五月の扉

第766話 昼下がりの作戦会議

 日々は刻々と移り変わり、青葉の色が濃く美しくなる季節になった。少しずつ汗ばむ日が多くなり、ユーギは早いかと思いつつも冷凍庫を開けた。

「よし、食べよ!」

「何してるの、ユーギ?」

「あ、ユキ!」

 ユーギが振り返ると、そこにはきょとんとした顔のユキが立っていた。彼に向かって、ユーギは手にしていたものを見せる。

「アイス。さっきお店で買って来たんだ。ちょっと暑くなってきて、食べたいなぁって思っちゃって」

「確かに、アイスのおいしい季節になってくるよな。ぼくも食べたい」

「箱で買って来た棒アイスだから、たくさんあるよ。好きなの選んで」

「やったね。ありがと」

 早速冷凍庫を開けると、ユキは少し悩んでからソーダ味の棒アイスを選んだ。ちなみにユーギはチョコアイスを食べている。

 二人して食堂の隅の椅子に腰かけ、おいしそうにアイスを頬張る。あまり暑くない日だが、放置しておくとアイスはどんどん溶けてしまう。時間との勝負だ。

「そういえば、ユキはあの用意どう?」

「ああ、あれ? ばっちり進んでるよ」

「ぼくも進んでる。前回よりももっと良いものにしたいもんね」

 グッと拳を握り締めたユーギに、ユキも頷く。

「そうそう。天也にもうすぐ会えるし、楽しんでほしいよね!」

「頑張ろう!」

 ごちそうさま。元気に手を合わせ、ユキとユーギは残った棒をゴミ箱に捨てて食堂を出て行った。

 彼らと入れ違いにやって来たのは、克臣と春直、そしてジスターだ。

 克臣はユキたちが去って行った方を見やり、ふっと笑う。

「あいつら元気だな」

「そんなこと言って。オレたちも今の今まで外で走り回っていたんですよ」

「そうなんだけどさ。何か違うじゃん」

 けらけら笑った克臣は、二人を席に座らせると自らキッチンに行こうとした。

「あ、オレ入れますよ」

「良いって。昨日、うまい紅茶を貰ったんだ。それ入れてやるよ」

 座っててくれ。そう言って、克臣はキッチンへと消えて行った。

 それ以上引き止めるわけにもいかず、ジスターは自分が座っていた椅子に戻る。隣に座る春直が苦笑いを浮かべた。

「克臣さん、やらせてくれないでしょう?」

「こういうのは、新人の役目なのかと思っていたんだが……。つくづく、ここの人たちはオレの常識を打ち壊してくるな」

「楽しそうに笑うようになりましたね」

 くっくと笑うジスターに、春直が嬉しそうに言う。すると指摘されたジスターは、きょとんと目を丸くした。

「してるか、嬉しそうに?」

「してますよ。最初より、随分と」

「……そっか」

 よかった。ジスターがそう呟いた時、カタンと目の前に紅茶のカップが置かれた。見上げれば、克臣がニッと笑っている。

「ジスターは、かなりここでの生活に慣れたよな。一香の手伝いもしてるんだろう?」

「手伝いと言えるかどうか……。ここでの生活を、一から教えてもらっています。ようやく、色々合格点が貰えるようになりましたけどね」

 紅茶を一口飲み、ジスターは目を見開いた。

「凄く、茶葉の味が濃いですね。香りも」

「お、わかるか? 普通の倍、熟成させて作られた高級茶なんだと。試作品だと言って貰ったんだ」

「……うん、美味しいです!」

「そりゃよかった」

 春直もしっぽをぱたんと振り、克臣はご満悦だ。

 三人は先程まで、三つ巴で鍛錬していた。剣術と体術、操血術、そして水の魔力という全く違う力で戦う三人で一度やってみようと提案したのは克臣である。

 しばし雑談に興じ、ふと克臣が「そういえば」とジスターに話を向ける。

「ジスターは、一香とはどうなんだ?」

「どう、とは?」

「簡単に言うと、ジスターは一香のことは好きなのかって聞きたい」

「……目茶苦茶直球ですね、克臣さん」

 お茶請けにと出して来たクッキーをかじり、春直が呆れ声で言う。クッキーの甘みが口の中に広がり、その顔はすぐほぐれてしまったが。

「……」

 当のジスターは目を瞬かせ、少し考える様子を見せた。そして、小さく肩を竦める。

「好きですよ、一香のこと。でもこれが、克臣さんの言うような感情かどうかはまだ」

「お前もリンによく似てるな。奥手で、でもちゃんと相手を大事にする」

「……褒めてるのか貶してるのか、どっちとも取れますね」

「褒めたと思っていてくれて良い。あいつもジスターも不器用で、でも最後には良い答えに辿り着くから」

「はぁ」

 気の抜けた返答をしたジスターに、克臣は「ま、食えよ」とクッキーの入った皿を指差す。それに素直に応じるジスターを眺めていた克臣は、紅茶をごくりと飲み干した。

「いよいよ五月……ってことで、もうすぐだな」

「あと五日です。みんな、準備してますよ」

 目を輝かせ、春直が意気込む。彼が何をしているのかを知る克臣は、うんうんと頷いた。

「それは俺も聞いてる。あの二人にバレないようにしないといけないからな……気を張るぜ」

「そう言いつつ、楽しそうですよ。克臣さん」

 そう指摘し、ジスターは紅茶を半分ほど飲んだ。紅茶は既に熱くはなくなっているが、風味が良く冷えてもおいしい。

「まあな。楽しみじゃないわけがない」

 克臣が思い浮かべるのは、彼の大事な弟分のこと。先日ようやく恋人にプロポーズをしたと報告してくれ、嬉しそうにしていた。彼を知らない人にはわからないほどの変化で、克臣はジェイスと共にニヤニヤしながら話を聞いたものだ。

「常に落ち着いて大声も出さないあいつが、終始そわそわして落ち着かなかったからな。普段ぶつからない所で頭を打ったり、躓いていたりするのも見たぞ」

 くっくと肩を震わせた時に携帯端末が鳴り、画面を見た克臣は「おっ」と小さく声を上げた。

「どうかしましたか?」

「サラだ。ちょっと話してくる」

 そう断ると、克臣は端末を耳にあてながら廊下へと出て行った。

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