第747話 荒魂を止める方法

 リンとユキ、そして晶穂は、玲遠から離れた荒魂と対峙している。荒魂がその身から離れたことで、玲遠は気を失ったままだ。

「晶穂、玲遠を頼む。俺とユキで、必ず荒魂を止める」

「わかった、任せて」

 頷き、晶穂は玲遠を横たえている傍で祈るように胸の前で指を組む。目を閉じて神子の力を発現させれば、透明な結界で自分たちを覆う。

(これ以上、玲遠を傷付けさせない。そして、わたしたちが荒魂に勝ってみせる)

 晶穂はイメージを膨らませ、強固な結界を築く。更にリンとユキに自分の力を分け、二人の魔力を強める手伝いをする。

「――あったかい」

「これ以上、あいつにも無茶はさせられない」

 リンとユキの体に、ふわりと暖かな力が宿る。その正体にいち早く気付いたリンが呟くと、ユキはくすくすと笑って兄を眺めた。

「流石、彼氏。あんまり過保護になり過ぎないようにね?」

「……煽ってるのか、ユキ」

「遊んでるだけ! ぼくは二人のこと大好きだからね」

 からりと笑い、ユキは頭上に創り出した氷の花から再び氷のビームを放った。その先には荒魂がいて、彼の正面を狙う。

「いっけえっ……って、すご!」

 力いっぱい魔力を解放したユキは、その出力に驚いた。先程までの自分の力だけの魔力では出なかった力が、今は自然に出る。

「ありがと、晶穂さん! これなら……思いっきりやれる!」

 そう言うが早いか、ユキはバリアで弾かれた自分の力を上回る威力の魔力を爆発させた。氷の激流が真っすぐに宙を駆け、荒魂を包み込む。

「なっ」

「やったか?」

「どうかな」

 リンとユキの前には、荒魂の氷像がある。強力な氷魔法で凍らされた荒魂は、動くことが出来ないと思われた。

「……このまま凍っていてくれるのなら、レオラを呼んでどうにかさせるか」

「元々レオラでもあるんだよね。だったら、兄さんの言う通りかも。三分の一をなんとかしたら、他の二か所もやりやすくなったりしないかな?」

「それはわからないな」

 リンは駄目押しとばかりに、氷像を光の壁で四方から囲った。その壁も普段以上に輝き、強固な壁となる。

「これで、少しはましだろ」

「だね」

 リンは荒魂を捕まえた後どうすれば良いのか、レオラに訊くために携帯端末を耳にあてた。その横で、ユキは晶穂たちのことを気にしながら荒魂を注視する。

(相手は神様だから、何があるかわからない。氷像を作っているのはぼくの魔力だから、変化があればすぐにわかる)

 少しずつ氷像に注ぐ魔力を増やしながら、ユキは小さな変化も見逃さないという気持ちでいる。その隣で、リンはレオラが着信に早く気付くことを祈っていた。

 それから十数秒後、レオラの慌てた声がリンの耳へと雪崩れ込む。

「――リン、油断するな!」

「レオラ? 一体どういう……」

 どういうことだ。リンがそれを言い終わるよりも早く、晶穂とユキ、そしてレオラの声が重なった。

「リン、まだ終わってない!」

「兄さん!」

「荒魂が三つに分かれているのなら、その全てを同時に抑え込まなければ止められない。そうでなければ、すぐにでも復活する!」

「――そういうことだ」

「!?」

 幾つもの重なった声の中で、一際低く悪意を持って響く声がある。リンがそれに気付いた時、既に氷像には幾つものひびが入っていた。

「止める!」

 ユキが氷の力をもう一度放とうとした直後、氷像は内側から破壊された。バラバラと欠片が降り注ぎ、リンは光のバリアを張って視界を保つ。

「間に合わなかったか……」

「でも、突破口は見えた」

「見えた?」

 首を傾げたユキに、リンは頷いて見せる。手にしていた端末を軽く振り、ポケットに仕舞う。

「レオラが言っただろ。三つを同時に抑え込まないといけないって」

「……連携ってことだね」

「ほぼ勘だけどな」

 リンたち、ジェイスたち、そして克臣たち。三組はそれぞれ別の場所にいて、他の状況は見えない。そんな状況で、荒魂を抑えるタイミングを合わせるのは不可能だと考えるのが普通だ。

 しかし、銀の華に諦めるという文字を載せた辞書はない。

「……不可能を可能にしようというのか? お前たちは、本当に飽きさせないな」

「そりゃどうも」

 気のない返事をして、リンは戦いながら仲間の魔力の気配をたどる。アラストという決して広くはない町の中、バラバラになった仲間の気配を探すのは難しい。ましてや戦う相手を意識し、相手に意識させないようにしなければならないのだから。

(ジェイスさん……ジスターさん……。二人がバラけていて助かったな)

 今外にいる銀の華のメンバーの中で、魔力を持つのは五人。その内三人はここにいて、残りは別々だ。

 兄のやろうとしていることに気付いたのか、ユキが率先して荒魂の前へ出る。まだ体はそこまで大きくないが、充分に兄を手助けする力を備えるようになった。

 氷の剣を使いこなし、ユキは荒魂の重い剣を受け止め弾く。

「晶穂さんにも玲遠にも近付けさせない!」

「子どもの癖に、生意気な!」

「子どもは生意気くらいが丁度良いんだよ!」

 売り言葉に買い言葉のユキが、ちらりとリンを見た。ユキの目に映ったのは、遠くの仲間の気配を探りつつ、弟を援護する兄の姿。

「ユキ、前だけ見てろよ」

「うん」

 目を逸らした隙を狙った荒魂の一撃を代わりに受け流し、リンは一旦距離を取る。その隙間にユキが入り込み、克臣に習った力技で畳みかけた。

「でやあぁぁぁっ」

「ちっ」

 躱す荒魂だが、完璧には躱せない。斬撃の衝撃波が彼の肩を直撃し、反動でよろける。しかし直後に何事もなかったかのようにユキと距離を縮め、力強く剣を交えた。重い金属音が響き、ユキは眉間にしわを寄せる。

「おもっ」

「それくらいで驚いていては、我を倒すことなど出来ぬぞ」

「……それは、どうかな!?」

「――っ!?」

 力いっぱい荒魂の剣を弾き返したユキが、大きく飛び退いてから再び剣を向ける。荒魂はそれに応じ、時折リンの邪魔を受けながら丁々発止の戦いを見せた。

 そして、彼は気付かない。徐々に、何処かに向かって誘導されていたことに。


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