第746話 土竜

 アラストの別の場所。リンやジェイスたちと同様、克臣たち三人もまた荒魂の力を宿すデニアと戦っていた。

 春直の操血術の助けを得て、克臣はデニアの鳩尾に蹴りを叩き込む。流石のデニアもその場に崩れ落ち、腹に手をあて苦しそうに呻いた。

「『うちの子』ね。随分、仲間に肩入れしているらしい……ゴホッ」

「当然だ。お前にも仲間がいるんだから、近い感情は持ち合わせていると思ったんだけどな?」

「残念ながら、それ程親しいとは言い難いな」

 ククッと微苦笑を浮かべたデニアは、克臣が振り下ろした剣を後ろに跳んで躱す。

「まだ動けたか」

「これくらい、橙に肘鉄されたくらいの痛さだ」

「……地味に痛そうだな」

 思わず同情しかけた克臣に、デニアはニヤリと白い歯を見せた。

「可愛いものだよ。さあ、こんな風ではどうだ?」

 そう言うが早いか、デニアは突然地面に飛び込んだ。克臣たちが呆気に取られる中、巨体はまるで水の中に吸い込まれるように姿を消した。

「え……」

「地面に吸い込まれた?」

「そう見えたが……違う! これがあいつの本領発揮か!」

「うわっ!?」

 春直の足元が崩れ、出て来た手に危うく引きずり込まれるところだった。その前に飛び退き、事なきを得る。

「大丈夫か、春直?」

「うん。ありがとうございます、ジスターさん」

「……これは厄介だな」

「はっはっ! 手も足も出まい!」

 デニアは土竜のように土の中と地上との移動を繰り返すため、なかなか真正面から戦いを挑むことが出来ない。

「さあっ、こんなもんじゃないぞ!」

「くっそ! 土埃で……ゴホッ」

「全部洗い流します!」

 ジスターが召喚していた水龍に働きかけ、地面に向かって大量の水を吐き出させる。水はジスターたちの足首まで達するが、彼らの足元だけ水が避けるために歩きにくさはない。

「流れはしない、か」

「いや、待て。ジスター、そのままだ」

「え? ……はい」

 克臣の指示を受けてしばらく地面を水で蓋していると、一部分が激しく泡立つ様子が見えた。

「――っは!」

「出た!」

「待ってたぜ」

 克臣が水で満たされた地面を蹴り、地面から飛び出したデニアに襲い掛かる。デニアは応戦するが、咳き込んで克臣に遅れを取った。

「観念しやがれ!」

「くっ……ゴハッ」

 剣で斬り掛かるフリをして、克臣は鋭い蹴りを放つ。それはデニアの側面にヒットし、勢いのまま地面から引きずり出す。

「グッ」

「弱ってる奴を寄ってたかっていじめる趣味はない。負けを認めろ、デニア」

 尻もちをついたデニアの首元に剣を向け、克臣は冷えた声色で言う。周囲は水浸しのため、デニアは泥まみれだ。

「おやおや……。それでオレに勝ったつもりか?」

「負け惜しみも、度が過ぎれば虚しいだけだぞ。これは経験上の忠告だ」

 克臣の隣に立ったジスターが、淡々とデニアを見下ろす。何か言おうと口を開きかけたデニアだが、それを遮ったのは他ならぬ自分の声だった。

「なっ……何だこれは!?」

「何ですか、あれ!?」

 春直も声を上げ、怯えて克臣の服を掴んだ。その克臣もまた、突然の出来事に目を丸くするしかない。

「地面から、黒い……何だ。あの湧き上がっているものは」

「克臣さん。あれから、デニアの魔力から時々感じていた気配を、より濃く感じます」

「気配……成る程」

「克臣さん?」

 自分を見上げ不安げな瞳を見せる春直の肩を軽くたたき、克臣は「わかったんだ」と呟いた。

「あの黒い靄は、荒魂だ。……そうだろう?」

『ククッ……』

 低く響く声が、デニアを包む靄の中から聞こえて来る。やがて広範囲を黒く染めていたそれは、集まって人の形を取った。

「……そっくり」

 春直が思わず呟く。レオラと瓜二つの面差しだが、彼が白銀なのに対してこちらは漆黒。光の少ない瞳が、克臣たちを睨み付けた。

「我を引きずり出すとはな。……ふん、こいつも役に立たなかったか」

「うっ……」

「デニアを離せ!」

 荒魂の右足が踏み付けているのは、デニアの背中。わざとらしく力を入れては、デニアが呻くのを無視し続ける。

 そんな荒魂の行為に怒りを覚え、克臣はデニアを助けようと斬撃を放つ。しかしそれは荒魂に遮られ、跳ね返された。

「ぐあっ」

「克臣さん!!」

 春直が叫び、ジスターが咄嗟に阿形を召喚した。阿形は宙を駆けると、板塀に叩きつけられそうになった克臣のクッションとなって守る。

 わずかに背中が濡れただけで済み、克臣は「ありがとう」と阿形の頭を撫でた。

 克臣が立ち上がったのとほぼ同時に、春直が彼の前に立った。青い顔をして、克臣の顔を覗き込む。

「克臣さん、怪我は!?」

「大丈夫だ、春直。ジスターもありがとな」

「いえ。無事で良かったです」

 離れたところで荒魂を注視しつつ、ジスターはちらりと克臣の無事を確かめ微笑む。それから阿形を自分のもとへ戻し、吽形も呼び寄せた。

「もう一戦、ということか」

「話が早いな。……ああ、他の二人も弱かったらしい。やはり、神の力はただ人には荷が重いか」

 嘆息し、荒魂は軽く頭を振る。

 荒魂の反応を見て、克臣は今は別行動をしている仲間たちに思いを馳せた。

「他の二人ってことは、あいつらも」

「ぼくたちと同じような状況っていうことですよね」

 だったら、と春直は猫人の武器である爪を長く伸ばして身構える。

「止めましょう、荒魂を。みんなで」

 最年少の決意に、克臣とジスターは頷いて応じた。

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