結びの章

春が来て

第761話 鍛錬の仕合

 荒魂の件が落ち着き、冬が過ぎて春となった。

 日本で言えば四月となり、暖かく過ごしやすい日々がやって来ている。年少組は特にテンション高く、学校が終わると帰って来るなり出掛ける始末だ。

 ソディールでは学校制度が整い始めたが、必ず通わなければならないというものではない。しかしユキたちは、自ら望んで行ける時に学校に通っていた。

「リン団長」

「どうした、唯文?」

 ある日、リンは学校から帰って来た唯文に呼び止められた。振り返ると、真剣な顔の少年がこちらを見上げる。

「今日は、仕合をお願いしたくて」

「良いよ。外に行こうか」

 丁度、仕事も一段落ついたところだ。リンがそう言うと、唯文は嬉しそうに笑った。

 頻繁にではないが、二人は時々剣の鍛錬のために仕合をする。中庭で、リドアスの前で。場所はその時の気分だが、何処でやったとしても本気の勝負だ。

「唯文、今日は?」

「真剣でお願いします。もうすぐ五月になるので」

「そうだな。お互い大怪我しないように」

「はい」

 リンと唯文は、互いに手のひらから愛用の剣を取り出す。体を鞘として剣を仕舞う魔法は、ジェイスが教えてくれた。

「……」

「……」

 リドアスの玄関から少し距離を取った場所に、草の生えていない一角がある。その場所は、銀の華のメンバーが自身の戦闘力上昇のために鍛錬をしている場所だった。雑草が生える前に誰かが上で激しく動くため、草が生える隙がない。

 剣を構え、斬り込むタイミングを計る。当然相手も探っているため、なかなかこれだという機会はない。更に剣の使い方を熟知している同士、相手の隙を突くのは並大抵のことではないのだ。

「――っ、行きます!」

「来い」

 左足を引き、一気に加速する。唯文は「やあっ」という気迫と共にリンに斬りかかり、リンもその剣を剣で受け止め弾き返す。キンッという金属音が響き火花が散った時には、唯文は既にリンの視界から消えている。

(流石、身軽だな)

 犬人の唯文は、身体能力が高い。本人は狼人のユーギには敵わないとよく口にするが、剣さばきが加わったことで、敵にとっては戦いにくい相手になっている。

「はぁっ!」

「つっ……。まだだ!」

 激しく打ち合い、息を弾ませる。険しい顔で振るう剣は、しかし丁寧で探るような気配もあった。

「お、やってるな」

「克臣、邪魔はするなよ?」

「わかってるさ」

 廊下を歩いていた克臣が足を止め、その克臣をジェイスが制する。くっくと笑った克臣は、そのまま窓辺に寄って窓枠に上半身を預けた。

「ようやく落ち着いて色々出来るようになったな」

「そうだね。扉が再び開くまで、あと一ヶ月。何事もなく過ごせれば良いんだけれど」

 特に急ぐ用事もないため、ジェイスも克臣に合わせて窓の外を見る。二人が見つめる先では、リンと唯文が相変わらず仕合を続けていた。

「――これで、どうだ!」

「くっ!」

 なかなか決着へと結びつく一手を見出せず、唯文は焦った。焦るままに剣を突き出したが、それが意外とリンを驚かせる。

 間一髪で剣を躱し、リンは剣の腹で唯文の剣を押さえた。そのまま傍にいた唯文の腹に膝蹴り入れると、ふっと息をつく。

「今回はこれくらいにしよう」

「けほっけほっ。そう、ですね」

 腹を押さえ、唯文は咳込む。リンは彼の背を撫で、加減を間違えたかと手を差し伸べた。鳩尾は避けたはずだが。

「悪い。手加減はしたんだが、大丈夫か?」

「はい。焦りは禁物、ですね」

「でも、俺も咄嗟で反応が遅れた。お互い、鍛錬がもっと必要だな」

「はい」

 唯文がリンの手を掴み、微苦笑を浮かべる。

 彼を立ち上がらせ、リンは手のひらに剣を仕舞った。そこへ、仕合を見守っていた克臣とジェイスが現れる。

「良い感じだったけど。惜しかったな、唯文」

「克臣さん、ジェイスさん……。いつから見ていたんですか?」

「五分くらい前からだ。丁度見えたもんでな」

 克臣が親指で差すのは、リドアスの窓。そこが前回になっていることから、二人がそこから仕合を見ていたんだと察する。

「そうなんですね。お二人もやりますか?」

「いや、午後からにさせてもらおう。もうすぐ昼食の時間だぞ」

「そういや、真希がパスタを作ると言っていた。でかい鍋を出していたから、晶穂たちと一緒に作るんじゃないか?」

「――っ」

「そうなんですね。腹減ってきました」

 先程までわずかに痛んでいた唯文の腹は、もう痛まない。その代わり、空腹を訴える音が鳴りそうだ。唯文が苦笑いを浮かべると、ジェイスが柔らかく微笑む。

「先に行っておいで。ユキたちももう向かったから」

「はい」

 お先に失礼します。そう言って、唯文は駆けて行った。

 唯文を見送り、克臣は「さて」とその場を離れそこなったリンを見つめる。

「お前、さっき俺の『晶穂』って言葉にやたら反応していただろ」

「な、何のことですか? 俺は別に……」

 目を泳がせるリンは、どうみても「別に」という状況ではない。兄貴分二人は互いに顔を見合わせ、それぞれに肩を竦めた。

「五月、リンの誕生日もあるよな。その後は扉の約束の日もあるから、色々と目白押しなわけだが」

「……リン、覚悟が決まったのなら早めに実行した方が良いよ」

「……わかっています。迷いはありませんが、何と言うか」

「普段は結構はっきりしているのにな、お前。そっちのことになると、本当に奥手だよなぁ」

 克臣に呆れられ、リンはぐうの音も出ない。だから、ジェイスが「人のことは言えないだろ」と小さな声で克臣に突っ込んだ声は耳に入らなかった。

「リンの誕生日が五月二十日。扉が繋がるのは五月十日。……結婚式には天也も呼ぶかい?」

「――っ! ちょ、ジェイスさん!?」

 突然の爆弾発言に、リンは顔を真っ赤にしてジェイスを見た。

 弟分の思った通りの反応に、ジェイスはくすくす笑いながらいたずらっこの笑みを浮かべて言う。

「何度も言っているだろう? 早くしないとぞって」

「わかっています。あいつの優しさは、向けたいと思った誰もに向けられる。それでも、盗られたくなんてありませんから」

「明日、デートなんだろ? 頑張れ、リン。応援しているからな」

 克臣が言うように、明日は久し振りのデートだ。ようやく約束を果たせる、とリンは安堵していた。安堵と同時に、緊張感もあるが。

「……はい」

 決意を秘めたリンの返事に、ジェイスと克臣は笑い合った。

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