第763話 古代カフェ

「兄さん、大丈夫かな?」

 昼食にオムライスを頬張りながら、ユキが向かいに座るジェイスに問い掛ける。既に食後のコーヒーをたしなんでいたジェイスは、少年の問いに苦笑で応じた。

「どうかな? 晶穂の前ではある程度かっこつけるだろうけど」

「んー。兄さん、晶穂さんと二人きりだとポンコツだからなぁ」

「実弟は手厳しいな」

 ふふっと笑いながら、ジェイスはユキの言葉を否定しない。普段は責任感が強くしっかり者のリンだが、恋人と二人の時は別の面が強く出やすい。良い具合に気が抜けているのだろう、とジェイスは克臣と共に微笑ましく見守っている。

 そんなジェイスに対し、ユキも別に兄のそんな姿が嫌ではない。むしろ長く近くにいられなかったこともあり、険しい顔ばかりさせたことへの負い目もあるのだ。

「兄さんには、もっと肩の力抜いて欲しいんだよ。晶穂さんだけじゃなくて、ぼくやみんなにも、もっと頼って良いんだよって」

「昔に比べれば、かなり頼るようになってきたけれどね。ユキはもう少し頼って欲しいのかい?」

「うん。いつか、兄さんを超えたいからね」

 ニッと歯を見せたユキは、何もなくなった皿をシンクに運んで行く。ユキの後ろ姿を眺めながら、ジェイスは美味しそうにコーヒーを飲み干した。





 リンと晶穂が見付けていたカフェはほぼ満席だったが、二人はタイミング良く最後の席に案内された。「ギリギリだったみたいだな」

「よかった、座れて」

 店員の女性から水とメニュー表を受け取り、晶穂が微笑んだ。

 二人が見付けたカフェは、博物館の傍にあるという立地もあって、少し古めかしい雰囲気が漂う。古い建物を改修して作ったというカフェの壁には、化石が幾つも飾られていた。

「お待たせしました」

「ありがとうございます」

「デートですか? ごゆっくりどうぞ」

 にこにこと微笑んだ女性は、リンたちの返事を待たずにそそくさと去ってしまった。二人はしばし顔を見合わせ、若干の気まずさを味わう。

 とはいえ、それで何かが壊れるわけもない。気を取り直し、晶穂はプレートを見て微笑んだ。

「さ、食べよ」

「ああ。それ、太古の火山をイメージしたオムライスだっけ? ソースが溶岩みたいだな」

 晶穂が選んだのは、古代噴火した火山をイメージしたというオムライスだ。ドロドロの赤いソースは、まさしく溶岩流のよう。岩に見立てた野菜や肉も大きくカットされており、黄色い卵を覆い尽くしている。卵の絨毯の下には、ケチャップライスが包みこまれているらしい。

「真っ赤だけど、辛くないって書いてあった。トマトみたいな野菜を使ってるのかな? リンのは、海をテーマにしたカレー?」

「そう。思ったより青みが深いな。……これは、何で染めてるんだろう?」

 首を傾げるリンの言う通り、深海をテーマにしたカレーは深い深い青色をしている。中辛というそれにも、大きな肉や野菜がゴロゴロ入っていた。どうやらご飯は真っ白で、ルーの間から覗いている。

「この後、デザートもあるから。楽しみ」

「そうだな」

 二人して手を合わせ、頂きますと挨拶した。どうも日本にいた期間の長い二人は、その挨拶を忘れられない。忘れる必要も感じていない。

 オムライスを一口食べ、晶穂は目を丸くした。

「……んっ、おいしい!」

「本当だ。ルーの味、思った以上にうまいカレーだ」

「こっちもソースに甘酸っぱさがあって美味しいよ。ご飯もふっくらしてる」

 にこにこと食べ続ける晶穂に優しい視線を向け、リンもまたスプーンを進めた。丁度良い辛さのルーが、ご飯に絡む。色こそ奇抜だが、味は申し分ない。

 空腹も調味料となり、二人はあっという間に食べ終わった。その後、怪獣の卵という名前のケーキが運ばれて来る。鶏の卵の一回り大きな卵の形をしたホワイトチョコレートにフォークを入れると、卵が割れて中のスポンジと生クリームが現れる。間には果物が挟んであり、甘いチョコレートとの相性も良い。

「こういうの、家で作るのは結構難しいよね。お店で美味しく食べられるの嬉しいなぁ」

「ああ。……今度、ユキたちも連れて来るか。喜びそうだよな」

「うん、連れて来てあげよう! それとも、教えたら四人で行っちゃうかな」

 行動力のある年少組のことを思い、晶穂は目元を和ませた。

「そうだ、この後はどうする?」

 卵ケーキの上半分を食べ終え、リンは一度フォークを置いた。リドアスに変える選択肢もあるが、リンとしてはある目的を果たすまでは帰りたくない。

 そんな彼の思惑を知らず、晶穂は「だったら」と鞄の中からパンフレットを取り出す。それを開き、リンに見せた。

「この近くに、青いお花の花畑があるんだって。観光地として有名にしようっていう取り組みをしているんだって書いてあったの。丁度綺麗な時期だから、行きたいなって」

「本当だ。そんなにここから遠くもなさそうだし、行ってみようか」

「嬉しい、ありがとう」

「……ああ」

 本当に嬉しそうな表情を見せる晶穂に癒しを感じつつ、リンはさっきよりも甘く感じるケーキを完食した。

「リンは行きたい所はないの? わたしの行きたい所には今から行くし、リンのももしあったら教えて欲しい」

 会計を済ませてカフェを出た直後、晶穂はリンにそう言った。青い花畑の方へ向かいつつ、彼にも我儘を言って欲しいと思ったのだ。

 真剣な顔の晶穂に気圧され、リンは目を泳がせる。行きたい所はあるのだが、ここで言っても良いものだろうかと。

(でも、もったいぶるのもかえって怪しいよな)

 バレないようにと心の中で祈りつつ、リンは「後出しだけど」と口を開く。

「実は、その花畑は俺も行きたいと思っていたんだ。正しくは、花畑の中に建っている展望台に」

「展望台があるの? 知らなかった。……でも、おんなじこと考えてたんだね。ふふ、何か嬉しいな」

 嬉しそうに笑う晶穂にほっとして、リンは再びそっと彼女の手を取る。すると晶穂も手を握り返してくれ、よく見ると耳まで赤くしていた。

(俺も同じような顔してるんだろうな)

 気恥ずかしさを感じながらも、リンは照れ隠しで饒舌になる晶穂の話に耳を傾けた。ほとんどが仲間たちとのエピソードで、ゆっくりと気持ちが落ち着いていく。あんなことがあったこんなことをしたと盛り上がっているうちに、いつの間にか目的地の近くまで来ていた。

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