第774話 女子トークは終わらない

「行こう、天也!」

「わかった」

「兄さん、出掛けて来るー」

「あまり遅くなるなよ」

「わかってるよ」

「行ってきます」

 天也が腕を引かれ、会釈して走って行く。バタバタと駆けて行くユキたち年少組を見送り、リンはぐるりと中庭を見渡した。

「全員でやると早いな」

「『遊びに行きたいならさっさと終わらせろ』って克臣さんが言ってたけど、その通りになったね」

 くすくす笑った晶穂の言う通り、今や中庭はもとの何の変哲もない中庭に戻っていた。

 盛られていた食べ物があらかた片付いたところで、ジェイスが閉会を宣言したのだ。そこから全員で片付けて、今に至る。

 リンと晶穂は片付けを手伝おうとしたが、サプライズを仕掛けられた方は着替えて来るように言われて手伝っていない。着替えに手間取り、戻って来ればほとんど終わっていた。

「美里、付き合わせちゃったね」

 自前の余所行きの服に着替えた晶穂は、美里と隣り合ってベンチに腰掛ける。ごめんねと苦笑いを浮かべた晶穂に対し、美里はわずかに柔らかい顔をした。

「別に。あんたの仲間たちの行動力に驚かされたけど……楽しかったし」

「そっか。嬉しいな」

 晶穂に微笑まれ、美里は少し顔を背ける。それから手にしていたコップの中身を飲み干すと、息をついて青空を見上げた。

「なんか、平和って感じ。……これも、あんたたちが頑張って来た結果なんだろうけどさ」

「……どうしたの、美里。そんなこと言うなんて」

 晶穂は目を丸くする。今までの美里の印象では、そんな感傷的なことを言うようなイメージは一切ない。むしろツンが強過ぎてデレなど存在しないと思っていた。

 しかし、美里は「まあね」と肩を竦める。

「うちの店によく来る奴の影響かも。あまりにも真っ直ぐあんたたちのことを見てるから」

「天也くん。前回もその前も、一緒に頑張ってくれたから。だから今日、何も起こらずに楽しいだけで一日過ごして欲しいな」

「……そうね。そういえば、前に扉をこじ開けた三人組が店に来た」

「何か言っていた?」

 扉をこじ開けた三人組とは、玲遠と橙、そしてデニアのこと。晶穂としても、三人が今どうしているかは気になるところだ。

(そうだ、リンも……)

 数日前、リンとも三人はどうしているのかと話したところだ。彼も気になるだろうと目で捜したが、ジェイスたちと話している様子が見えた。

「……後で、あんたが私から聞いたこと話してやんなよ」

「あ……バレてた?」

「目でずっと追ってるだろ。……なあ、後で相談に乗って欲しいんだけど」

「勿論」

「助かる」

 一人じゃどうしようもなかったんだ。そう言って困った顔をする美里だが、彼女の表情を見ていた晶穂は何かを察した。自分のことについては鈍感だが、他人のことはよく見える。

(もしかして美里……)

 口にしてしまいそうなのを堪え、晶穂は話の続きを促した。

「まずは玲遠たちのことだよね、教えてくれる?」

「あ、ああ。来たのは一週間くらい前で……」

 美里によれば、三人が喫茶店にやって来た時、天也も店にいたという。少し驚いたのか目を見張った天也に気付き、玲遠は「元気そうでよかった」と肩の力を抜いた。

「今、三人で世界中を旅して回っているらしい。マジックと神に渡された魔力を使って、たくさんの人を驚かせ笑顔にするためにだと言っていた」

「……そっか。力を誰かを傷付け支配するためじゃなくて、別の目的のために使うことにしたんだね」

「――ったく、本当にお前たちは謎だ。いつの間にか、魔法にかかったみたいに敵だった奴らの考え方も生き方も変える。……さっき魔力で虹を作ってた奴」

「ジスターさんのこと?」

 晶穂が首を傾げると、美里は「そう」と頷く。

 突貫サプライズパーティーの最後、ジスターとユキが何度も練習したという合わせ技を見せてくれたのだ。水の魔力と氷の魔力、そして快晴の空の力を借りて、中庭に美しい虹をかけてみせたのである。既に消えてしまったが、虹はくっきりと空に現れていた。

「あんな芸当、するようなキャラだとは思わなかったけど?」

「ジスターさんは、もともとサーカス団にいたから。人を楽しませる技は知っていたと思うよ。それを人前でやる気持ちにはならなかったかもしれないけど」

 それでも今、ジスターはリンたちと談笑している。過去に様々なことがあったのは間違いないが、今が答えだと晶穂は目を細めた。

「出会って、変わって。多分、これからも色々変わるんだと思う。それもきっと、良い方向に行けば良いな」

「あんたが言うと、そうなる気がする。……不思議な奴だ」

 さて、と美里は伸びをする。現状報告は終わった。もう一つ、晶穂にしか相談出来ない事柄が残っている。どう切り出すべきか、と美里が逡巡した時、晶穂が「それで?」と微笑んだ。

「相談事があるんでしょう? わたしでよければ、話を聞かせて?」

「……覚えていたか」

「当たり前でしょ。友だちの相談事なんだから」

 当然だと笑う晶穂に、美里も耐えられなくなって吹き出した。そしてひとしきり笑うと、目元の涙を指で拭って「あのさ」と話し始める。

「私、天也のことをどう扱ったら良いのかわからないんだ。あいつは私のことが……好きらしいんだけど。私は、素直じゃないし性格も可愛くない。何で好意なんて向けられるのかまったくわからなくて、あいつのことを考えようとすると胸の奥が痛くなるんだ」

「……かわいい」

「――は?」

 眉間にしわを寄せた美里は、眼光鋭く晶穂を睨む。

「可愛くなんてない。可愛いなんて、私からは最も遠い言葉だ」

「かわいいのにな。だって……美里は天也くんのことを意識して、悩んで、相談相手にわたしを選んでくれたんでしょう?」

「……」

「だったら、後は自分がもう答えを持ってるよ。きっと、美里はもうわかってるんじゃないかな?」

「……気付きたくない。だって、私はたくさんの人を傷付けた」

 それが己の正義だと信じて疑わなかった過去は、確かに存在する。それをなかったことには出来ない。

 決して変えられない過去。それがかせとなって踏み出せないでいる美里に、晶穂は何かアドバイスは出来ないかと考え込む。そして、ふと思いついたことを口にした。

「美里は、天也くんのことどう思ってるの?」

「――!」

「何を置いても、美里が自分の気持ちに素直に向き合うことは忘れないで。わたしもそうやって……自分の気持ちに素直になれたから」

「……そう、だな」

 空のコップを両手で掴み、美里は目を閉じて深呼吸をした。

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