第741話 食い潰す前に

 ユキの創った氷の拳が玲遠を襲った時、晶穂はリンを背中から支えた。

「リン、大丈夫!? 怪我は」

「かなり色々削られたけど、大事だいじはない。それに、ユキも来てくれた」

 柔らかく微笑むリンを見て、晶穂の胸の奥がきゅっと痛む。照れ隠しのように俯いた晶穂は、リンの手に触れて目を見開いた。

「……かなり魔力が消耗しているね。リンにまた無茶させてる、ごめん」

「謝るな、晶穂。それに、残り全てをユキに任せるわけにはいかない。少し、手伝ってくれないか?」

 晶穂の力は、触れた人に魔力を分けることが出来る。その力でリンの魔力を補充し、体の怪我を少しだけ治した。

「助かる」

「わたしの出来ること、やりたいことだから。……あのね、リン」

「ん?」

 どうした、とリンは晶穂の瞳を見る。彼女の瞳には青い光が宿り、その神子であることを示す光が強く瞬く。

「さっき、克臣さんが伝えてくれって言っていたんだけど……」

 そう前置きして、晶穂はリンに和魂と荒魂の関係を簡潔に話した。荒魂を殺せばレオラも共に消え、ソディールという世界もどうなるかわからない。

 リンは眉をひそめ、それから「そうか」と呟いた。

「つまり、ギリギリを狙う必要があるんだな」

「わたしたちは銀の華だから、そこは信頼されてるんだと思う。……でも、神様の力を相手に全力でやらないと、こっちが先に倒れちゃうよね」

「一旦、あいつを戦闘不能にすることを目標にするしかないな。器が使えないとなれば、外に出て来るかもしれない」

「わかった」

 晶穂が頷いた時、背後で氷の魔力が弾けた。振り向けば、大きな氷の花が空中に咲いている。

「いっけぇぇぇっ」

 ユキの声と共に、氷の花の中心からビームが放たれる。そのビームがあたった場所は瞬時に凍り付き、空気の温度が下がっていく。

「くっ……」

「寒いだろ? どんどん動けなくなるぞ」

 いたずらを思い付いた子どものように笑ったユキは、自分を見ているギャラリーの存在に気付いてそっちを見た。

「兄さん、もう平気なの?」

「ああ。この戦いが終わるまではもたせるさ」

「終わった途端に倒れないでよ?」

「わかってる」

 リンは息を吐き、それが白いのを見て取った。しかし、自分自身は寒いと感じない。晶穂もそうらしく、寒がっている様子はない。

「ユキ、寒さを調節しているのか?」

「そうだよ。ぼくらが動きにくくなったら、本末転倒でしょ?」

「そうだな」

 ユキの魔力制御はどんどん上手くなっている。それを感じつつ、リンは再び剣を抜いた。その切っ先を玲遠に向け、問いかける。

「玲遠、まだ戦うのか?」

「……」

「俺たちは、お前たちが憎いわけじゃない。元の世界へ戻れ……と何度言っても、聞きはしないんだろうな」

「……よくわかっているじゃないか。時間稼ぎだというのなら、片腹痛い」

 ククッ。低く笑うと、玲遠は腕でリンの剣を弾く。

「荒魂は、私たちが必要だと言った。銀の華と名乗るお前たちを始末して、本物の神としてこの世界に君臨するために」

「その後捨てられるとわかっていても?」

「だとしても、私たちを必要だと手を差し伸べる者は今までいなかった!」

 ゴッと轟音をたて、玲遠を中心とした竜巻が発生する。空気を操る彼の力を応用したものだが、黒いものが見え隠れした。

 リンたちはその風圧に耐えていたが、ふと晶穂が小さな声で呟く。彼女の声は震え、怯えているように聞こえた。

「……あれは、良くない。彼を食い潰してしまう」

「晶穂?」

「どうしたの、晶穂さん。……! 手、冷たいよ!?」

 怪訝な顔から目を見開き、ユキは慌てて晶穂の手を自分の手で包み込む。晶穂の手は血が通っていないのかと思うほどに冷え切っていた。

 はーはーっと息を吹きかけてくれるユキに、青い顔をした晶穂が微苦笑を見せてお礼を言う。。

「ちょっと怖くなっちゃって。あっためてくれてありがとう、ユキ」

「氷の魔力だから、ぼくの体温は人より低いんだけど。それでも、やらないよりましだからね」

「……晶穂、さっきの言葉はどういう意味なんだ?」

 自分も手を伸ばそうかと迷い、リンは結局晶穂を温める役目をユキに任せた。疑問を口にしながら、視線は暴風の中にいるはずの玲遠を捜している。

 実は晶穂は、一瞬迷いを見せたリンの手の動きを偶然見ていた。彼が気持ちを向けてくれたことが嬉しくて、少し気持ちが落ち着く。ユキの温かさもあり、晶穂はリンの問いに応じた。少し目を伏せる。

「感じた、としか言いようがないの。あの黒いものは、荒魂の力が強まっていることを示しているんだと思う。そしてあれに完全に覆われたら……」

「覆われたら?」

「――っ。おそらくだけど、彼が彼自身でいることは相当難しくなる」

 晶穂は遠回しに言ったが、リンとユキにはその意味が分かってしまった。つまり、とユキが口に出す。

「意識が乗っ取られるってこと?」

「多分、だけどね」

「そんなことになったら、日本に帰すどころじゃなくなるよ」

「その前に、二つを分離する必要があるな」

 リンの言葉に、晶穂とユキは頷く。一刻も早く、玲遠たちと荒魂を離れさせなければ玲遠たちが危ない。

 しかし三人の不安は、徐々に現実のものへとなろうとしている。玲遠を取り巻き覆い尽くす竜巻は徐々にその黒さを増し、魔力の強さも倍以上に跳ね上がっているように感じられた。

「まずは、あの竜巻を止めないと。行くぞ、ユキ」

「うんっ」

 リンの指示を受け、ユキは再び氷の花を咲かせる。絶対零度の氷のビームが放たれ、竜巻に直撃した。

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