第759話 美里への依頼

 長い一夜を乗り越えた翌朝、リンたちの姿はとある扉の前にあった。それは、以前美里と話をした扉。彼女の喫茶店からほど近くにあるというそれは、今幾つかのレンガで開かないように塞がれていた。

 そのレンガをどけて、向こう側に人がいないか確かめる。覗き込むわけにはいかないため、扉の枠という額縁から見える範囲だけだが。

 代表してユーギが、扉の枠から体を出さないように伸び上がる。その後ろから支えるのはユキだ。

「んー?」

「どう、ユーギ?」

「誰もいないよ、美里もだけど」

「そっかぁ」

「別の扉も見に行きますか、団長?」

 唯文が尋ねると、リンは「そうだな」と頷く。

「幾つか巡って、探すしかない。こちら側に鍵穴があればよかったんだがな」

 残念ながら、鍵穴は向こう側にしかない。日本側で、全ての鍵を閉じる必要があるのだ。

 リンたちの話を聞き、晶穂もうんうんと頷く。

「仮にわたしたちが見ていない時に誰かが扉をくぐってしまっていたら、戻れなくなってしまうものね」

「年一回扉は開くから、その時戻ることも出来る。もしも美里たちが保護していたら、今日こちらに戻してやりたいんだよな」

 リンはそう言って、九人を三つのグループに分ける決断をした。このまま待っていて、美里と必ず会える保証はない。

 ちなみに、玲遠たち三人と天也は一旦リドアスで留守番だ。美里と会えなければ、彼等を戻すことは出来ても問題の解決にはならない。四人のことは、一香たちが見てくれている。

「俺とジェイスさん、克臣さんの班に分ける。鍵は俺が持っているから、美里と会って協力を取り付けられたら連絡して下さい。俺が話せた時は、その旨を他の班に連絡します」

「じゃあ、適当に分けようか。ユキ、唯文おいで」

「そういう分け方なのか? なら、ユーギと春直」

「となると、晶穂とジスターさんが俺のところですね」

 ジェイスの一言から、トントン拍子で班分けが終わる。どの扉が何処に繋がっているという法則性はないため、見付けている扉を一つ一つ巡って行くことになった。

「よし、行くか」

 他二班と別れ、リンと晶穂、ジスターは最初の扉の近くから一つずつ調べていく。一時間後には、周辺の扉を調べ尽くしていた。

 最初の扉の前に戻って来たリンたちは、一旦休憩にして各自買って来た飲み物を飲む。スタンドで紅茶を買って来たリンは、木の幹に背中を預けて一息入れる。その隣には晶穂がいて、ミルクティーを飲んでいた。

「晶穂、連絡は?」

「まだ。うーん、何処にいるんだろう、美里……」

「美里の行動を制限する権利は、俺たちにはないからな。出かけているのなら、待つしか……ん? どうかしたんですか、ジスターさん」

 リンが声をかけたのは、扉をじっと見つめているジスターだ。猫舌だという彼の手には、寒い季節にもかかわらず冷たいコーヒーがある。

「あ、ああ。二人共、こっちに来てくれないか?」

 ジスターは、困惑の表情で扉の方を指差す。

 一体何を見ているのかと思い、リンと晶穂は揃って彼の後ろに立った。すると突然、かわいらしい少女たちの甲高い声が聞こえて来る。

「あ、増えた!」

「お兄ちゃんのこと、見たことあるよ! えっとね……」

「ぎんのはなのだんちょうさん!」

「……え?」

 唖然としたリンたちの目に飛び込んで来たのは、扉の向こう側にいる猫耳と犬耳の少女三人組。ぴょこぴょこと耳を動かし、こちらに手を振っている。

「こ、この子たち」

「どう見ても獣人、だよな」

「はい……。え、まさか」

 動揺を隠せない三人の耳に、もう一つ声が聞こえて来た。その声の主は、少女たちにくっつかれて一瞬バランスを崩すが持ち直す。ツインテールが風になびいた。

「そのまさかだよ。三人は、勝手に扉を通ってこっちに来ちゃったんだ」

「美里!」

 ぱっと目を輝かせた晶穂と対照的に、美里はほぼ無表情だ。淡々と、しかし若干面倒くさそうな顔をして、それでも少女たちの頭を優しく撫でている。

 そんな美里のわかりにくい優しさにはあえて触れず、リンは早速本題に入る。

「美里。その子たちをこちらに戻すため、そして今後同じようなことが起こらないためにも、お前に協力して欲しいことがある」

「私が、お前たちの頼みを断るとでも? 罪滅ぼしに少しでもなるなら、協力するよ。この扉のことだろう?」

「ああ。話が早くて助かる」

 リンはジスターに他班への連絡を頼み、美里に依頼内容を話した。

「……成程。お前が持っているその鍵で、こちら側からそちらに繋がる全ての扉の鍵を閉めるんだな」

「そういうことだ。……かなりの数はあると思うけど、頼めるか?」

 正直、リンは美里一人にこんなことを頼むのは気が引けた。鍵が幾つもあればよかったのだが、玲遠たちが持っていた閉じるための鍵はたった一つ。しかも、断られるわけにはいかない。

 リンたちの真剣な目を眺め、美里は「はぁ」と一つ息を吐く。

「言っただろう? お前たちの頼みを、私は基本的に断らない。その依頼、今日の夕方まで時間をくれ」

「助かる。これが鍵と扉のある範囲だ」

「ありがとう、美里。お願いします」

 扉を通って、鍵と一枚の紙が美里に手渡される。それらを受け取り、ざっと目を通した美里は、くっついている少女たちを見回した。

「三人共、私について来て。一緒に、ここ以外の扉を全部閉めるよ」

「そうしたら、戻れる?」

「おとうさんとおかあさんのとこに」

 不安そうに瞳を揺らす少女たちにパーカーのフードを被せ、美里は不器用に微笑んで見せた。

「帰るために必要なんだ。夕方までに、全て閉じるよ」

「うん!」

 四人の姿が扉の前から消え、リンたちは顔を見合わせ頷き合った。

「……後は、四人が帰って来るのを待つだけだな」

 リンはジェイスと克臣に、一度リドアスに戻る旨を伝える。夕方まで、こちらでも出来ることはしなければならない。

「戻ろう。晶穂、ジスターさん」

「うん」

「そうだな」

 夕刻まで、残り五時間程だった。


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