第750話 開戦の音

 ――ドンッ。

 魔力の大爆発が起こり、辺りは砂煙に覆われる。リンたちもそれぞれの場所で巻き込まれ、外からはどうなったのかわからない。

「……ふん。こんなものか」

 荒魂は軽く鼻を鳴らし、眼下の煙を見下ろした。何も見えないが、自分の魔力が色濃く残る。あの爆発の中、生身で生きていられるとは思えない。

(遊びはこれからだ)

 ここは片付いた。荒魂は体の向きを変え、アラストの中心部へと移動しようとする。彼がここから始めようとしているのは、このソディールという世界の支配と破壊、そして創生。長い間和魂によって閉じ込められていた荒魂にとって、これはまたとない機会なのだ。

「ようやく、我が身にも好機が……」

「そんなもん、巡らせてたまるか」

「……!」

 荒魂の下で、土埃が吹き飛ぶ。その下から現れたのは、光の壁と神子の結界、そして気の力の防御壁だった。それぞれリンと晶穂、ジェイスの力だ。

 リンたちの姿を確認した荒魂は、クッと喉で嗤う。魔力の気配も消されていたのだから、一本取られた形になった。

「成程。これでは倒せなんだか」

「危なかったけどな」

 魔力の爆発が起こる直前、事態を察したジェイスが咄嗟に防御壁を構築した。それを見たリンと晶穂も習い、全員を間一髪で守ることに成功したのである。しかし当然のことながら、バリア類には大きなヒビが幾つも入っていた。

 リンの合図で全ての壁が取り払われ、その下にいた九人がそれぞれに武器を構える。全員何かしらの傷を負っているが、戦意は変わらない。

「レオラの中で再び眠ってもらうぞ、荒魂」

「やってみろ。前座程度にはなるだろうからな」

「笑ってられるのも今の内だ!」

 ユーギの叫び声を皮切りに、先陣を切ったのはジスターと春直だ。その後に唯文とユキ、そしてユーギが続く。

「乗れ!」

「はいっ」

 ジスターの放った吽形の背中に、春直が飛び乗る。宙を駆ける魔獣の上で膝立ちになり、爪を伸ばして操血術をまとわせた。

 彼らと共に駆ける阿形が息を吸い込み、大量の水を発射する。次いで同様に吐き出した吽形の上で、春直はオッドアイを煌めかせた。

「操血術!」

 踏み付けた魔法陣から飛び出した赤い輝きが爪に宿り、巨大な刃となって荒魂へと襲い掛かる。

「いっけぇ!」

「援護だ。阿形、吽形!」

 ジスターの指示を受け、魔獣たちは小さな渦潮へと姿を変える。高速で回りながら、刃と共に荒魂へと突撃した。

「ふんっ!」

 荒魂は、それらを伸ばした手のひらに出現させたバリアで受け止めた。更にそれが割れる前に、己の魔力で吹き飛ばす。

「わっ」

 吹き飛ばされた春直を阿形が空中で受け止め、彼らとすれ違って唯文とユーギが前へ出る。

「接近戦だ!」

「ユキ!」

「任せて」

 高所から飛び降りた唯文とユーギの足元に、氷で出来た板が現れる。二人はそれを器用に操り、荒魂へと近付く。

「……ほぅ、考えたな」

「まあね」

「ユーギ、危ないから胸張るな。荒魂、覚悟しろよ」

 唯文はそう言うと、和刀を空にかざして思い切り振り下ろす。斬撃が宙を走り、そこにユキの氷の力が加わった。

「氷の龍だ!」

「小癪な」

 荒魂が作り直した壁に力を加えると、それは前へと進んで斬撃と相殺された。

 しかし安堵する間もなく、荒魂の頭上に影が落ちる。ユーギが龍に隠れて接近していた。

「だぁぁぁっ」

「ちっ」

 荒魂は咄嗟に頭を守ろうと片腕を上げ、ユーギは容赦なく蹴りを見舞う。

 ドッという重い音がして、ユーギと荒魂は同時に距離を取った。興奮して毛を逆立てるユーギを睨み、荒魂は後ろに生じた気配への対応を迫られる。

「次から次へと!」

「神相手だからな。大人数で卑怯とか言うなよ?」

 淡々と返す克臣の剣と荒魂の剣が打ち合い、激しく火花を散らす。更に被せられるのは、ジェイスの見えない弓矢だ。パシュンッという弦音は聞こえるが、矢自体が何処を飛んでいるのか見ることは出来ない。

 荒魂はわずらわしそうに顔をしかめつつ、魔力の気配だけで矢の位置を特定すると、律儀に全て叩き落す。落とされた矢はその場で力を失って消え、ジェイスによって再び別の矢が飛ばされる。

 克臣とジェイスの連携の間に、唯文たちの反撃も加わる。互いの隙間を埋め、荒魂に休む隙を与えない。

「クッ……」

「うざいだろ? だけど、こんなもんじゃないぜ」

 剣を弾かれた克臣が笑って言うと、荒魂は一閃に倍の力を加えて彼を吹っ飛ばした。

「ちっ」

「煽るからですよ、克臣さん」

 ズササッと砂埃を上げながら止まった克臣に、近くに着地した唯文が肩を竦めて言う。彼もまた、克臣の煽りを受けて飛ばされかけたのだ。

 同様に飛ばされそうになったものの、回避して着地したジェイスは、リンの隣に立って「どうする?」と尋ねた。

「単に複数人で攻撃しても、致命傷は与えられないようだ」

「みたいですね。神相手に弱点を探すのも何か違う気がしますし……とはいえ、無策で突っ込んでも返り討ちにされますね」

「克臣のようにね」

「聞こえてるぞ」

 若干不機嫌そうに眉をひそめた克臣だが、それ以上はないも言わずに再び剣を翻して荒魂へと向かって行く。隣にいた唯文も、改めて氷の板に乗り直して地を蹴った。

 魔力のぶつかり合い、そして刃物の打ち合う音が何度も耳に聞こえる。

「――一体、どうしたら良いんだ?」

 確実な突破口は、まだ見えない。リンは熟考しつつ、荒魂と戦うために剣を手にして翼を広げた。

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