第753話 天也の訴え

 晶穂と天也が目覚めた玲遠たちをどうするか迷っていた時、リンは荒魂に阻まれて地上へ赴くことが出来ずにいた。

「くっ。邪魔だ!」

「取り乱したなぁ。案ぜずとも、あいつらもお前ら同様無事だ。全く、揃いも揃って頑強に出来ている」

 ククッと笑った荒魂は、即座に斬り掛かって来たリンと唯文を同時に相手にする。左右別々の方向からタイミングも合わせていなかったが、荒魂はどちらも片手で受け止め弾き返した。

「ぐっ」

「強いっ」

「遊びも終わりにしたいが……お前たちに骨があるものでな」

 弱った。荒魂は少し嬉しそうに言うと、先程弾けて手の内に残った火球の欠片を握り潰す。バギッという、金属を潰したような音がした。

「本当に……面倒だ」

「お前が面倒だと思おうが、俺たちのやることは何も変わらない。――再び封じられてもらうぞ、荒魂!」

 克臣が「竜閃」の言葉と共に放った斬撃は光の竜となり、真っ直ぐに荒魂へ向かって駆け抜ける。

 雄叫びを上げ超スピードで迫る竜を前に、荒魂はフンと鼻を鳴らすと手のひらを開いた。そこには潰れて粉々になった火球の欠片があり、ふわりと浮き上がる。

「切り札は、取っておくものだ」

 その言葉と共に、ふわりと浮かんだ欠片を投げ付ける。途端に竜の周りで欠片が弾け、勢いを削いでいく。

「ちっ」

「まだだ!」

 克臣の横から飛び出したジェイスが、弓を引く。パンッという爽やかな音と共に放たれた矢が三本、それぞれに荒魂へと向かう。

「ぼくもだ」

 ユキがその後に続き、氷の矢を放つ。月の光に輝くそれは半透明の光を乗せ、真っ直ぐに飛んで行く。

 ジェイスとユキ、二人が放つ計四本の矢が荒魂へと時間差で突進し、荒魂を襲う。

「これぐらいのもの!」

 荒魂は前方にバリアを張り、それら全てを受け切った。今度はこちらからだとばかりにバリアを解いた時、背後に戦意を感じ振り返る。

「お前はっ」

「喰らえ!」

 そこにいたのは、春直の操血術の糸で音もなく移動したユーギだった。思わず身を引いた荒魂の鼻先をかすったユーギの蹴りだが、操血術の手も借りて回し蹴りへと変化させる。

「ユーギ!」

「いっけぇぇぇっ」

「そんな物理など」

「それだけじゃ終わらねえよ」

「――!?」

 ユーギの蹴りを受けるため、荒魂は振り返ることが出来ない。それを見越し、唯文が斬り掛かった。

「――団長、行って下さい!」

「はっ!?」

 今まさに荒魂へ斬り掛かろうとしていたリンは、唯文の思いがけない言葉に二の句が継げなくなった。思わず固まるリンに、唯文は防御壁で弾かれ体勢を整えた時に再び呼び掛ける。

「ここは、俺たちが抑えます。ですから、早く晶穂さんと天也のところに!」

「お前……」

 迷ったリンは、突然背中を思い切り叩かれ悲鳴を上げる。「誰だ!?」と振り返ると、そこにはニヤニヤ笑う克臣が立っていた。

「克臣さん、痛……」

「任せろ、リン」

「……痛かったですよ、克臣さん」

 ジト目でリンが睨むと、克臣は「ごめんごめん」と悪びれない。ため息をつく暇も惜しく、リンは翼を広げて急降下した。

「一人も逃さんぞ」

「それはこっちの台詞だね」

 地上へ降りようとする荒魂を制したジェイスは、顔には出さなかったがあることに気付いていた。地上に置いてきた彼特製のシェルターが、限界を迎えつつある。

「リン……頼むよ」

 誰にも聞こえない声で呟くと、ジェイスは荒魂の火球を躱した。気の力をナイフに変え、一本ずつ狙って投げ付ける。当然狙いがあるのだが、荒魂は素早くて狙いを定めることが難しかった。




 ぎゅんっと風を切り、リンは地上を目指す。途中何度か自分を狙う目を感じたが、実際に攻撃が仕掛けられることはなかった。どうやら、仲間たちが全て防いでくれているのだろう。

(みんな、ありがとう)

 振り返ろうと思わないのは、仲間の強さを信じているからだ。そんなちょっと照れる台詞を打ち消して、リンは逸る気持ちを抑えて、視界に入った二人に呼び掛けた。

「晶穂、天也!」

「――リン!」

「……リンさん」

 二人の顔を見て、リンはほっとした。大きな怪我は負っていないようだ。二人の表情にも安堵が見え、次いで視線を泳がせる。

「……どうした?」

「実は、ジェイスさんの」

「守ってくれたみたいだな、君たちが。……敵なのに、何故だ?」

「お前ら……」

 晶穂の言葉を遮ったのは、眠っていたはずの玲遠だった。彼の隣には、橙とデニアの姿もある。

 目を見張るリンを前に、玲遠たちは困惑の表情を浮かべていた。

「よかった、無事だったか」

「よ、よかったって何だよ! あ、アタシたちはあんたらの敵なんだよ! どうして敵に塩を送るような、というか、助けるなんて真似したのさ!?」

「何でって……苦しんでたり、悲しんでたりする奴に刃物向ける程馬鹿じゃない。助けたいって思うのは、自然なことだろ」

「はっ!?」

 橙に甲高い声を発しながら指差され、リンは目を瞬かせて応じた。それでも橙はわなわなと体を震わせる。

「い、意味わかんない」

「そんなお人好しでは、何度でも裏切られるだろうさ。人は、移り気な生き物だ」

 デニアもやれやれと肩を竦め、リンたちを眺め「損な性格だな」と苦笑いを浮かべた。

 リンが「俺たちがやりたいからやる、それだけだ」と切り返そうとした矢先、思わぬところから返答が発せられる。

「そうかもしれない。だけど、それだけじゃない。リンさんたちは、そんな打算で動く人たちじゃない。少なくとも、俺はそれで救われたんだ」

「……天也」

「天也くん」

 思わず言葉を失うリンと晶穂の前に立ち、天也は圧倒的戦力差の相手に向かって睨みつける。

「お前たちが敵だからじゃない。そんなことは度外視して、助けたいっていう気持ちだったんだ。……お前たちはまず、礼を言うべきじゃないのか?」

「……」

「……」

「……全く、敵に塩を送るのは私たちも同じか」

 玲遠らは顔を見合わせ、初めて人らしく笑った。

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