第740話 克臣からの通信
数え切れない刃物を前にユキと共に奮戦していた晶穂は、ようやく減ってきた刃物に希望を見出していた。視界が開け、足元には消えかけの槍が散らばり、リンの背中がはっきり見える。
(リン……っ)
「晶穂さん、もう少しだよ!」
「うん。気を引き締めていこう」
何せ、いつどのタイミングでこちらへ向かって来るかわからない。この瞬間にも背後に気配を感じ、晶穂は右に首を傾げる。すると、何もない空間を槍が通り抜けて行った。
「後、半分以下かな」
「だね。この半分くらいは凍らせて……」
「えっ」
その時、晶穂のポケットが振動した。触れてみると、何度も震える。誰かからの着信らしい。
「晶穂さん?」
「ごめん、ユキ。誰かから着信だ」
「なら、ここは一旦任せて! それなら、ジェイスさんか克臣さんじゃない?」
「ありがとう」
ユキがそれと言うのは、銀の華のメンバーにそれぞれ渡されている携帯端末のこと。メンバー以外からの通信は入らないようになっている。
画面を見れば、確かに克臣の名前が浮き上がっていた。
「……もしもし、克臣さん?」
『ごめんな、晶穂。戦闘中か?』
「はい。ユキがわたしの分も」
『だったら、手短に。リンにも伝えてくれ。荒魂は殺すな』
「……何か理由があるんですか?」
晶穂が尋ねると、克臣は甘音から聞いた話を語って聞かせた。荒魂を殺せば、和魂であるレオラも消えてしまう。そうなれば、この世界自体も消える可能性がある。
「……そんな」
思わず言葉を失った晶穂は、自分の代わりに戦うユキ、そして玲遠と戦うリンへと視線を向けた。
『伝えてくれ、頼む』
「わかりました」
克臣との通話を切り、晶穂は目が合ったユキに「荒魂を殺したらいけない」と話す。殺すことと倒すことが同義かそうでないかは問題だが、今は消さずにどうやって止めるのかということが最重要となる。
「完全に倒したらダメってことだよね?」
「そういうことだと思う。もともと荒魂と和魂が同一なら、レオラの中に封じるのが一番だと思うんだけど……」
「問題は、どうやって弱らせるか。そこまで持っていくか、だよね」
「うん」
晶穂は氷華を手にして、ユキと共に残りの槍を仕留めにかかる。早く終わらせなければ、リンが荒魂を倒してしまう可能性があった。
「三人いるから、それぞれに力を与えてるのかも」
「だとしたら、三分の一? ……三つが合わさる前にどうにかしたいよね」
ユキの氷の剣が最後の槍を叩き折り、ようやく二人は息を整える余裕が出来た。足元に落ちていた槍たちはそのほとんどが既に消えており、こちらの役目は終えた。
晶穂は肩で息をしながら、未だに激しい金属音が鳴り響く方へと目を向ける。ユキも同様に一旦武器を消し、胸に手を当てて呼吸を落ち着かせた。
「これで、あとは……」
「兄さんの方だね。――兄さん!」
手をメガホンにして、ユキが叫ぶ。戦いによる疲労も手伝って、声は枯れ気味になっている。しかし弟の声は、兄にしっかりと届いた。
リンはちらりとユキたちの方を見て、わずかに唇の端を引き上げる。
「――終えたか、二人共」
「あれでは不十分だったか。三分の一を更に二つに分けるのは、なかなかうまくいかないな」
玲遠はとても残念だという顔をするが、そこに焦りはない。それどころか、少し楽しそうですらある。そんな敵の様子を胡乱げに見るリンに、玲遠はふっと笑ってみせる。彼にとって、これは想定内だ。
「私が手札を失った……と思ったのならお目出たいな」
「どういう意味だ?」
「これくらい、想定内だ。それに、向こうが終わったのなら、こっちに注力出来るから」
「……っ」
鋭い突きを受け、リンは咄嗟に剣でカバーした。弾き返して安堵する間もなく、玲遠の回し蹴りを腕で受け止める。
(重っ)
ズシンと体重を乗せた蹴りは骨に響き、リンは下ろしそうになる腕を辛うじてそのまま維持した。どうやら荒魂の力は、身体能力も強化しているらしい。
メンバーの中でも魔力量が少ない部類のリンは、神の力を借りた玲遠に押されそうになる。しかし決して倒れない覚悟で耐えていると、それに気付いた玲遠がニイッと嗤った。
「どうした? あいつらが落ち着いて安心したのか?」
「――まさか。お前たちを止めるまで、諦めさせるまでは安心なんて出来ない」
「そうか。なら、その自信を根こそぎ奪ってやるよ!」
玲遠がリンの首に手を伸ばし、リンは間一髪で躱す。更に数歩分の距離を取り、魔力を込めた斬撃を放った。
「はあぁぁっ!」
「それくらいで神の力を抑えられると思うなよ!?」
「ねじ伏せる」
「ふざけるな!」
目で追うことに出来ないスピードで、火花が散る。金属音が数え切れないほど響き、二人の真っ向勝負には終わりがないように思われた。
「――!」
勢いに乗った玲遠が隙を掴んでリンの胸を蹴り、彼を倒してその上に片足を乗せる。首を絞めてしまえばよかったが、手で触れれば一瞬でリンの首を斬ってしまう危険があった。
(そんなにすぐ終えたら、面白くないだろう?)
徐々に荒魂の意識が自分を侵食していることには気付かず、玲遠は踏み敷いたリンの視線を受け止めて鼻を鳴らした。
「どうした? 降参か?」
「そんなものはしない。……お前こそ、背後に気を付けた方が良い」
「は?」
その時、玲遠は横に吹き飛ばされた。冷たい何かで殴り飛ばされた感覚に、目を瞬かせることしか出来ない。
それでも神の宿った体は強く、すぐに上半身を起こす。すると、同じく起き上がっていたリンの前に、ユキが仁王立ちをしているのが玲遠の視界に入った。
「お前は……」
「兄さんを足蹴にする奴は、ぼくが許さない」
「弟くん、元気らしいな」
クッと喉で嗤った玲遠は、のそりと立ち上がると威勢の良いユキにターゲットを変更した。
「良いね。お前たち兄弟を倒せば、よりこの世界の支配が近付く」
「その前に諦めさせてやる」
ユキは、頭上に自分の二倍ほどの巨大な氷の拳を創り上げた。そしてそれを、玲遠に向かって力いっぱい投げ付ける。
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