大好きな人たちと
第773話 突貫サプライズ
何も見えない真っ暗闇の中にいて、突然目の前が明るく開かれる。
「くっ」
「わっ」
黒から白へと転換した視界は眩し過ぎて、リンと晶穂は同時に目を閉じる。暗順応していた目が明順応に転じるには、少しだけ時間がかかるのだ。
しかし、のんびりとしている時間などない。突然パチンッと指を鳴らす音が聞こえたかと思うと、リンの隣で「きゃっ」という小さな悲鳴が響いた。
「――危な。大丈夫か、晶……っ!?」
「ごめんなさい。壁がなくなったから、びっく……り、して……!?」
「え? あっと……」
リンは言葉を失い、自分の腕の中を見つめた。
壁が失われたことで、寄り掛かっていたらしい晶穂は体のバランスを崩してリンの元へ倒れ込んだ。そこまではリンも把握していたが、咄嗟に抱き留めた晶穂の姿に思考が停止する。
晶穂は、真っ白なひざ丈ワンピースのようなドレスを着ていた。スカート部分は何枚も布が重なってふわりと広がり、腰にはベルト代わりの大きなリボンが結ばれている。手袋と太ももまである靴下は白く、ヒールのある靴も真っ白だ。更に灰色の長い髪にはウェーブがかかり、白に近い水色の大きなリボンが飾られている。
「……可愛い」
思わず転げ落ちたリンの感想は、しっかりと晶穂の耳に届いていた。
「――っ」
晶穂は顔だけでなく耳や首まで赤く染め、リンのジャケットにしがみついている。しわになってしまうと離れようにも、リンに抱き締められて動けないのだ。
「リ、リンだって」
白いジャケットとパンツ、そしてわずかに水色の混じったシャツ。胸ポケットには青色のチーフが入っており、白い靴と相まって、青空を身につけているかのようだ。
「か……かっこい、よ」
「……あ、ああ。でも、どうしてこんな」
互いの衣装に戸惑う二人の耳に、ふと穏やかな曲調のBGMが聞こえて来た。顔を上げれば、少し離れたところで仲間たちが笑っている。
「ふっふっふ。サプライズ大成功ー!」
「二人共良く似合ってるな」
「流石あたし!」
「はい。凄いです、サラさん!」
ユキ、克臣、サラ、そして春直が口々に言う。胸を張るサラは、ぽかんとしている晶穂に向かってウインクを決めてみせた。
「晶穂のウエディングドレス、あたしが絶対作るからね! 勿論、団長の分も。今回のはウエディング系作品試作ってことで」
「これ、サラが?」
「そう。いつか着て欲しいと思って作っておいたんだけど、この前ユキたちに連絡を貰ったの。これはチャンスだって思ったから、ドレス持って来ちゃった」
凄いでしょ。未だ衝撃から抜け出せないリンと晶穂を前にして、サラは楽しそうに微笑む。
サラによると、今回のこれは数か月前から計画されていたらしい。彼女の後を引き継ぎ、ユーギが「あのね」と続ける。
「昨日兄さんがプロポーズしたって聞いたから、第一弾は今しかないって思ったんだ。思ったのはぼくだけじゃなくて、みんなそうだったみたいで。扉が開くのは今年は今日だし、突発だけどやっちゃおうって! サプライズ大成功!」
「……突貫工事でこのレベルなのか。時間があったらどうなるんだよ、これ」
呆れを含んだリンの言葉に、晶穂も深く頷か同意した。
普段は休憩や遊び、鍛錬に使われる中庭の様子が一変している。幾つかのテーブルと椅子、そして料理が並べられているのだ。料理は真希や一香が作ったということで、美味しさは保証されている。
「お花も……」
「もともと咲いてたのが大半だけど、花瓶の花は今朝買ってきたんだ」
テーブルの上の花瓶には、色とりどりの花が入れられている。庭の花も皆で手入れしていることもあって美しく、晶穂は目を和ませた。
「凄い。凄いね、リン! みんな……たくさん準備してくれて」
「そうだな。……あのさ、晶穂」
「何?」
「そろそろ……
「……! そうだった!」
リンに言われ、晶穂はようやく気付いた。壁が消えて倒れ込みリンに助けてもらって以来、ずっと彼の上に乗っていたことに。
大慌てで立ち上がった晶穂は、一緒に立ったリンに「ごめん、大丈夫?」と尋ねる。
「重かったよね」
「いや、別に。……俺もその、抱き止めてそのままにしてたから……。晶穂だけが悪いってわけじゃない」
「た、助けてくれてありがとう……」
「ん」
ほわほわとした空気が流れる中、その空気を止めたのは克臣の一言だった。
「……お二人さん、そろそろ良いか?」
「は、早く言って下さい!」
「大丈夫ですから!」
真っ赤な顔で慌てて離れる二人を微笑ましく見ていた克臣は、コホンと咳払いをした。
「ま、大まかにはユーギが言ってた通りだ。結婚式はまたやるとして、今回は天也と美里の歓迎会兼ねてるからな」
「二人共、お疲れ様。サプライズはここまでだから、後は好きに過ごしてくれたら良いよ」
「……突然の放置ですか、ジェイスさん」
頭を抱えたリンだが、サラに「でも」と言われて顔を上げる。
「解散までは、その格好でいてくださいね! あたしの自信作、着ていて欲しいので!」
「……わかった」
苦笑いを浮かべるリンだが、折角だからと気持ちを切り替える。既にわいわいと賑やかになって来た中庭を見渡してから、晶穂を振り返った。
「相変わらずだな」
「そうだね。リン、楽しそう」
「……まあ、な。こうやってサプライズを仕掛けてもらえるのも、ありがたいことだなと思っただけだ」
目元を和ませ、リンは晶穂へ手を差し伸べた。
「あの……」
「折角なんだ、俺たちも楽しもう。お手を、姫?」
「はい」
晶穂はリンに手を預け、二人でミニパーティー会場へ入って行く。
それぞれに話しかけられたため、手を繋いでいた時間は短い。しかしちょっとした特別感を感じる、楽しい時間となった。
「ユキたち、手伝ってくれ」
「あ、うん!」
呼び掛けたのは、リドアスから出て来たジスターだ。彼の手には大皿が乗り、その上にはサラダやハンバーグが乗っている。どうやら追加らしい。
ジスターに応じ、年少組が駆けて行った。
「全く……いつも騒がしいな、ここは」
「賑やかで、いつも楽しいよ」
美里の呆れ声に、晶穂は朗らかに微笑んで答える。そんな様子を横目に、リンは口元が緩んでいた。
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