扉が再び繋ぐ

第769話 フレンチトースト

 五月十日。朝から爽やかな晴天に恵まれ、銀の華のメンバーは朝からそわそわしている者が多かった。

 その最たるものは、朝から食器棚に頭をぶつけている。

「……うわっ」

「唯文、大丈夫か?」

「いった……。はい、大丈夫……です」

「涙目になってるぞ」

 克臣が苦笑いを浮かべ、唯文の頭をぽんぽんと撫でる。目当ての食器が下側の引き戸の中にあり、それを見付けて立ち上がった瞬間に、空いていた扉で頭を打ったのだ。

 ギリギリ座り込まず、その場で痛みに耐えていた唯文は、ようやく痛みが引いてほっと胸を撫で下ろした。

「もう大丈夫、です」

「そうか。……にしても、珍しいな。唯文がそんな風になるなんて」

「ちょっと、気が緩んでいるんだと思います。今日、扉が開くから」

 肩を竦め、唯文は笑う。普段落ち着いている唯文が浮かれているのを見て、皆優しく見守っている。

 照れくさくなった唯文は、ぱっと顔を背けた。そして食器を黙々とテーブルに並べていく。

 そんな唯文の前に回り込み、ユーギがニッと笑った。全く悪気はない。

「天也もきっと、唯文兄と会えるの楽しみにしてるよ!」

「……お、おお」

「あれ?」

 きょとんと首を傾げたユーギと、何とも言えない気まずそうな顔をした唯文。そこへ助け舟を出したのは、微苦笑を浮かべたジェイスだった。

「ユーギ、そういうのを追い込んでいるって言うんだぞ」

「え? あ、そうだったのか。ごめんね、唯文兄」

「いや、おれもうまくリアクション取れなくて悪かった」

 ジェイスの言葉で、ユーギと唯文の微妙な空気は落ち着いた。ほっとして、ジェイスは見守っていたメンバーに笑みを向ける。

「――さ、もうすぐ出来上がるから。みんな椅子に座って」

「ぼく、あっち手伝って来るね」

「あ、ぼくも行くよ」

 ユキと春直がキッチンへと向かうと、晶穂と真希、そして一香とジスターがそれぞれの場所でキッチンに立っていた。食事作りは当番制だが、そこに何人かが手伝いで入ることも多い。今朝の当番は晶穂と一香で、真希とジスターは手伝いだ。

「真希さん、何かすることありますか?」

 春直が近くにいた真希に尋ねると、彼女は膝を少し曲げて少年と視線の高さを合わせて微笑んだ。

「ありがとう。じゃあ、あっちで晶穂ちゃんが作ってるフレンチトーストを運んでくれる?」

「はい!」

「ぼくも何かするよ?」

 一方、ユーギが声をかけたのは一香だ。こちらは料理練習中のジスターに教えながら、サラダとスープを作っている。

「ユーギ、これをテーブルに持って行ってくれるかな? あと、みんなの分の取り皿もお願いします」

「ユーギ、宜しくな」

「任せて」

 一香にサラダボウルを手渡され、ユーギは食堂へ戻るために踵を返す。それからちらりと振り返ると、ジスターの包丁の持ち方を手取り足取り指導する一香の姿があった。意外と不器用らしいジスターに、一香が笑いながら教えている。

(なんだ。こっちも仲良さそう)

 ふふっと小さく笑い、ユーギは速足で食堂へと戻った。


 今朝のメニューは、フレンチトーストとサラダ、そしてポタージュスープだ。

 ミルクと卵をたっぷりしみ込ませたフレンチトーストにバターと蜂蜜をかけ、晶穂は一口大に切って口に入れた。溶けるように口の中に広がる甘みに、頬が緩む。

「……うん、おいしい」

「晶穂ちゃん、どんどん料理の腕が上がるわね。この前作ってくれたクリームコロッケもおいしかったし」

「本当ですか? 真希さんに褒めてもらえると嬉しいです!」

「ふふ、本当よ。ね、明人」

「うんっ」

 克臣の妻として彼を支えてきた真希は、リドアスに来てからも料理を始めとした家事面で皆を支えている。しかし彼女の負担が増えないよう、晶穂や一香が手伝いを申し出ることも多い。

 また、明人もお兄さんがたくさんできて喜んでいるようだった。真希が忙しい時は、ユーギや唯文たち年少組やジェイスやリンたち年長組も息子と遊んでくれる。日本にいた時にはなかった繋がりや自然な助け合いに、真希は随分と助けられているなと感じていた。

(克臣さんに出会わなければ、結婚しなければ、きっとここにいることもなかったんでしょうね)

 ちらりと隣に座る夫を見上げれば、丁度ポタージュを飲み終わるところだ。底の深い器が空になり、克臣が真希に見られていることに気付いて首を傾げる。

「……どうした?」

「ううん。楽しいなあって思っただけよ?」

「そうか。……そうだな」

 ふっと目を細め、克臣は何となく食堂を見渡す。そこにいるのは気心の知れた仲間ばかりで、気持ちが勝手に緩んでいく。

(やっぱいいな、ここは)

「ぱぁぱぁ?」

「ああ、ごめんごめん」

 無意識に膝の上に乗っていた明人の頭を撫で回していたらしい。フレンチトーストが食べ辛かったらしく、明人が頬を膨らませた。

「――あ、明人くんの口元にジャムかな? ついてますよ」

 気付いたのは、斜め向かいに座っていた晶穂だ。彼女は身を乗り出し、ティッシュで明人の口元を拭う。

「……取れた」

「あいあと!」

「どういたしまして、明人くん」

 舌足らずな明人に微笑みかけた晶穂に対し、真希も礼を言った。

「ありがとう、晶穂ちゃん」

「いいえ、そんな……」

「晶穂ちゃんは、きっと良いお嫁さんになるわね」

「――えっ!?」

「――ごほっ」

 ほぼ同時に、晶穂とリンが反応した。真っ赤に顔を染める晶穂と、飲んでいた紅茶でむせるリン。そんな二人の反応を、克臣が見過ごすわけもない。

「……おやぁ? 晶穂は兎も角、何でリンまで咳込むかなぁ?」

「克臣、煽り過ぎ」

「痛ぇ」

 ゴンッと制裁を加えたジェイスは、隣のジスターに背中をさすられているリンに視線を向けた。克臣はからかい過ぎだと思ったが、彼もリンの反応が気にならないわけではないのだ。

「リン、何かあるのかい?」

「……はい」

 呼吸を整え、リンはしっかりと頷いた。

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