第752話 シェルター内の三人

 リンが戻ると、丁度春直が展開した操血術が荒魂を絡めとろうとしているところだった。しっぽの毛を逆立て、器用に逃げる荒魂に食い下がる。

「逃げるな!」

「捕まりたくないからな――っと」

「逃がさねえよ」

 ジスターが渦巻く水で荒魂を捕えようとするが、それすらも躱して荒魂はくるりと彼らの方を向く。その瞳が煌めき、スッと頭の上まで上げられた指がパチンと鳴らされた。

「そろそろ終わりとしよう。これを受けて、何人立っていられるかな?」

「何を」

 リンの問いには答えず、荒魂はニヤリと嗤う。彼の広げた手のひらには火球が出現し、それがくるくると回り火の粉を撒き散らしながら、徐々に大きく成長していく。

 夜闇を陽の光のように照らす火球は、ニメートルをゆうに超える。リンたちが動くに動けず見守る中、荒魂が囁くように呟いた。

ぜろ」

「守れ!」

 荒魂とリンの声が重なる。同時に、荒魂の頭上の火球が爆発した。ドンッという爆音と共に、火花となった火球の一部がリンに向かって落ちて来る。

「まじか」

 リンの上だけではない。花火のように散った火球は、仲間たちそれぞれへと降り注ぐ。リンは「守れ」と言ったその言葉通り、間一髪で防御壁を一枚ずつ仲間たちの上へと広げていた。

「何これ!?」

「さっきの火の玉が分裂したんだ」

「あっつ! これ熱いよ!」

 ユーギが火球に触れてしまい、悲鳴を上げる。すかさずジスターが水の力で応戦し、ユーギの火傷にはユキが小さな氷をあてて応急処置を施した。

「これで冷やしてて」

「ありがとう、ユキ。……つめたっ」

 冷たい氷に触れ、ユーギは獣の耳をピンッと立てた。

 ユーギの他にも、春直や克臣が軽い火傷を負ったが、荒魂が目論んだような結果にはならない。おや、と首を傾げた荒魂だが、その理由を思いあたって「成る程な」と顎をさすった。

「神子か」

「――晶穂!」

 リンが手を伸ばすよりも早く、荒魂は火球の一部を下へと飛ばす。




 荒魂の推理は半分正解だ。彼の攻撃の先手を打って仲間たちを守ったのは、晶穂が力を貸したリンの光の魔力なのである。晶穂の力で増幅された力だったため、荒魂には晶穂の力の方が強く伝わったようだ。

「……っ」

 荒魂の目を強烈に感じ、晶穂は戦慄を覚えながらも顔を上げた。その瞳の中で青い光が強く輝き、荒魂の目を受け止める。

 晶穂の傍にいた天也は、ぶるりと体を震わせた。荒魂の力を感じたらしい。

「……っ! 寒気が」

「天也、わたしに掴まってて」

「え? ……わっ!?」

 ぐいっと天也の背中に手を回し、晶穂は彼を抱き締める。その上で、神子の力で強固な結界を創り出す。

「うわっ」

「……っ」

 まるで隕石が落ちてくるように、小さな火球が降り注ぐ。これが流れ星であれば、流星群だと騒がれるだろう。ドンッドンッと頭上の結界に火球が連続してあたり、天也は体を縮こまらせる。少年の背中をさすりながら、晶穂は目を逸らさずに火球を放つ男の姿を追っていた。

(どうしたら、荒魂を止められるんだろう? ただ全力でぶつかるだけじゃ、駄目なのかな……)

 考えながらも、晶穂は自分たちと仲間を守る結界を張り続ける。

 しかし、そんな晶穂でも見落としている部分があった。彼女らのすぐ後ろに創られているシェルターの屋根は平らで、更に透明度が高い。

「――っ、ここは?」

 まず目を覚ましたのは玲遠だ。上半身を起こしキョロキョロ見ていた彼は、何かの諸劇で揺れる部屋に目を丸くした。そして天井を見上げ、現在何が起こっているのかを知る。

「な、何だあれ……?」

「んぅ?」

「何の音だ?」

 玲遠に続き、橙とデニアも起き上がる。そして、自分たちの状況と箱の外の様子を知って目を見張った。

「何だよ、これ」

「うむ……。俺たちはいつの間にこんなところに閉じ込められたんだ?」

「確か、荒魂様がアタシの……あ、思い出した」

 橙は、自分が気絶し眠る前のことを正しく覚えていた。ジェイスに指摘され、それに激情した橙を内側から操ろうとした荒魂に意識を持って行かれ、そのまま眠っていたらしい。

「うわっ」

 荒魂の力は、夜になっても変わらない。三人は火球が降り注ぐ様子と、その間から垣間見える荒魂たちの戦闘の様子を見た。

「目覚めたんですね」

「外の音は聞こえないな? でも、あれは……」

 晶穂は火球が落ち着いた瞬間を見定め、起き上がっている三人の方を向いて声をかけた。しかし聞こえないのか、彼らは上を向くことが多く目が合わない。

(ジェイスさんに教えるべき? ううん、荒魂と連携されたら厄介だから)

 玲遠たち三人は、自分たちに授けられた力を使ってシェルターから出ようと動き出す。壊されるのも時間の問題かと危ぶみつつ、晶穂は神子の力で地上に更に強い結界を張った。

 そして、ふと腕の中でもぞもぞと動く少年に気付いた晶穂は動きを止める。そういえば、荒魂の強力な攻撃から身を守るため、天也を抱き締めていたことを忘れていた。

「ご、ごめんね。苦しかった?」

「……大丈夫です。守って下さって、ありがとうございます」

 若干顔が赤い天也を案じつつ、晶穂は新たに生じた目覚めた玲遠たちをどうするのかという問題を解こうと必死に頭を回転させる。そうしている間にも、玲遠たちは外へ出ようとジェイスのシェルターを内側から攻撃し続けていた。

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