第771話 仲間の企て

 リンの連絡を受け、廊下の向こうからユーギが走って来た。

「天也、美里も久し振りだ!」

「うおっ!?」

 バターンと音がしたと思えば、ユーギにタックルまがいの勢いで抱きつかれた天也が、ユーギもろとも倒れ込んだ音だ。その隣で、目を丸くした美里がぽつりと呟く。

「……勢いつけ過ぎ」

「おれもそう思う。全力過ぎだろ、ユーギ」

 美里に同意したのは、倒れた音を聞きつけて駆けて来た唯文だ。一緒に来たユキと共に二人を立たせ、眉を寄せる。

「慌てなくて良いって言っただろ。怪我したらどうするんだよ?」

「だってさ、嬉しくて! 唯文兄も、朝から頭ぶつけるくらいには楽しみにしてたよね?」

「え、マジで? ちょっと詳しく」

「言わなくて良いからな、ユーギ!?」

 身を乗り出した天也を制し、唯文はユーギの肩を掴む。しかし、ユーギは「どうしよっかなぁ」と楽しそうだ。

「みんな、天也くんは兎も角、美里さんは困ってるよ。一旦落ち着いて」

「良いこと言うね、春直」

「ユキも、ぼくが来る前に止めてくれても良かったんだよ?」

 年少組で最後に現れた春直に注意され、唯文とユーギはバツの悪そうな顔をして顔を見合わせた。それから見守っていたリンたちに気付き、パッと顔を赤らめる。

「す、すみませ……」

「楽しみにしてたんだから、良いだろ。とりあえず、二人を一旦食堂に案内するのを頼んでも良いか? なんか、色々準備してるんだろ?」

「うん!」

「はい」

 唯文たちは客人二人を連れて行き、リンと晶穂は嵐が去ってほっとした。

「俺たちも行こうか」

「うん。……あ」

「どうした?」

 リンが尋ねると、晶穂はわずかに視線を彷徨わせてから目を上げた。

「手、繋いだままだったね」

「あ……」

 扉が開いたら離そう。そう言っていたはずなのに、いざその時が来たら忘れて手を繋いだままにしていた。

「……二人に見られたよな、確実に」

「多分」

 ふふっと笑った晶穂は、手を離そうとして動きを止めた。何かおかしいと思って視線を落とせば、リンが晶穂の手を掴んだままなのだ。

「り、リン?」

「ちょっと、惜しくなった。だから、食堂に入る前に離すから」

「……うん」

 もう少しだけ。二人は指を触れ合わせたまま、少しだけいつもよりも時間をかけて食堂へと向かった。

 とはいえ、五分もかからずに食堂へは到着する。

 食堂まであと五メートル程のところで手を離し、そのまま進むつもりだった。しかしリンは、その手前で物音に気付く。

「ん……? 何か聞こえる?」

「本当だ。何だろ?」

 カタカタ、ガタガタと明らかに話し声ではない音がする。更に二人が慎重に歩を進めると、物音が消えた。

「……みんないるはず、だよね?」

「そのはずだ。ジェイスさんや克臣さんたちもいるから、滅多なことは起きないと思うんだけど」

 そうは言いつつ、リンはわずかに不安を覚えた。天也と美里を迎え、更にこの時とばかりに狩人の残党による襲撃でも起きたか。

「晶穂、俺が見てくるから一旦ここで……」

 待っていてくれ。そう言おうとしたリンの服の裾を、晶穂が掴んで首を横に振った。

「嫌だ。わたしも一緒に行く」

「……無茶はするなよ」

「リンもね」

 二人してゆっくりゆっくり、食堂へ近付く。そして目を合わせ、一気に踏み込んだ。

「え……」

「真っ暗?」

 食堂は、照明を消されカーテンも引かれて真っ暗だった。振り返れば、廊下には窓から燦々と陽の光が入っていて明るい。

 一体何があったのか、とリンが「ジェイスさ……」と頼れる義兄を呼ぼうとした矢先のこと。突然横から体を引っ張られた。

「うわっ!?」

「きゃっ!」

 リンだけではなく、晶穂も引かれたらしい。彼女に手を伸ばす暇もなく、リンは口を塞がれた。更に目も布で覆われ、鼻は出ている。息は出来た。

「……!」

「悪いな、リン。ちょっと付き合ってもらうぞ」

 背後から聞こえて来た声は、リンにとって聞き覚えのあるものだった。

(克臣さん!?)

 一体何を企んでいるのか。リンはそれを問うことも出来ないまま、なされるがままに任せた。克臣の他にも複数の気配があり全員が黙っていたが、それでもユキや唯文たちの声が漏れ聞こえる。

「団長、すみません」

「下手に動かないでよ……」

 ごそごそと動く者たちが、リンの服を脱がしにかかる。驚いたリンは抗おうとしたが、楽しそうに密やかに笑う克臣に手を掴まれた。

「まあ、大人しくしとけ。悪いようにはしないから」

「……」

 ここで抵抗しても長引くだけだ。拘束しているのが気心の知れた相手であったこともあり、リンは体の力を抜いた。何かを着せられ、身につけさせられる。

(晶穂は、俺と同じような状況なんだろうな)

 何がどうなっているのかもわからず、リンは離れてしまった晶穂のことをぼんやりと考えていた。


「……?」

 リンと同様、晶穂もまた、目と口を布で覆われ暗闇の中に立たされていた。そして、彼女の場合は目の前に立った誰かが楽しそうに話しかけて来る。

「晶穂、すっごく可愛くするからちょーっと我慢してね?」

(サラ!?)

 今、ソディリスラにはおらずノイリシア王国にエルハと共に住んでいるはずのサラ。何故彼女がここにいるのかと聞くことも出来ないまま、晶穂は自分が何かを着せられていることだけを理解した。

 サラのものらしき手が晶穂に後ろから抱きつき、あっと声を上げる。

「晶穂、細くない? ちゃんと食べてる?」

「サラちゃん、晶穂ちゃんは今喋れないから」

「そうだった、そうだった」

 てへっとでも言いそうな調子で、サラはもう一人の誰かに「ごめんね」と謝る。謝られた誰かも「仕方ありませんね」と微苦笑を浮かべたようだった。

(これは多分、一香さん。じゃあわたしたち以外のみんなが関わっている……?)

 リンは大丈夫だろうか。恋人のことを案じながら、晶穂は若干の不安と共になされるがままに従っていた。

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