第762話 博物館デート

 その日は、朝から天気が良かった。晴れ渡っていたが暑すぎず、心地良く風も吹いている。

「……。何か、緊張するな」

 リンは今、アラストのとある公園のベンチに座っていた。目の前には大きな噴水があり、キラキラと輝く水を噴き上げている。陽の光が反射しているのだが、何となく落ち着かない。

 今日は、久し振りに晶穂とのデートの日だ。デートの時、二人は大抵外で待ち合わせをする。その方が特別感がある気がして、そうしてしまう。しかし、仲間たちには筒抜けのために秘密にはならないのだが。

(待ち合わせ時間までには、まだもう少しあるな)

 後十分程か。リンは腕時計を確かめ、自分のそわそわ具合に苦笑した。

「お待たせ!」

 その時、こちらへ向かって来る誰かの足音が聞こえた。リンが顔を上げると、グレーの髪をふわふわと風に遊ばせた晶穂が顔を赤くしてやって来る。走って来なくても逃げないのに、とリンは小さく微笑んだ。

「よう、晶穂」

「おはよ、リン」

 駆けて来た晶穂は、ふんわりと巻いた髪をバレッタでまとめている。春らしい桜色のワンピースが風に揺れた。

「ごめんね、待たせたよね?」

「俺が早く来過ぎたんだ。……用事が早く終わったからな」

「そういえば、この前に用事を済ませるって言っていたけど……終わったならよかった」

「ああ。行こうか」

「うん」

 並んで歩き出し、互いの指が触れ合った。ビクッと一瞬離れたが、リンと晶穂は顔を見合わせて吹き出す。

「……ふっ」

「ふふ。あのね、リン」

「何だ?」 

 目を瞬かせてリンが尋ねると、晶穂は頬を赤らめてリンの指に自分の指を絡ませた。おずおずと握り、照れ笑いを浮かべる。

「で、デートだから……手を繋ぎたいなって思って……いい、かな?」

「……断る理由がないよ。俺も、そうだし」

 手でにやけそうになる口元を隠し、リンは晶穂の手をしっかりと握り返す。じんと汗が浮かんでいる気がしたが、構いはしなかった。

「……行くぞ。隣町まで行くんだからな」

「うん、行こっ」

 少々ぶっきらぼうな言い方になってしまうのは、リンの照れ隠し。言い方は荒くなっても、晶穂の手を握る力は優しく力強い。

 ちらりと晶穂はリンを見上げたが、彼はまっすぐ前を向いていて気付かない。

 今日のリンは白のポロシャツの上に紺色のパーカーを羽織り、細身のシルエットが映えるパンツを穿いている。晶穂が淡い色目なのとは対照的だ。

(うう、かっこいいなぁ)

 流石、学生時代にファンクラブを作られていただけはある。リン本人は興味なしだったが、晶穂は少し色々あったためによく覚えていた。

 歩きながらも、晶穂は何となくリンを見つめてしまっていたのだろう。しばらく黙っていたリンは、不意に立ち止まって晶穂をまじまじと見つめた。

「ど、どうかした……?」

「それはこっちの台詞。……見過ぎ」

「へっ!?」

 かあっと顔を赤くしているリンにつられ、晶穂も心臓の音がドクンドクンと五月蝿く感じられる。耳元で鳴り響くようなそれに戸惑いながら、晶穂は「だって」と目を逸らして口を開いた。

「見ちゃうんだもん。か……彼氏がかっこ良いから」

「……ああもうっ、さっさと行くぞ」

 晶穂の手を引き歩きながら、リンは暴れる心臓を持て余していた。自分よりも小さくて細い手を壊れないように掴み、彼女が自分を見つめていた表情を思い返してしまってまた欲求を抑え込む。

 今日は、隣町にある博物館へ行くのだ。文化の面からソディリスラの歴史を振り返る展示会が催されており、以前からソディリスラの歴史に興味を向けていた晶穂が提案した出掛け先だった。その近くにはカフェもあり、昼食はそこで食べるつもりだ。


「――楽しかった~」

「ああ。昔の人の技術は凄いな。あんな硬そうな石を加工して、アクセサリーにしてしまうんだから」

「彫刻も細かくて。それに、綺麗に装飾された本の表紙も綺麗だった」

 博物館の展示を見終わる頃には、リンと晶穂の照れによる気まずい空気は失われていた。展示品は二人共固唾を呑んで見つめ、静かな博物館の空気ごと楽しんだ。

 土産物売り場も充実しており、展示品のレプリカやクッキー、紅茶、アクセサリー等が並べられている。二人は仲間たちへのお土産に、とアイシングされたクッキーの詰め合わせを購入した。

「あ」

「どうかしたか?」

 予定よりも早く博物館を出た二人は、近くの商店街をぶらぶらすることにした。その中で、晶穂がとある店の前で足を止める。それは、綺麗な石や規格外の小さな宝石などを組み合わせて作られたアクセサリーのショップだ。

 じっと店先を見つめる晶穂の視線の先をたどったリンは、そこにある薄い水色の花モチーフにしたブローチを見付けた。

「綺麗だな、それ」

「リン」

 振り返ったリンに、晶穂はブローチを指差して見せる。水色の半透明な花びらが幾重にも重なりあって、色は少ないが華やかなブローチだ。

「ね、陽の光にかざすとキラキラしてる」

「ああ。晶穂はそれが気に入ったのか?」

「うん。……って、リン!?」

 晶穂が見ていたブローチを手に取ると、リンはさっさとレジに行ってしまった。びっくりしつつも晶穂が待っていると、数分で戻って来た。

「……はい」

「え、でも」

 赤いリボンのかかった小箱を受け取り、晶穂は戸惑いを浮かべる。

 そんな晶穂の困惑を見越していたリンは、微苦笑を浮かべて晶穂の手ごと箱を両手で包み込んだ。

「俺があげたいだけだから。……今日の記念だと思って貰ってくれ」

「は、はい。……ありがとう、大事にするね」

「おう」

 嬉しそうに笑う晶穂が箱のリボンを解くのを見ていたリンは、彼女に「付けてみたら?」と提案した。二人が立っていたのは、丁度小手院外のメイン通りを一歩入った人通りの少ない小道で、端に寄っていれば邪魔にはならない。

「――ん」

 素直に頷いた晶穂は、自分の胸元にブローチを飾る。そして、嬉しそうに微笑んだ。

「どう、かな」

「似合ってる。……かわいい」

「――っ、ありがと」

 ふわりと花が咲くように微笑む晶穂の髪を梳き、リンはハッと気付いて手を引っ込めた。そして、腕時計を確認する。

 そろそろ昼食の頃合いだ。

「飯食おう。で、後のことも話そうか」

「そうしよっか」

 二人して照れてしまい、ぎこちなくなる。それでも手だけは優しく繋いで、二人はカフェへと足を向けた。


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