第754話 もう一つの鍵

 玲遠と橙、デニアは顔を見合わせ笑い合った。それから、玲遠が前に進み出る。

「荒魂様に殺されかけたことは、俺たち自身もわかっている。まさか敵に助けられるとは思いもしなかったが……。助けてくれて礼を言う」

「……随分と素直だな」

 深々と頭を下げる玲遠たちに、リンは驚いた。天也の言葉が響いたとしても、こんなに人は変わるものなのかと思わざるを得ない。もしや何かの罠なのか、と。

 警戒するリンたちを相手に、橙が顔を赤くして腰に手をあて仁王立ちする。

「あ、アタシたちが本気で謝って礼も言っているのに! 何か他に言うことないわけ!?」

「橙……。でも、どうして」

「うるっさいな! 良いじゃない、そんなこと。――自分に起こったことも顧みて、間違っていたってことにようやく気付いたんだ」

 あんたのせいだよ。そう言った橙が指差したのは、目を丸くしていた天也だった。

「俺?」

「あんだけ言われて、何も思わない大人がいるわけないだろ? 子どものあんたに言われたら」

「え、でも……俺とあんまり年齢変わらないんじゃないのか?」

「……ああ、そっか。言う必要もなかったから」

 肩を竦め笑った橙は、自分を指差して歯を見せる。

「アタシ、こう見えて三十八だから」

「……………………は?」

 見た目は、どう見ても十五歳くらいのませた少女。そんな彼女の口から飛び出した暴露に、天也を始め三人共目が点になった。

「ま、そんなことは横に置いて……」

「置くんだ」

「置く。そんで、あんたたちはこれからどうするわけ? あれを」

 あれと橙が言ったのは、空中でジェイスたちと激戦を繰り広げている荒魂のことだ。自分たちに力を与えた存在に対し、手のひら返しも甚だしいが、リンたちにとっては好都合。

「勿論、止める。止めた上で、再びレオラの中に封じる」

「今のところ、そこまでたどり着く道筋を掴めていないようだが、どうやって?」

「駄目だと決めつけても先には進まない。思い付く、出来ることを全てやり切るしかない」

「つまりは、無策ということか」

「……」

 玲遠に図星を突かれ、リンはぐっと呻いた。

「……無策と言われようと、俺たちは前に進み続ける。荒魂を止めなければ、この世界が終わるんだからな」

 苦し紛れに吐き出す言葉だが、リンにとっては揺るがない信念に近いものだ。何があっても、仲間と共に進み続ける。独りではなく、信じ合う者たちとならば、未知へも立ち向かうことが出来るから

 リンは玲遠たちの休んでいろと言い置くと、もう一度荒魂と戦うために翼を広げた。玲遠たちが晶穂と天也を害するならば容赦しないところだったが、彼らに自分たちと敵対する意思はないことが確かめられている。ならば、晶穂たちと共にいた方が安全だろうという判断だ。

「リンっ」

「晶穂、こいつらのことも少し頼む。出来るだけ早く、終わらせる」

「わかった」

 駆け寄って来た晶穂と言葉を交わし、リンは上を向いた。ジェイスや克臣たちが応戦しているが、決定打には欠けているらしい。

(何か、決める手立てが欲しい)

 戦いの終わりを見通せない中、リンは地面を蹴ろうとした。その時、背後から「待て」と声をかけられる。振り返ると、声の主はデニアだった。

「……何か用か?」

「用か、とはご挨拶だな。俺たちには何か出来ることはないのか?」

「大人しく、荒魂に見付からないよう隠れていてくれれば良いんだが」

「それでは面白……ゴホン、申し訳ない」

「今、言い直しただろ」

 聞こえたぞとリンがジト目で言うと、デニアはハッハッハと爽やかに笑って答えを濁してしまった。

「兎に角、目を覚まさせてくれた礼をさせて欲しい。共に戦えないと言うのならば、これだけ聞いて行ってもらえないか?」

 そう言うと、デニアは上着のポケットから何かを取り出す。手のひらに乗せたそれは、何処かの扉の鍵だった。

「それは?」

「扉の鍵だ。俺たちがこじ開けた扉の」

「それを使えば、扉を閉じられるのか?」

「ああ」

 頷くデニアを見て、リンは思わず晶穂と天也を振り返った。二人もまた、ほっとした顔でデニアたちを見つめている。

「この鍵を使い、扉を閉める。……ただし、あちら側から閉めなければならない」

「誰かがあちら側に行って、扉を占めなければならないと言いたいのか?」

 確かめるリンに、デニアは頷く。

「……」

「……」

「……」

 リンたち三人は顔を見合わせ、眉をひそめた。

 荒魂との決着の前に、扉を閉められるのは良い。しかし行って戻って来られる保証がない以上、迂闊に賛成し辛い作戦だった。

「確かに、扉を閉めることが出来れば」

「荒魂の企みを揺るがせるかもしれない」

「ですが、本当に閉じられるんでしょうか? 俺が行った方が良い、ですよね……?」

 不安げな天也に、リンも晶穂も行ってくれとは言い辛い。だからと言って、玲遠たちに任せるのも不安が残る。

「……あ、そうだ。ねえ、あの子に任せてみたらどうかな?」

「あの子?」

 誰だと尋ねるリンに、晶穂はある人の名前を口にした。

「彼女なら、きっと協力してくれると思うんだ」

「……成程。聞いてみようか」

 出来る限り、すぐに鍵を閉めてしまいたい。戦場から抜けることも視野に入れていたリンは、その場で携帯端末の電源を入れようとして手を止めた。

(そう言えば、今は向こうとの繋がりは切れているんだった)

 以前ならば連絡を取ることも出来たが、今は不可能だ。どうすべきかと思案するリンに、晶穂が「だったら」と提案した。

「わたし、彼女と会えないか扉を一つずつ巡ってみるよ」

「何を言ってるんだ。もう夜だから流石に外には」

「もしかしたら、だから。無理なら、朝になってから考えよう」

「だったら、俺も行きます。二人であの人が行きそうなところを探すんですよね」

「ありがとう、天也」

「ありがと、天也くん」

 リンと晶穂から礼を言われ、天也は目に見えて顔を赤くして照れた。



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