第745話 倒すためのヒントを探して

 現れた荒魂は、いつ何をしてくるか見当もつかない。ジェイスはユーギと唯文と共に警戒を強めながら、抱き上げている橙を何処で休ませるべきかと考えていた。

 橙は今、呼吸が落ち着き眠っている。

(このを安全なところに避難させないと。でも、どうやって)

 荒魂が不完全とはいえ実体となった今、ジェイスたちにとって橙は守るべき存在の一人だ。出来れば、目覚める前に終わらせたい。

「……何をごちゃごちゃと考えている?」

「貴方から、彼女をどう守ろうかと」

 淡々と応じるジェイスに、荒魂は「ほう」と感心したように呟く。

「我から誰一人として逃げられないとは思わないのか?」

「やってみなければわからない。けれど、負けるとは微塵も思わない。――唯文、ユーギ」

「はい?」

「どうかしたの?」

 それぞれに顔を覗かせた二人に、ジェイスは荒魂の相手を頼む。まだ何もしてこないが、常に目を光らせておく必要がある。

 唯文とユーギはジェイスの頼みを了承し、遠慮なく戦闘態勢をとった。

「行くよ、唯文兄!」

「油断するなよ、ユーギ」

「勿論」

 ユーギが先発し、思い切りの良い回し蹴りを放つ。荒魂は身を退いて躱すが、ユーギの後ろから刀を抜いた唯文が飛び掛かった。

「さて、と」

 ジェイスは右腕だけで橙を支えると、左手の指をパチンと鳴らす。すると、五枚の透明な板が出現した。

 それから建物の影に隠れていた天也を呼び寄せ、橙を横たわらせる。

「ここで、橙を休ませる。天也、わたしの代わりに彼女を見ていてくれるかな?」

「わかりました。気を付けて」

「うん、ありがとう」

 現れた板の内四枚を箱型にくっつけ、寝かせた橙と天也もろとも周りを囲む。そして上から五枚目で蓋をして、シェルターの完成だ。全て空気で出来ているため、通気性抜群である。息苦しくなることもない。

 ジェイスは「よし」とそれに背を向け、二人の仲間の名前を呼んだ。

「唯文、ユーギ!」

「はいっ」

「了解!」

 ジェイスが何か指示したわけではない。しかし唯文とユーギは彼の意図を理解し、同時に飛び退いた。

(流石だね)

 ふっと口元だけ笑みを浮かべ、ジェイスは彼らの名前を呼ぶと同時に創り出した弓矢を構えて矢を放った。パンッという弦音は爽やかだが、そこに籠められた魔力量はとてつもなく多い。

 勿論、荒魂とてただではやられない。三人の動きから攻撃を予測し、両手を前に突き出しバリアを張る。そこにジェイスの矢が突っ込み、激しい閃光と轟音を轟かせた。

「くっ」

「ふっ。なかなかやるようだ」

 爆風を受け目を閉じていたジェイスたちは、砂埃の中で嗤う荒魂にぎょっとした。

「あれで立ってるの!?」

「しかも、余裕はありそうですね」

「もう少し本気を出すべきかな」

 ユーギと唯文が驚愕する中、ジェイスは更にもう一矢、更に一矢射る。最初のものと同じだけの魔力量を込めた渾身の一矢だが、荒魂は全て手で止めてしまう。

「ははっ、弱いな! そんな実力でこの世界をまもることが出来るとでも思っているのか!?」

「世界を守るなんて、そんな大層なことは考えていないさ」

 荒魂の煽りに、ジェイスは肩を竦める。

「わたしたちが守りたい、そう願うものを守るだけだ。この世の全てを守るには、手が足りない」

「ぼくたちは我儘なんだ。守りたいから、守るために戦う必要があるから戦う」

「戦うべき相手が、お前のような神であっても」

 ユキと唯文も、ジェイスの前に立つ。年少組として扱われる二人だが、その意志の強さは年長組に決して劣らない。

 三人の言葉は、荒魂には響かない。それでも良い、とジェイスたちは思っていた。今必要なものは、荒魂を消さずに倒す方法のみ。

「……でも、どうする? どれも堪えた様子がないよ」

「だからって、諦める選択肢はないだろ? 何か、絶対に突破口があるはずだ」

「ここに団長や克臣さんもいたら、何か違ったのかな」

 ユーギと唯文は喋りながらも、その動きを止めない。不用意に止まれば、荒魂の攻撃の餌食になりかねないからだ。

「はっはっは、逃げろ逃げろ」

「うわっ」

 ユーギの足元に黒い炎がまき散らされる。危うく火傷しそうになったユーギは、たたらを踏んで荒魂を睨み付けた。

「炎まで使うのか」

「これは、橙の力によく似ているな」

 ジェイスの言う通り、荒魂は手のひらから火の玉が幾つも発射されている。魔力の強さが全く違うが、雰囲気はそっくりだ。

 炎を乱射する荒魂は、ふんと鼻を鳴らす。彼にとってみれば、橙にデニアが与えた力以上の威力を与えたのは自分だ。

「我が力をもってすれば、ただ人を超えた力を与えるなど造作もない。同時に、あやつらの力を映して使うことも可能だ」

「だから、橙の炎を」

 ジェイスはちらりと眠っている橙を見た。丁度顔を上げてこちらを見ていた天也と目が合ったが、彼が首を横に振ったために橙が目覚めていないことがわかる。

 それを横目に見た荒魂は、安心しろと半笑いの顔で言う。

「我は力を奪ったわけではない。一部を借りただけだ。まあ、人間にはそれが辛く感じる者もいるようだがな」

「橙がああなったのは、お前のせいか!」

 ユーギが叫ぶと、荒魂はあえて何も言わないことで答えを示した。

「橙の目を覚まさせるためには、こいつをどうにかしないといけないってことだね」

「やることは同じか」

 唯文が刀を構え、弾けるように飛んで来る火の玉を切り捨てていく。ユーギも同様に、荒魂に近付く方法を探りながら火の玉と格闘していた。

 二人同様容赦なく荒魂と対峙していたジェイスは、かすった火の玉のために痛む頬に手をあてて呟く。じんじんとした痛みを感じるが、鳥人の回復力を甘く見ないでもらいたいものだ。

「三人の内に分裂して存在する三つの荒魂……」

 何か、そこにヒントがある。ジェイスは考え続けながら、一矢報いるために弓矢を握った。

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