第735話 ゲーム終了の最適解
晶穂とユキが無数の槍を相手に戦っている時、リンはその槍を片手で操る玲遠を正面に見据えていた。
「良いのかい、あちらのことは?」
煽る気でいるのか、玲遠は少し見下すような表情でリンを見る。実際、玲遠はリンを見下ろせる位置に立っていた。
「晶穂とユキに任せている。二人なら、大丈夫だ」
「……信頼、か。そんなもの、目に見えないし信じられない」
「皮肉だな。お前が操る槍も、姿がないだろう」
「私のは、私が見えているから問題ない」
「俺にも、あいつらとの信頼が見えているから問題ない」
同じ構文で返答し、リンは背後からこめかみを狙って来た槍を躱す。わずかに顔を背け、ヒュンッという空気を裂く音を聞いた。
チッという舌打ちをして、玲遠はリンを睨み据える。イライラとしていることが、その仕草からもよくわかった。
「躱したか」
「聞きたいことがある。お前も聞いていただろう、俺たちの会話を」
「……」
リンの問い掛けに、玲遠は無言を返す。それを肯定として受け取り、リンは話を進めた。
「お前のその力は、先天的なものではないのか?」
「……ああ、違うよ。ある人が、私に授けて下さった特別な力だ。『面白いゲームをしよう』と誘われた」
「面白いゲーム、か」
その「ある人」がレオラの荒魂ということになる。荒魂が何故日本へ向かったのかは定かではないが、あちらで玲遠に出会って力を授けたのだろう。
リンは時折思い出したかのように襲って来る見えない槍を躱し、叩き折り、玲遠からの攻撃にも対応する。
軽く上がった息を整えながら、リンは決して玲遠から死線を外さない。
「結局、その面白いゲームは出来たのか?」
「始まりは、鍵開けイベント。あれで使った鍵は、全てその人から頂いた。鍵一つで異世界に行けるなんて半信半疑だったけれど、やってみるものだね」
そして、と玲遠は微笑む。
「今が、ゲームの一番面白い時だ」
「そのゲーム、長引かせるつもりはない。最短ルートで終わらせる」
リンはそう宣言すると、魔力を爆発させて背後に控えていた槍を全て弾き飛ばす。更にその魔力の残りを剣に乗せ、小細工無しで玲遠へと突っ込む。
「おっと」
「はぁっ!」
キンッという金属音が響き、二つの刃物が真正面からぶつかり合った。火花が散り、リンの真紅に嗤う玲遠が映り込む。
リンの剣に対するのは、玲遠の腕だ。勿論、生身の腕ではなく、よく見れば彼の腕の周りを刃物が覆っている。リンの剣を受け止め弾いたのは、その刃物なのだ。
「武器を持っていないかと思ったけれど、そういうことか」
「これも、あの人が下さったものだよ。……私に触れれば怪我をする。比喩ではなくてね」
「らしいな」
玲遠に掴みかかられ、リンは身を引いた。しかし彼の言う通り腕に刃物が巻き付いている状態のため、触れずとも相手を傷つけることが可能だ。現に、リンの頬と二の腕には切り傷が幾つも走っている。
「――っ」
「きみは、魔力があの二人よりも少ないんだね。組織のリーダーが構成員よりも弱いなんて、恥ずかしくないの?」
煽れるだけ煽り、激高したところを突く。そうすれば、ただ倒すだけではなくプライドも折ることが出来る。玲遠は荒魂との約束を思い出し、ニヤリと笑った。
――
それが、玲遠に大きな力を与える条件だ。荒魂を名乗る彼が何者なのか、何を目的としているのか、玲遠は知らないし興味もない。
しかし折角貰えるのならば、事情に興味はないがその願いを叶えてやろうと考えた。何より、他人の心を折るのは背徳感たっぷりでそそられる果実のようだから。
「弱い、か」
呟くリンの声には、自嘲の響きがある。何度となく自分でも問い掛けてきたことだ。俺が団長で良いのかと。
強さならば克臣、そこに賢さを加えればジェイスの方が上だ。年の功ならばテッカや文里がいる。それでも自分が上に立つ意味を、リンはまだ見付けられてはいない。
(それでも、俺の背中を支えて押してくれるから。……俺は団長という立場で歩き続けられるんだ)
リンは深呼吸し、玲遠に向かって微笑んで見せる。
「確かに、俺は弱い。だけど、今それは問題じゃない。……そんなに俺を煽って、激高させたいのか?」
残念だったな。リンが肩を竦めると、玲遠はチッと舌打ちした。
「よく口が回る。……荒魂様が目障りだと言うのも頷ける」
「荒魂、やっぱりそいつの意向か。奴は何故、俺たちとお前たちを戦わせようとするんだ。……和魂であるレオラへの当てつけか?」
「さあね。私が知っているのは、荒魂様がお前たちを邪魔に思っていることと、私たちがこの世界を支配することを応援してくれているということ。それ以外は、どうでも良い」
「――そうかよ」
玲遠にとってはどうでも良くても、リンにとっては違う。この短い会話で、リンにとって必要な情報を幾つも得ることが出来た。その真偽を、後でレオラに確かめなければならない。
「無駄話はそろそろ終わりにしよう。……言ったはずだ、最短ルートで行くと」
「私は無駄を省かず最長ルートを行き続ける。お前たちを倒して」
その瞬間、リンの剣が玲遠のこめかみ横に突き出される。玲遠は たじろぐこともなく、すぐさま腕を振り上げた。
「――!」
玲遠は腕全体が刃物と同じだ。リンは一歩退き、突進して来る玲遠を刃で受け止める。重い金属音が聞こえ、玲遠の右腕とリンの剣がぶつかり合う。
一閃、一閃、一閃。数えることも嫌になる程の回数交わり、リンは突破口を求めて視線を動かす。そして、玲遠の左腕が唸りを上げて自分に接近していることに気付く。
(同時には無理だな)
剣は玲遠の右腕を受け止め、同時に左腕までは面倒を見られない。しかし、このまま切られてやる義理もない。
勝利を確信した玲遠が、勢いそのままに拳で襲い掛かる。
「死ね!」
「ざけんな」
ガッという音が耳元で聞こえた。
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