第743話 ぶった斬れ

 ――ブツンッ。

 糸が千切れ、リンはすぐさま他の三本の糸も切った。玲遠の体が自由になり、リンへと枝垂れかかる。その体を受け止め、リンは玲遠を肩に担いだ。

「……少し我慢しろよ」

 聞こえはしないだろうと思いながら、リンは玲遠に向かってそう呟く。そして翼を羽ばたかせると、ユキと晶穂がこじ開けてくれている穴へ向かって飛翔した。




「あ、兄さん!」

「本当だ! よかった、玲遠もいる」

 外で今か今かと気をもんでいたユキと晶穂は、竜巻の中から飛び出したリンを見付けてほっと胸を撫で下ろした。ほっとしたことで力の行使が切れ、竜巻に空いていた穴が塞がってしまう。

 突然塞がったため、後ろから来る風速が一気に上昇した。リンは煽られ、バランスを崩す。

「うわっ!?」

「やばっ」

 ユキがすぐさま魔力を使い、冷たい風でリンと玲遠を包み込む。そのままふわりと着地させ、ガクンと片膝を折った兄に駆け寄った。

「兄さん!」

「リン、玲遠!」

「助かったよ、ユキ。落ちるかと思った」

「それは……ぼくが安心してしまったのが原因だから」

「それでもいいよ」

 項垂れるユキの背をたたき、リンは少し疲れた顔で微笑む。それから彼に手伝ってもらい、担いでいた玲遠を地面に下ろす。

「気を失ってる……?」

「竜巻に囚われた時点で、な。おそらく、荒魂の魔力がこいつの制御範囲を凌駕した」

 晶穂、頼む。リンが振り返ると、晶穂はこくんと頷いた。リンの横に正座し、そっと両手をかざす。

 晶穂の神子の力が玲遠の意識を取り戻すことを願いながら、リンはユキの肩を叩いて立たせた。

「兄さん?」

「俺たちは、あれを倒さなきゃいけない。一緒にやってくれるか?」

「兄さんは、ぼくが一緒に戦わないとでも?」

 心外だ。そう言いたげに、ユキは笑った。その手には氷の剣が握られている。胸を張り、リンの横に立つ。

 そんな弟を見て、リンは「ごめん」と謝った。

「別に試したとかそういうのじゃない。お願いをしたいんだ」

「兄さんは、命じても良いのにね。いつも頼んでくれるから、だからぼくたちは一緒に戦おうって思っちゃうんだよ」

「命じるような柄じゃない」

「ふふ、確かに」

 兄さんはいつもそうだ。ユキは隣で剣を構える兄を横目で見て、唇の端を引き上げる。団長という立場上、メンバーに命令しても良いはず。それでもリンは決して命じず、いつも依頼や相談をしてくれる。

 弟の自分にさえそうなのだから、他のメンバーにも同じ対応をするのだ。ユキはそんな兄を好ましく思い、だからこそ親しまれ皆ついて行くのだとわかる。

 リンとユキは互いの背中を相手に預け、剣の切っ先を竜巻へと向けた。

「行くぞ、ユキ」

「いつでもいいよ」

 二人は同時に地面を蹴ると、竜巻に向かって飛ぶ。リンが剣を翻して翼を広げ、竜巻の上部から両断しようと高度を上げる。ユキは竜巻を上下に別けるため、竜巻の大体真ん中と追われる場所に狙いをつけていた。

「はぁぁぁっ!」

「いっけぇぇぇっ!」

 兄弟で息を合わせ、縦と横から竜巻をぶった斬る。刃は入るが、やはり荒魂の抵抗に合う。バチバチッと火花が散り、リンとユキは歯を食い縛って全力であらがった。

(これ以上は、周りへの被害が計り知れない)

 幸いにも戦っている内に移動し、かなり郊外の人家もほぼない地域に来ている。それでも空き家や木々が壊れたり揺れたり折れたりという被害は大きく、早々に決着をつける必要があった。

 リンは暴風の中、残った魔力を総動員して動かない剣を下へ下へと少しずつ動かしていく。

「ユキ……」

 見下ろせば、ユキも荒魂の抵抗を受けているらしい。ぎゅっと瞼を閉じて、氷の魔力を撒き散らしながらわずかずつ刃を進めている。

「ま、け、な、いーっ」

 漆黒の翼でバランスを取りながら、ユキは膨大な魔力を駆使して刃を動かしていく。

 弟の様子を見て、リンも再び力を込める。

 同時に同じ場所から斬った方が、より大きな力を込められるかもしれない。しかしその場合、荒魂の抵抗を一ヶ所に集めることにもなる。

 どちらが良いのかはわからなかったが、リンは別々の方向から斬り込んで荒魂の抵抗を分散させることを選んだ。

「負けて…たまるか!」

 リンが呟いた時、突然体が少し軽くなった。風に遮られて見づらいが、どうやら晶穂がリンとユキに助力をしてくれているらしい。

(無茶をする)

 今、晶穂は玲遠の回復に努めているはずだ。それに加えてリンとユキの補助もとなると、かなりの魔力消費となる。

 早急に決着をつけなければ、晶穂も倒れてしまう。

「……いくぞ」

 光の魔力を凝縮し、刃に乗せて斬撃にする。簡単には進めないが、それで諦めるようなリンではない。

「おおおぉぉぉぉぉっ!」

 刃が進み始める。徐々に竜巻を二つに割って行き、ふと見ればユキと視線がかち合う。

「……」

「……」

 ユキは氷の魔力をまとわせた凍った剣で、竜巻の真ん中を上下に斬り裂いている途中だ。水色の瞳の色が深くなり、魔力が最大限に活性化している。

 リンが先か、ユキが先か。

 先に終着を迎え、竜巻から飛び出したのはユキだった。ほぼ同時に、ユキが斬り取った所までリンも到達する。

 ゴオッという鼓膜を破りそうな大きな風の音が鳴り響き、竜巻の上半分が二つに割れ、更に吹き飛んだ。

 上半分を失ったが、竜巻はまた成長しようともがく。しかしそれをリンが斬撃で払い、徐々に鎮静化させる。

 小さくなった竜巻を前に、リンは呟く。

「……出て来い、荒魂」

「全く、騒々しい」

 地面を揺るがすような低い声がしたかと思うと、突然残っていた小さな竜巻が黒く変色した。

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