第756話 見定めろ
晶穂の提案はこうだ。
「わたしは他人の傷を癒したり、魔力を分け与えられたりする力を持ってる。それを応用して、みんなの力を借りたい。……わたし一人じゃ、全員治せても自分が倒れて心配かけちゃうから」
情けないよね。そう言って自虐的に微笑んだ晶穂だが、隣にいた天也が激しく首を横に振っていた。
「そんなことない!」
「て、天也くん?」
「そんなこと、情けないなんてこと、絶対にありません! 少なくとも俺は……絶対そんなこと思いません。きっとあっちで戦ってるみんなも、同じこと言うと思いますよ」
「……ありがとう」
思わぬ天也の言葉に、晶穂は嬉しそうに照れ笑いを浮かべた。そして玲遠たちも呼び、手を差し出す。
「みんなの手をわたしの手に重ねて。触れなくて良いから。そして、力をわたしに送るイメージを持って」
晶穂の言葉を受け、全員が彼女の手の上に自分の手を重ねていく。触れていたり離れていたりと様々だが、思いは同じだ。
(届け)
四人の気持ちが、晶穂の神子の力を引き出す。彼らの手が重なる自分の手が熱くなり、晶穂は目を閉じ懸命に仲間のことを想った。
想いは力になり、力は想いを向ける者たちへと伝わる。白い光の柱が空へ伸び、リンたちを後押しするのだ。
「行くぞ!」
「やぁぁぁっ」
全力で荒魂へ力をぶつけたのは、リンだけではない。ユキもジェイスも唯文もユーギも克臣もジスターも春直も、同時に全力を荒魂へぶつけた。
「いっけぇぇぇっ!」
普段物理的にしか攻撃出来ないユーギの足から放たれたのは、空気を裂く衝撃波。それがユキたちの攻撃と合わさり、リンの斬撃を増幅させる。
「おぉぉぉぉぉっ!」
攻撃の反動でリンの頬に傷が入った。しかし、その痛みなど気にする余裕はない。全身全霊で叩きつけた力は、確かに荒魂へぶつけられた。
「くっ……! 何だ、これは。さっきまでと……」
リンたちの攻撃を全て弾き攻勢へ転じようと考えていた荒魂は、しかしその考えの甘さに気付いてしまった。個々の攻撃、そして少数の連携とはわけが違う。地上の者たちを含む本物の連携は、荒魂の力を凌駕しようとしていた。
ギリギリ受け止めている荒魂に向かって、ユーギが最後の一押しとばかりに煽り立てる。
「見たか! これがぼくらの本気だ!」
「今までも本気だろ、ユーギ」
冷静な唯文の突っ込みもなんのその、ユーギは氷の板を乗りこなしながら拳を突き上げる。
「いっけー!」
ユーギの気合を受けたためか、リンたちの攻撃の束は荒魂を押し切り、彼に襲い掛かった。
「なっ……」
ゴッという嵐のような音と共に、荒魂の姿が光の中に見えなくなる。
リンはしばしそれを眺めていたが、少しだけ肩の力を抜くと振り返った。
「いるんだろ、レオラ! ここからは、お前にしか出来ないんじゃないか?」
「え、レオラいるの?」
キョロキョロと見回したユキは、不意に知っている気配を感じてぎょっとした。周囲は彼らが暴れたために台風一過という有り様だが、頑強に立っていた木の陰からレオラが顔を出す。
「……全く、お前たちは我の想像を簡単に超えていくのだから」
「簡単にじゃないけれどね。さ、逃げられないようにしておこうか」
そう言うと、ジェイスがパチンと指を鳴らした。
荒魂を覆っていた光の嵐はようやくその勢いを落ち着かせ始め、内側の様子が見えるようになってくる。荒魂はどうしたか。全員がそれを思い見れば、荒魂の姿は嵐の中心にあり、うつ伏せに倒れていた。
ジェイスは倒れた荒魂へ手のひらをかざし、彼の周りに三角錐の形の気の壁を創り出す。これで、息は出来るが簡単には出られない部屋が完成した。
当然荒魂が本気を出せば、この壁は破壊されるだろう。しかし現在、荒魂にそれだけの力が残っているとは思えなかった。
レオラはゆっくりと円錐に近付き、その板に手を添えて片膝をついた。視線の先にいるのは、彼の気配に気付いて起き上がる荒魂の姿だ。
「……我が荒魂よ、気分はどうだ?」
「ふん、最悪だ」
吐き捨てるように言った荒魂は、上半身を片腕で支えた。顔色は悪いが、レオラに瓜二つの顔を歪めて眼光鋭く睨み付ける。
「我を笑いに来たか、和魂」
「笑いに? まさか。お前を再び封じるために来たんだよ、荒魂」
これだけは、荒魂と対の存在である和魂のレオラにしか出来ない役割だ。
「お前が、荒魂がこの体の主となるのはまだ早く、もう遅い。次を、我が内側にて眠って待つんだな」
「散々この世の理を捻じ曲げておいて、良い気になるなよ」
呻るような荒魂の言葉に、レオラは「肝に銘じておこう」と素直に応じた。
和魂と荒魂は、交互に表で神となる。どちらが出るべきか、どちらが姿を隠すべきか。それは、その時にならなければ誰にもわからない。
一枚の壁を隔て、和魂と荒魂が向き合う。触れ合わない手が重なり、同じ顔が互いを目に映した。
「では、さよならだ。短く長い、眠りの中へ」
「ふん。……お前のいる前でお前の世界を壊してやろうと思ったが、思わぬ協力者たちを得ていたな。見定めさせてもらおう、行く末を」
ちらりと荒魂の瞳にリンが映る。それに気付き、リンは黙って一つ頷いた。
レオラはその白銀の瞳に強い光を宿し、古代ソディール語を呟く。それは荒魂を再び自分の中に封じるための呪文だ。一つ一つの言葉が紡がれ、意味を成す度に荒魂の姿が透けていく。
やがて荒魂は見えなくなり、光の粒が一つ、レオラの胸に吸い込まれた。
「……見ていろ、荒魂。見定めろ」
レオラが呟き、ようやくリンたちの緊張感も緩和された。
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