第751話 迷い道

「凄い……」

 戦闘音がそこかしこから響き渡る中、天也はぽつりと呟いた。彼の視線の先には、親友の唯文を始めとした銀の華メンバーの姿がある。

「ね、凄いよね」

 そう返したのは、天也と共に戦いを見守る晶穂。彼女は天也に寄り添い、真剣な顔を戦場へ向けている。

 二人がいるのは、ジェイスによって造られたシェルターの横。シェルターの中には玲遠たちが眠っており、彼らが荒魂に乗っ取られないよう守るのが目的だ。まだ目覚める様子はないから、杞憂に終わるかもしれないが。

「……晶穂さんは、どうなんですか?」

「どう……って?」

 ユキがシェルターの上に着地し、再び飛び上がる。氷の力が放たれるのを見ながら、天也は隣の晶穂に尋ねた。

 晶穂がその意図を汲み取れずに首を傾げると、天也は「えっと」と言語化を試みる。

「なんというか、見てるだけって辛くないですか? あ、勿論わかってます。俺よりも晶穂さんは戦う力を持っているってことは……」

「辛いよ」

「……っ」

「わたしは多分、天也くんよりも戦える。だけど、リンたちに比べたら圧倒的に力が足りない」

 淡々と、それでいて少しだけ寂しさを交えた声で、晶穂は話す。天也が傍で共に戦えないことを辛いと思う気持ちは、全部でなくても少しわかるから。

 でも、と晶穂の言葉は続く。

「わたしには、わたしにしか出来ないこともあるんだって今はわかる。傍で物理的に戦うだけが、戦うっていう意味じゃないんだってようやくわかったから……」

「それって、どういう意味ですか……?」

「多分、人によってその答えは違うんだと思う。だから、天也くんは天也くんの答えを見付けないとね」

 天也の問いに明確な答えは示さず、晶穂は飛んで来たものから身を守るために結界を張った。勢い良くぶつかって来たそれは、固いレンガの破片だ。

(不用意に結界は解けないみたい……。みんな、大丈夫だって信じてるよ)

 振り返れば、流石にジェイスの創ったシェルターは頑強だ。ほっと胸を撫で下ろし、晶穂はリンたちの戦闘を見つめる。

 天也もぶつかって来たレンガに目を見張ったが、キュッと唇を引き結んで晶穂と同じ方向を向いた。

「唯文、みんな……」

 祈るような天也の声を聞きつつ、晶穂は胸の前で指を組んだ。




 晶穂たちが見守る中、リンは魔力を籠めた剣を振っていた。荒魂の攻撃を紙一重で躱し、グンッと距離を詰める。浅い傷を幾つも作りながら、一矢報いようと斬撃を放つ。

「むっ」

「――はっ……急所を狙ったんだけどな」

 息を吐き出し、リンは着地した。彼は先程まで荒魂と空中戦を繰り広げていたが、今はその役目をユキとジェイスが担っている。

「……」

「一人とはいえ、相手は神だ。リン、深く考え過ぎるなよ。俺たちが弱いとか、そういうことじゃないから」

「克臣さん」

 じっと荒魂の動きを見つめていたリンに、軽い調子で克臣が言う。柔らかい口調だが、克臣のそれには心の強い響きがあった。

「わかっている……はずです。ただ、これだけずっと戦い続けていても終わりが見えなくて、少しまいっているのかもしれません」

「……ああ、もう夜か」

 道理で暗いわけだ。克臣がぐるりと周りを見渡すと、確かに日が落ちてしまっている。空には月と星が輝き、視界が制限された。

「今はアドレナリンが出ているから良いかもしれないが、終わった後は全員寝るな、これは」

「寝床までもてば良いんですけどね」

 少しだけ間の抜けた会話に、リンと克臣はふっと笑い合う。笑える、だったら大丈夫だと互いに思う。

 その時、凄まじい勢いで何かが上から降って来た。

「――うわっ」

「ユキ!」

 リンは落ちて来たユキを受け止め、その場に座らせる。背中をさすってやると、ユキは荒かった呼吸を徐々に安定させた。克臣は更に誰かが落ちて来ることを案じ、先に行くと言って戦場へ戻った。

「はっはっ……。ごめん、兄さん。ありがと」

「いや、いい。落ち着いたか?」

「うん。でも……相手は強いね」

 ユキが見上げる先には、空中戦を繰り広げるジェイスたちの姿がある。翼を持たない唯文やユーギも、ユキの魔力をもとに創られた氷のスケートボードを操って加勢していた。

 攻めてはいるが、ジェイスたちが優勢というわけではない。ジスターや克臣、春直も加勢し、全力で戦っている。しかし、荒魂という名の通りに荒々しい戦い方をする敵を相手に苦戦を強いられていた。

 ユキの呟きに、リンも同意せざるを得ない。

 リンは弟の背に手を置き、軽く叩いた。彼の疲労が感じられたが、不休で戦っていたことを悔やむ時間はない。

「そうだな。……ユキ、少し休め。俺が行く」

「いや、まだ行くよ」

「自己責任だぞ」

 突き放した言い方をされたが、ユキはリンの言葉を厳しいものだとは感じなかった。普段から素直とは言い難い兄が、自分を気遣っているのだとわかっている。

 しかし、この戦いが決着するまでは立ち続けるんだとユキは自分に課していた。荒魂を止めなければ、望む世界など手に入らないから。

 リンはユキが再び翼を広げたことには何も言わず、ちらりと晶穂たちの方を振り返る。結界を張る晶穂もまた、リンに気付いてふっと目元を和らげた。

(ああ、そうだな)

 終わらせなければ。リンは先に飛び立ったユキを追い、漆黒の翼を広げて荒魂へと突き進んだ。

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