第755話 助力の光
リンが再び戦場へ戻るのを見送っていた晶穂に、橙が「ねぇ」と話し掛けてきた。
「何……でしょう?」
「突然敬語かよ。別に良いよ、今までと同じで」
年上ということが判明したことで言葉遣いを咄嗟に変えた晶穂に、橙はため息をつきながらそう言った。そして、そのまま言葉を続ける。
「あんたさ、どうなわけ?」
「どう、とは?」
「見送る気持ちの話」
「……今、わたしがすべきことはここにある。天也くんと一緒にあなた方を守るのが、やるべきことだから」
「そう。……アタシもあんたくらい強かったら、こうはならなかったかもね」
「何か言った?」
くるりと振り返った晶穂に、橙は「何でもない」と首を横に振った。不思議そうにする晶穂に、橙はため息をついて詰め寄った。
「そんなことより、ここでボケッとしとくだけなわけ?」
「真夜中に動いても良いことはない。大人しく……」
「あるよ、出来ること」
橙が頬を膨らませ、玲遠が取りなそうとした時のこと。晶穂がはっきりと言ったことに、全員が注目した。
「晶穂さん、出来ることがあるってどういうことですか?」
天也が尋ねると、晶穂は「あのね」と凛とした表情で言う。
「思い付いたことがあるの。みんなに、協力して欲しい」
晶穂の言葉に、その場の全員が頷いた。
一方戦場に戻ったリンは、真っ直ぐ荒魂へと斬りかかる。気迫と共に振り下ろされた剣から放たれる斬撃に襲われ、荒魂は正面から相手にせざるを得なくなった。
「くっ……貴様!」
「もう終わらせるぞ、荒魂」
「ほざけ」
ガキンッガキンッと激しく剣が火花を散らす。その間もユキの氷柱やジェイスの矢、克臣と唯文の斬撃、春直の操血術、ユーギの物理攻撃、そしてジスターの魔獣たちがリンをフォローする。仲間たちの助けもあり、リンはわずかながらも荒魂を止められるのではないかという希望を持っていた。
事実、荒魂の顔色があまり良くない。先程まで余裕綽々でリンたちの相手をしていたが、突然キレがなくなってきたのだ。
(何が起こっている?)
この時リンたちは誰も知らなかったが、神庭においてレオラが荒魂に影響を与えていた。彼自身の中にわずかに残る荒魂との繋がりの残滓を辿り、その力を封じるために己の力を送っているのだ。
「……ちっ。黙って首を洗って待っていれば良いものを」
「荒魂、覚悟しろ!」
リンは叫ぶと、一度強く重ねていた荒魂の刃を弾き返した。荒魂がよろめきたいすぃを立て直す前に、強く握り締めた剣の柄を握り直す。その手へと流れ込むのは、彼自身の光の魔力。それだけのはずだった。
「……!?」
思わず振り返ったリンに、ジェイスが首を傾げて問う。
「どうした、リン?」
「ジェイスさん、あの、魔力が」
「魔力? ……成程」
ジェイス自身も違和感に気付いた。手にしていた他人からは見えない弓と矢が、自分以外の魔力を含んで淡く発行していることに。更にその現象は二人にだけではなく、その場に立っていた銀の華の全員に起こった変化でもあった。
「凄く、あったかい力を感じるよ」
「おれ、魔力を持っていないのに……」
「ぼくもだよ、唯文兄。力が溢れて来るみたいだ」
「うん、ぼくも。この力、良く知ってる」
「凄い……。こんな大きくて強い力を?」
驚きを隠せないのは、ジスターも同じだ。目を丸くする彼の周りをくるくる動き回る魔獣の阿形と吽形は、いつの間にか淡い白色の光をまとっている。
「凄いだろ、うちの
「はい、凄いですね。彼女は」
ニヤニヤと笑う克臣に肩を抱かれ、ジスターは素直に頷く。そして、魔獣たちのやる気に満ちた表情を見て更に目を見開いた。
「尽きていた力が、戻っている?」
「戻っているというよりも、増えている。……全く、あの
魔種や鳥人は、人間や獣人よりも自己治癒能力が高いために怪我の治りが早い。そのスピードは魔力量に比例し、早ければ十分程でかすり傷は塞がる。
しかし今、自分たちのこの戦いで受けた傷は全て塞がり、体力も戻っている。そんなことが出来るのは、ジェイスたちの知る中では一人しかいない。
「でも、こんなに力を使ったら晶穂さんが倒れちゃうんじゃ……」
春直の心配は、全員が持っているものだ。晶穂は他者の傷を癒す力を持っているが、万能ではない。力を使い過ぎれば倒れてしまう。何度もその場面に出くわし目覚めるまで案じて来たリンたちは、また無理をしているのではと思ったのだ。
しかし、弓矢に触れていたジェイスは軽く首を横に振った。
「おそらく、大丈夫だ」
「どうしてわかるんですか?」
「付与された魔力の中に、晶穂のもの以外も感じる。おそらく、彼らに手伝いを頼んだんだろうね」
ジェイスの視線が下に向けられ、春直たちは彼が何を言いたいのかを察した。
先に気付いていたリンは、軽く息を吐いて「あいつは」と呟く。その声に、晶穂を攻める響きは含まれていない。
(有難く全力で使わせてもらうぞ、晶穂。そして、他のやつらもありがとな)
ちらりと地上を見たリンは、正面から真っ直ぐ飛んで来た切っ先を躱す。見れば、放置されていた荒魂が青筋を立てて腹を立てていた。
「無視するな!」
「悪かった、な!」
顔の横に伸びていた剣を自分の剣で弾き、リンは荒魂と距離を取る。攻撃を躱し弾きつつ、反撃の機会を窺う。
それはリンの仲間たちも同じで、荒魂は魔力の強まった敵に四方八方から囲まれることとなった。当然、彼がその状況を良しとするはずもない。
「あやつらめ、ふざけおって。……その力、返してもらおうか」
「まずいよ、兄さん!」
荒魂は、リンたちの力が急に増強した理由に気付いていた。さっと地上に手を伸ばし、玲遠たちから自分の力を取り戻そうとする。
ユキの声を受け、リンは最大限の魔力を一振りに籠めた。剣の輝きが一層増し、すぐ傍に晶穂がいるように感じる。
「これで本当に終わりだ、荒魂」
「負けぬぞ、銀の華」
力を玲遠たちから引きはがすことを一旦止めた荒魂が、その手のひらをリンへと向ける。彼もこれが最後だとわかっているのか、剣に籠められた力は計り知れない。
「この我の全力、受け切れると思うなよ。小童」
「俺たちは負けない。仲間と共に、勝ち取ってみせる」
同時に地を蹴ったリンと荒魂は、ほぼ同時に剣を振りかざす。
「おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ」
「はああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
光が弾け、目の前が真っ白になった。
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