戻すための鍵
第757話 戦いの終わり
「終わった、の?」
突然現れた神の姿に驚きながら、晶穂は疑問形でそう呟いた。
リンたちが荒魂と戦っていたのは、空中だった。激しい風が吹き荒れ、地上の様々なものをなぎ倒していた時を過ぎ、今や凪の状態だ。
晶穂と共にいた天也も、肩の力を抜いて笑みを浮かべた。
「終わったみたい、ですね。荒魂の姿は見えません」
「……よかった、力抜ける」
ほっと胸を撫で下ろした晶穂は、足の力が抜けてその場にぺたんと座り込む。突然のことに、天也はびっくりした。
「だ、大丈夫ですか?」
「あはは……ちょっと休憩したいかも。思ったより、力を使ったみたいだから」
「あれだけ力を使えば、疲れて当然だ。夜明けまではまだ時間があるから、休んでいたらどうだ?」
手を貸そう。そう言って手を差し出したのは、がたいの良いデニアだ。玲遠は上を見上げ、橙はデニアの横で心配そうに晶穂を見ている。
晶穂は「ありがとう」と礼を言ったが、デニアの手を取るか迷った。
(でも、腰が抜けたのも事実……。立てないし、頼るべきかな)
躊躇いつつも、おずおずとデニアの方に自分の手を伸ばす晶穂。しかし二人の手が触れ合う前に、誰かが晶穂の体を後ろに引き寄せた。
「わっ」
「おやおや、王子様のおなりだな」
ニヤニヤと笑うデニアを見上げ、晶穂は耳元で囁かれる声にぴくっと反応した。彼女にとって聞き慣れた大好きな声だが、呆れが混じっている。
「……警戒心薄すぎるだろ、晶穂」
「リン!? どうして……」
「荒魂を封じたから、降りて来た」
晶穂を後ろから抱き締めたまま、リンはデニアを睨む。
リンの視線を受け止めたデニアだが、大人の余裕で彼の目を気にする様子はない。
「オレはお姫様の腰が抜けているのを助けようとしただけだぞ?」
「それは礼を言う。これは、俺の問題だ」
「えっと……」
何故か敵意むき出しのリンと、余裕そうなデニア。二人に挟まれる形になった晶穂は、リンに抱き締められたままであわあわしていた。
そんな晶穂に助け舟を出したのは、後から降りて来て経過を見守っていたジェイスだ。
「はいはい、そこまで。リン、晶穂が苦しそうだぞ?」
「あっ……。ごめん、痛かったか?」
「え!? あ、大丈夫!」
「そっか、ごめんな」
一瞬腕の力が強くなったと晶穂が感じた時には、リンは彼女から離れていた。
わずかに赤みを頬に残したまま、リンは咳払いをして振り返る。そこにはレオラがおり、ニヤニヤを堪えていた。
「……レオラ」
「ジト目で見るな、リン。笑えてくる」
「笑うな。で、荒魂は封じられたのか?」
リンに問われ、レオラは表情を変えた。真剣な顔で「ああ」と頷きつつ、自分の胸に手をあてる。
「ここに。次に目覚めるのは、奴と我が入れ替わる時だろう。とはいえ、お前たちから見れば途方もなく長い時間だろうがな」
迷惑をかけた。レオラはそう言って、苦笑いを浮かべる。
「まさか、こやつが二つの世界を無理に引き寄せ繋げるとは思わなかった。特に迷惑をかけたな、天也」
「い、いや。事故みたいなものだけど、思ったより早くみんなに会えて、俺は嬉しかったから」
ふるふると頭を横に振った天也は、それにと言葉を続ける。
「それに、戻って扉を閉める方法もわかってる。それが済んだら、あと数ヶ月待てば良いだけだ。ですよね、晶穂さん」
「うん。さっきデニアから聞いたんだけど……」
話を振られた晶穂は、そのままデニアたちに聞いた話と美里に協力を仰ぎたい旨を伝えた。美里ならば、手伝ってくれると信じている。
「よし。それなら、朝になったらすぐに美里に会おう。……とはいえ、まずは彼女に会えるかどうかだけどな」
晶穂の話を聞き、リンは連絡を取る術もない美里と話が出来る可能性を案じた。
「これで全員集まったかな」
ジェイス以外の仲間たちもあっという間に集まり、賑やかになる。それぞれに傷だらけだが、全員無事なのだから良しとしよう。
リンたちを眺めていたレオラは、ふっと肩の力を抜くと微笑んだ。
「……改めて、何かで礼はさせてもらう。扉を閉めるのは、お前たちに任せるぞ」
「わかった。こいつらも元の世界に戻す」
「頼む」
踵を返すと共に姿を消そうとして、レオラは動きを止めた。改めて体の向きを変え、天也と視線の高さを合わせる。
「今回、またお前に迷惑をかけたな。許せ」
「確かにびっくりしたし、大変だった。でも、楽しかったから」
「……きちんと約束の日に扉を繋げる、約束だ」
「神様の約束だから、信じてるよ」
レオラと指切りをして、天也は笑う。
少年の笑顔を認め、レオラもふっと優しい顔をした。それから立ち上がり、今度は玲遠たちに目を向ける。
「お前たちにこやつが渡した魔力だが、一部を除いて返してもらった」
「デニア以外は、もともと魔力なんて持っていない。これまでと変わらな……一部?」
目を瞬かせた玲遠に、レオラは「そうだ」と頷いてみせた。
「地球において、超能力か手品かと思われるくらいのものだ。今のお前たちならば、使い方を間違えはしないだろう。うまく付き合って行け」
「感謝する」
玲遠の言葉に、レオラは浅く頷く。そして、今度こそ姿を消した。
何となく静かになったその場所で、リンはぐるりと仲間たちを見渡す。これで、一旦は戦いが落ち着いたと見て良いだろう。
「帰ろう、俺たちの家に。玲遠、橙、デニア。お前らも来い、泊まっていけ」
「良いのか……?」
「部屋なら余っているから。休んで、明日帰らせるからな」
戸惑う玲遠たちに、リンは呆れを含んだ声で彼らに笑いかけた。
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