第775話 男子トークも終わらない

 晶穂と美里が話し込んでいた時、リンは少し離れたところでジェイスたちと立ち話をしていた。それぞれにお茶請けのように少しだけ料理を皿に乗せて、世間話中である。

 不意に衣装の話になり、ジェイスがリンを見て笑った。リンは今、ほとんど普段着でここにいる。

「かっこよかったのに、もう着替えたんだね」

「サラは腕がどんどん上がってますね。戦闘服を作ってくれた頃が懐かしいです」

「……あ、そのサラがあっちに突撃したぞ。お前は良いのか、リン?」

 克臣が指差す方に目をやれば、サラが足音を忍ばせて晶穂と美里のもとへ歩いて行っていた。そーっと近付き、晶穂に後ろから抱き着いた。

 晶穂の悲鳴が聞こえたが、すぐにサラだとわかって笑っている。

「……俺が行ったら、女子の邪魔ですよ。色々、男に聞かれたくないこともあるでしょうし」

「余裕だなぁ」

「伊達にプロポーズしてません」

 肩を竦めて微苦笑を浮かべるリンに、もう迷いはない。

「流石、男前」

「――っ! 痛いです、克臣さん」

「悪いな、嬉しくてさ」

 バシンと背中を叩かれ、リンはジト目で克臣を振り返った。しかし当然のように克臣は悪びれず、近くにいたジスターがぽつりと呟く。

「……こりませんね、克臣さん」

「克臣だからね」

 ジェイスが頷き、リンが吹き出す。「……ふっ」と肩を震わせ後ろを向いてしまったリンは、笑いを抑えつつ「二人共酷いですね」と言いかけた。

「克臣さん、無神経なわけじゃないですよ」

「わかってるさ。こういう感じでしか、喜びを表現出来ないだけだよな、克臣」

「……うっせ」

 顔を背けた克臣の耳が赤い。リンたち三人は顔を見合わせ、仕方がないなという顔で苦笑いを浮かべ合った。

 リンとジスターはこの辺りで話題を切り替えようとしたのだが、ジェイスが止めの一撃を加えてしまった。

「真希ちゃんにプロポーズした時も……」

「あー! ジェイス、頼むから黙れ!」

 今度こそ顔を真っ赤にした克臣がジェイスの口を物理的に塞ぎにかかり、あえなく躱された。幼い時からの幼馴染であり親友の二人は、彼らしか知らない記憶がたくさんある。

 二人の関係を羨ましく思いつつ、リンは終わりの見えないじゃれ合いに釘を刺すことにした。

「お二人共、ジスターさんが困ってますから。……後、俺も」

「……。じゃあ、リンの結婚式の予定を組むか」

「お、良いね」

「何でそうなるんですか!?」

 自分はもう安全だと思っていたリンは、まさかの話題転換に声を荒げる。

 そんな弟分に対し、克臣とジェイスは顔を見合わせた。

「何でって、マジだけど?」

「今日は婚約披露っていう感じだったからね。サラもやる気十分だし、協力してくれると思うよ」

「あのですね……」

 頭を抱えるリンをからかい、克臣は満足そうに笑って弟分の背中に体重をかけた。

「お前、本当にかわいいよな」

「可愛いは誉め言葉じゃないですよ、少なくとも俺にとっては。……ちょっ、頭わしゃわしゃしないで下さいよ」

「おー」

「聞いてませんね?」

 克臣とリンの掛け合いは、付き合いが長いからこそのもの。ジスターはそろそろ慣れてきて、ジェイスは「いつものことだ」と微笑ましく眺めていた。




 同じ頃、天也と共にアラストへ出た年少組は、食べ歩き用の唐揚げを売っている店で一人ずつ買い物をしていた。ユーギと春直と唯文は塩味、ちょい辛を選んだのはユキ、そして焼鳥味は天也だ。

「毎度あり! お前ら、今日は友だちとか?」

「そうだよ。なかなか会えないから、町を案内したくて、ここに来たんだ」

 唐揚げ店の店員に尋ねられ、ユーギが元気に応じる。すると店員は、ニッと笑って天也に唐揚げを手渡した。

「そりゃ嬉しいね。楽しんで行きな」

「はい、ありがとうございます」

 ほくほくの唐揚げを頬張りながら、五人は商店街を歩く。最も人通りの多い朝と夕方を避けた時間帯のためか、混んでおらず歩きやすい。

 賑やかな町並みを抜けて行くと、徐々に住宅街へ入って行く。キョロキョロと見回す天也に、ユキが口の中の唐揚げを飲み込んでから話し掛ける。

「この先に公園があるから、そこに行こう! 噴水もあって、広いし」

「いいな。……なかなか会えないし、話がしたい」

「大歓迎だよ、天也」

「ああ。行こう」

 にこりと微笑んだ春直と頷く唯文。彼らに先導されて到着したのは、青々とした木々に囲まれた広い公園だった。

 遊具のある区域には、親子連れが多く集まっている。天也たちはそこを避け、木陰の多い空地の方へやって来た。噴水はそちらにあり、数分に一度水を噴き上げる。

「いい天気でよかった」

 早速ベンチ代わりにした噴水の縁に腰掛け、ユーギが笑う。その隣のユキは、最後の唐揚げを飲み込んだ。

「本当に。明後日は雨らしいから、晴れてる間で良かったよ」

「ここ最近ずっと晴れてたからね。そろそろ雨も降らないとって、晶穂さんが言ってたよ」

「ああ、そういえば昨日言ってたな。洗濯物は乾かないけどって」

 唯文が「ゴミ捨てて来る」と立ち上がり、仲間たちの手から唐揚げの入っていた紙の箱を受け取る。少し離れたところにゴミ箱があり、そちらへと歩いて行った。

 十分距離が出来てこちらの声は聞こえないと判断したユキが、天也の方に寄って行って囁きかける。

「唯文兄、すっごく今日を楽しみにしてたよ」

「そうなのか? パーティの間もだけど、あんまりそういう風に見えなかったから」

「数日前からそわそわしてたよ。それに、パーティの準備も楽しそうだったし」

 援護射撃したユーギがニヤニヤ笑いながら、「そうだよね」と春直に同意を求める。

「うん、楽しみにしてた。だから、たくさん話してあげてよ。ぼくらも話したいし」

「……そっか。ありがと」

 真っ直ぐに気持ちを向けられると、どうしても照れが出る。しかし天也は物理的距離の関係で滅多に会えない大切な友人たちと、ギリギリまでコミュニケーションを取りたかった。

 ちらりと何かを確かめたユーギが、ニコニコしながら口を開く。

「そうだ! ぼくが唯文兄がどれだけ楽しみにしてたか教えて……」

「やらなくて良いからな、ユーギ!」

「むぐっ」

 言葉を被せたのは、ゴミ捨てに行っていた唯文だ。顔を赤くして、ユーギの口を手で塞ぐ。

「むぐーっ」

「お前、おれが戻って来てるのを確認した上で話題振っただろ」

「――っぷは! その方が面白いと思ってさ」

「『思ってさ』じゃない」

 だんだん克臣さんに似てきたな。唯文がそう言うと、ユーギは首を傾げて「そんなことはない」と頬を膨らませる。

「こりないなぁ」

「……でも、これで察してもらえたんじゃないかな?」

「ふふっ。そうだね」

 ユキと春直の言葉に、天也は肩を震わせて応じた。

(ただ日本にいたら、こんなに楽しくて頼りになる仲間に出会うこともなかったんだろうな)

 偶然か必然か。その出会いに感謝して、天也は唯文とユーギの仲裁に入った。

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