僕は穴掘りを続けた。年々暑さが酷くなっている気がする。小学校の時は暑さなんて気にせず、遊びまくっていたのに、今では外に出るのすら躊躇するようになってしまった。汗が止まらない。

 腕をブラブラさせて、休ませながら、掘り続ける。


 すると、ようやく目的のものが見えてきた。赤色の何かだ。

 僕は直接手でその何かを取り出す。

 と、同時にもう一つ何かが見えてきた。僕はそれも取り出した。


 二つ目に取り出したものは、ぬいぐるみだった。土に汚れてしまっているが、小学生の時に大流行したあるアニメのぬいぐるみだった。これはよく覚えている。ゲームセンターのクレーンゲームで、父親が苦労して何とかネットしたものだ。後々に調べたら、定価で買った方が安かったとかで笑っていたな。懐かしい、妹が大切にしていたぬいぐるみだ。これはどうすべきだろうか、後で考えよう。


 そして、僕が埋めた物、それは赤色の貯金箱だった。確か100円ショップで買ってもらったヤツだ。軽く振ってみると、ジャラジャラと音が鳴る。中にいくらか入っているようだ。

 これも家の中で確認してみよう。

 僕は急いで、掘り出した土を、再び埋める。掘り起こす時とは違い、スムーズに戻す事が出来た。


 作業を終えた後、僕は自分の部屋へと戻り、薄汚れた貯金箱を机の上に置く。

 僕は貯金箱の蓋を開けて、中身を確認してみる。

 ジャラジャラと小銭が落ちる。すると、小銭の他に、折り畳まれた小さな紙が落ちた。コピー用紙を小さく切って折り畳んだもののようだ。何やら書いてある。


“ほってくれてありがとう げんきですか?ぼくはげんきです たいせつなものなので、たいせつにしてください”


 貯金箱をどう大切にしろと……僕は苦笑する。

 ただ、小学生の僕も、僕なりに考えがあって、今の僕へメッセージを残してくれたのだろう。

 僕も元気に生きて、大切にしないとな。

 貯金箱の中には、一年玉、10円玉ばかりで、全部合わせても250円にしかならなかった。貯金箱を持ち歩き、色んな人に強請ってたっけか。

 だけど、小学校の頃の僕が必死に稼いでくれて、未来の僕に託してくれたお金だ。有り難く、使わしてもらおう。


 腕も肩も腰も足も痛い。こんなになってまで、やる意味があったのかと言われれば、分からない。だが、新たなる僕の人生の一歩として、良い思い出になったと思う。新たな一歩を踏み出すんだ。

 過去の自分の思いを背負って。






















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