第772話 バックグラウンド

 リンと晶穂が何処かに連れて行かれる少し前のこと。天也と美里を案内してやって来たユキたちは、食堂に入ると中に向かって「集合!」と叫ぶ。

「お前ら、大声出すとあいつらに聞こえるぞ」

「大丈夫だよ、克臣さん。二人共、きっともう少ししないと来ないから」

「……兄貴のこと、よくわかってるんだな。ユキ」

「当然でしょ」

 胸を張ったユキは、くるりと振り返る。そこで立ち尽くしていた天也と美里に、これからの計画について話すことにした。きっと、あと五分くらいしか時間は残されていないから。

「今日、ある計画を実行するんだ。二人には、それを最初から最後まで楽しんで欲しいな」

「勿論、昼過ぎには終わるから。そしたら、アラストの町に行こうよ、天也!」

 ユーギがユキの後ろから抱きつくようにして身を乗り出し、ニッと笑う。

 そこへ、この場にいる可能性の低いはずのサラがやって来る。彼女は美里に向かって軽く首を傾げてみせた。

「美里はあたしたちとも話してよ? 晶穂も貸してあげるけど」

「……別に、私は」

「少なくとも晶穂は、あんたとまた会えることを楽しみにしてた」

 そっぽを向く美里の前に回り込み、サラはそう重ねて言う。普段遠くに住んでいるために通話でしか話すことは出来ないが、サラが美里のことを話題に出すと「もう一度たわいもない話をしたい」と晶穂は言うのだ。

「あんたともう一度『友だちになりたい』って。本人の口から聞いて」

「……わかった。それで?」

 何を手伝って何を見せられるの。美里が尋ね天也が頷くと、ユキを中心に計画の流れが語られた。

「……ということなので、二人は先に中庭に行ってて下さい!」

「サプライズか〜! いいね、楽しそうだ」

「あの二人、流石に察するんじゃない?」

 結婚すると報告した矢先のことだ。察しが良くなくてもわかるだろう、と美里は指摘する。

 しかし、銀の華のメンバーは全員が首を横に振る、もしくは微妙な顔をした。

「え、何? もしかしてわからないとか言うんじゃないだろうな?」

「そのまさかだよ」

 苦笑したジェイスは、目を丸くする美里に言った。

「自分のこととなると、一気に解像度が下がるみたいなんだ。サプライズを起こす身としては、やりやすくて良いんだけど」

「……純粋過ぎる」

 驚きを通り越して呆れる美里に、克臣は「そういうわけだから」と話を続ける。

「ジスターたちと向こうによろしくな」

「わかった。行こう、天也」

「はい」

 美里や天也たちを中庭に送り出した後、残ったメンバーで椅子や机を移動させる。これからこの部屋は真っ暗になるため、ぶつかって怪我をしないようにするためだ。

 ガタガタと動かし、広いスペースを確保する。カーテンも閉じてしまえば、日光が遮られた。

 ユキたちはそれぞれの立ち位置に行き、それを確認したジスターが照明のスイッチに手を置く。

「よし、暗くするぞ」

「おー」

 パチン、と照明を消すと今度こそ真っ暗になる。ジスターの「じゃあ」という声を最後に、一旦開いた扉が閉じられる。部屋に残った者たちは、息を潜めてその時を待った。




 そして今、ユキたちはリンと晶穂の支度を整えてその場を去る。

 去り際、ユキはリンの目と口とを塞いでいた布を取った。そして、一言だけ声をかける。

「頑張ってね」

「何がだよ……。おい、ユキ!」

 兄に呼び止められても、今日は聞けない。晶穂を着替えさせていたサラたちと合流し、そっと部屋の隅に隠れた。

 一人取り残され、リンは軽く息をつく。

「全く、何なんだよ……?」

 新手のいたずらなのだろうが、天也と美里の歓迎会にしたって手が込んではいないだろうか。ユキたちの楽しそうな声から察するに、悪いことではないのだろう。

 その場に胡座をかき、何かが起きるのを待つ。うろうろしても良いが、下手に動いて怪我をしてはいけない。

(晶穂はどうした……?)

 一緒に部屋に入ったはずの晶穂はどうしたのか。リンは気になり、声を張らずに呼んでみる。

「晶穂……?」

「あ……リン?」

「何だ、意外と近くにいるんだな」

 声のした方向に手を伸ばすが、何にも触れない。そちら側から晶穂の「んーっ」という声が聞こえるが、指が触れ合うことはない。

「……壁?」

 少し腰を浮かせ、晶穂の声のする方へ移動する。そして再びリンが手を伸ばすと、何か固い物に指がぶつかった。

「晶穂、いるのか?」

「リン、いるよ。……壁がある?」

 どうやら、リンと晶穂は壁を挟んで隣りにいるらしい。それが気配でわかり、リンはほっと胸を撫で下ろした。

「ああ。……ったく、あいつら一体何を考えてるんだ。下手に動くわけにもいかないしな」

 コンコン、とリンが壁を叩く。そしてふと「ん?」と呟いた。

「どうかした?」

「この壁から、ジェイスさんの魔力を感じる」

「……本当だ。っていうことは、気の力の?」

「全員グルか。何をしようってんだよ、あいつら」

 リンは怒っているような口ぶりだが、晶穂には怒りよりも別の感情が見える。それに気付き、ふふっと小さく微笑んだ。

「何だよ?」

「だって、リンも楽しそうだから。怒ってるって言うより、仕方ないなぁって困りつつ、何が起こるのかどきどきしてる感じ」

「流石だな、晶穂。的確」

 ふっと息だけで笑い、リンは暗闇を真っ直ぐに見つめた。

「仲間のやることだから、ちょっと楽しみでもあるんだ。何をやらかすんだろうって」

「うん、わたしも」

 暗闇に目が慣れても、光源が一切なければ何も見えない。それでも、気配だけは感じられる。

 リンと晶穂は互いの存在を感じつつ外の動きを待っていたが、突然目の前が明るくなって思わず目を閉じた。

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